髪結い

〜はじめの一言〜
麒埜様の斎藤さん祭り参戦ものです。ちょっと予定からそれたかなぁ。
拍手文にアップしようかとおもったんですが、長くなったのでこちらにUPしました。
BGM:
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月代のあるものの少ない新撰組といえど、廻り髪結いは欠かせない。総髪の者も、基本的には髪結いに頼むからだ。

近藤や原田のように妻や妓がいる者はその者に結ってもらうことも多いが屯所ではそうもいかない。
巡察後に風呂を使ってしまえば皆、襟もとで元結いをするだけで、朝になってから髪結いに整えてもらうのである。

「あれ?どうされたんですか?兄上」
「いや、なに。髪結いを今日は頼むのを忘れていてな。すでに今日の分はもういっぱいだと言うので自分でやっていたのだ」

井戸端でひげをあたっている斎藤を見かけたセイが声をかけた。総髪の者が多い新撰組で、いつもきちんとした月代に髷姿の斎藤が自分でひげを剃っているなんて珍しいと思ったのだ。

もちろん、自分で髭をあたるくらいはやるのだろうが、セイは手にしていた洗濯物の桶を廊下に置いた。

「兄上、よろしければ私にやらせていただけませんか?」
「ん?できるのか?」
「ええ。父の診療所を手伝っていた時には、患者さんの髭をあたったりすることもありましたから」

ちょっと待っててくださいね、といい置いて、セイは隊部屋まで急ぎ戻ると、自分の行李の中から、元結いと鋏、櫛などを用意して、斎藤の元へ戻った。
ちょうどひげを剃り終えた斎藤が顔を洗って、縁側の上に胡坐をかいていた。

「お待たせしました!」

セイは、すぐに井戸端から水を張った桶を持ってくると、斎藤の元結いを一度鋏で切って、櫛を濡らしながら綺麗に梳いていく。

「ほお。うまいものだな」

耳の近くで、元結いを切る音、それから巧みに髪を束ねながら髪を梳いていくセイに、斎藤が感嘆の声を上げた。いつものように腕を組んで目を閉じていると、本職の髪結い顔負けの感覚に、なるほどと思う。

「……っか、っかみっ」
「はい?どこか変に引いている場所でもありますか?」

邪魔にならぬようにと、斎藤の背後に立ったセイは股立ちをあげており、斎藤の視界の、ごく近いところでセイの白い足が動いていたのだ。それに動揺した斎藤がどもりながら、注意しようとしたところを誤解したセイが斎藤の顔の至近距離で覗きこんでくる。

「いやっ、その、なんでもないっ。もっときつくひいてくれっ!」
「はーい。兄上、なんだかお顔が赤いようですが、具合でも?」

まさかセイの足に動揺し、さらに至近距離で顔を覗きこまれたせいだとはいえずに、斎藤はぶんぶんと頭を振った。

途端に、セイの小さな手でつかんでいた髪がざんばらに解けていく。呆れたセイがさらりと首筋から髪をさらう。そのたびに、斎藤の首筋にセイの手が触れて、その一瞬のえもいわれぬ感触に、斎藤はくらくらと目眩がしそうだった。

水をつけた剃刀で月代をきれいに剃り上げる。当然、動いてはならないことぐらい斎藤も分かっている。真っ赤な顔で目を閉じた斎藤はひたすらお経を唱え始めた。

―― 平常心!そうだ、これしきのことで動揺するとは武士としてなんたることだ!

きりりと髪をひいて、懐から髪油を取り出すと撫でつけた髪につけて、毛先をきっちりと固める。きりりと元結いを結んだセイが今度は首から肩へと斎藤を揉み始めた。

「ふぐっ、な、何をっ」
「えぇ?だって、髪結いの代わりですから。肩をお揉みして本当は髭をあたってお終いですが、先に髭は剃られてしまいましたからね」

セイは斎藤の首筋に手拭を広げると、強弱をつけて首筋から肩、鎖骨の辺りまでを丁寧に揉みほぐしていく。

「あれぇ?……斎藤さん?!」

通りすがりの総司が、呑気な声から驚きの声に変った。セイがはて、と背後から斎藤の顔を覗き込むと驚いて斎藤の隣に膝をついた。
目を閉じたままの斎藤が、胡坐をかいて腕を組んでいるのは初めの姿勢から変わりはないが、だくだくと鼻血を流したままぎゅっと目を閉じていたのだ。

