ずるいのは大人の特権 前編
〜はじめのつぶやき〜
斎藤さん登場です。
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お前にとって、俺は都合のいい男なのか。
それとも都合の悪い男なのか。
―― 時に、都合の悪い男になってみたくなる。
「おい。斉藤」
「はい?」
「アレ、何とかしてくれないか」
隊としては恒例の、近藤の声がけで揚屋での宴会が行われていた。
さすがに膨れ上がった人数の全員を収容できるような店はないため、幾度かに分けられた宴会は幹部以上だけ、毎回参加とされていた。平隊士の憂さ晴らしと幹部との交流をかねているため、土方でさえ毎回参加していた。
しかし、組長であれば隊務があればやむなく欠席の場合もある。
副長付きの小姓であるセイも土方に伴って毎回参加となっていたが、今日は歯止め役の総司が遠方への外出で欠席になっていた。
そうなれば、面白がって飲ませる者の事欠かない場である。総司の不在で沈みがちなセイと、常日頃からセイを構いたくて仕方がないのに、総司に邪魔されていた者達が一斉にセイの周りに集まって、好き勝手に酒を飲ませていた。
「今日は……沖田さんがいないんでしたな」
視線の先には、真っ赤な顔に力なく倒れかかったセイの姿があった。一応、両脇を原田と藤堂が抑えてはいるが、ほとんど意識がなくなりかけたセイにまだ飲ませようとする者がいる。
初めは土方も総司がいないために、元気がないセイの憂さ晴らしになればと放っておいたが、流石に度が過ぎる。かといって、自分が出て行ったのでは場が白ける。
斎藤はすぐに立ち上がると、隊士達をかき分けて輪の中心に近づいた。
「起きろ。清三郎。飲み過ぎだ」
「う……」
薄らと目を明けたセイは呼びかけた相手が斎藤だと思っても、そこから動くことに頭が動かない。
「なんだよー。たまには俺達にも神谷を独占させろよー」
面白がった原田が邪魔するのを手で制し、斎藤はセイを担ぎあげた。
「俺は構わんが、後で怒り狂った副長と沖田さんを相手にする気があるならだが?」
冷やかに言い放った斎藤の言葉に、その場の温度が一気に下がった。涼しい顔のまま、斎藤はセイを担いで宴会の席を出た。
「あらあら。大丈夫どすか?」
「すまんが、部屋は空いていないか?」
「へえ。奥の一番小さなお部屋でよろしければ」
「かまわん」
「ほな、どうぞ」
仲居の案内で、斎藤はセイを担いで部屋に向かった。気が利くほうらしい仲居が、押入れからセイの分にと布団を引き出した。そこにセイを下ろした斎藤は、仲居に礼を渡して、熱い茶の用意と冷たい手拭を頼む。
「は……ぅ」
担ぎあげられて、揺られた後に、寝かされたために、酔いがさらに回ったのだろう。セイは目を開けているが、ぐるぐると視界が回って、平衡感覚もなくなる。
苦しげに漏らす息が、斎藤からすれば切ないものになる。上気した頬、吐き出される熱い吐息、ゆるんだ胸元。
何度も酔っ払ったセイの面倒をみているだけに、もう慣れたはずだった。
「失礼いたします」
仲居は火鉢に鉄壜をかけて、湯の用意をすると、茶道具を置いていつでも熱い茶が飲めるようにした。
そして、冷たい水と、桶に水と手拭を斉藤の傍へ置く。
「可哀そうに、お仲間はん、限度なしに飲まさはったんどすなぁ」
「うむ。こいつも素直に飲むからいかん」
「具合悪うならはったらいつでも声かけておくれやす」
「すまんな」
何でもない事だとにっこり笑った仲居が部屋から出て行った。宴会の行われていた部屋からは離れているために、喧噪も届かない。
ただ静かな空間で、