「兄上?!大丈夫ですか?」

屈みこんだセイは、袴の裾をたくし上げたために膝頭のあたりまで足をさらしていた。その足に釘づけになった斎藤は、更なる出血に見舞われてそのままふらりとセイとは反対側に、その姿勢のままで倒れ込んだ。

「あ、兄上?!」
「斎藤さん?!」

慌てたセイは、斎藤の肩に広げていた手拭を取ると、桶を掴んで井戸端に駆け降りた。手早く濯いで新しい水に取り換えると手拭を濡らして縁側に急いだ。

白眼をむいて倒れた斎藤の傍に総司が屈みこんで、様子を見ている。

「神谷さん、斎藤さんに何を……って髪を結ってたんですか?」

その後ろにある道具類を見た総司がセイに問いかけた。セイは濡れた手拭を斎藤の額に乗せて、ついでに濡らした懐紙で斎藤の鼻血の後を拭いかけた。

「私が拭きましょう」

途中で総司の手がセイの手から懐紙を取り上げた。特に疑問には思わずにセイが道具を押しのけて斎藤のことを膝枕しようとすると、総司にぴしゃりと手を叩かれた。

「お、沖田先生?」
「あのね、髪油も落としきれていないみたいですよ。大丈夫ですから、ちゃんと道具を片づけて着物も直してからいらっしゃい」
「あ、はぁ……。でも斎藤先生が……」
「私がついていますから大丈夫です」

ぴしゃりと総司にいわれたセイは、渋々と道具を片づけて、井戸端で綺麗に手を洗うと股立ちを下ろして袴を整えた。そのほとんどがすぐ視界に入る場所で行われていたわけだが、着物を整えてきたセイに、今度は縁側に置きっぱなしになっている洗濯物の桶を総司が指さした。

「あれも、ちゃんと片付けていらっしゃい」

そう言われると、物干しは幹部棟の裏手の方になってしまう。眉間に皺を寄せたセイは、それでも渋々と頷いて、桶を抱えて急いで裏手へと向かった。

「斎藤さん。癒しの一時をお邪魔したようですみませんね」

ぼんやりと、さきほどのセイの白い足と柔らかな手に撫でられる幻覚を見ていた斎藤が、がばっと起き上がった。

「おきっ!」
「はい。沖田ですよ?」

―― 膝枕、神谷さんだと思っちゃいました?

ニヤリと囁かれた言葉に斎藤が真っ赤になって振り払った。

「ばっ、馬鹿なっ、何を言うんだ。俺は髪を結ってもらっていてだなっ。な、なにもやましいことなどないぞっ」
「そうですよね。いやぁ、斎藤さんもなんていうのかな。いつも大人に見えていましたけど、やっぱり同い年の若い男子ってことですよねっ」

にこりと笑った総司の目が笑っていない事に斎藤は気づかなかった。腕を組んだ斎藤が自分の胸元に落ちた鼻血の跡に斎藤がぎょっとした。自分でも自覚していなかったらしい。

ぱっと顔を上げると、立ち上がって斎藤を見下ろしている総司と眼があった。

「鼻血、急にそんなにどうしたんでしょうねぇ。不思議ですねぇ」

そういうとさっさと幹部棟の方へ向かっていく。斎藤を心配したセイが今頃急いで洗濯物を干しているころだろう。総司はそれを手伝いながら、なんやかやと話を始めてセイをまんまと甘味所に連れ出すのに成功した。

屯所に一人残った斎藤は、ぎりぎりと唇を噛みしめて、鼻血を拭ったあとの懐紙を握りしめた。

―― あんの腹黒平目め!!いつか見てろ!!

総司の鼻を明かすことができるかはまた別のお話……。

 

– 終 –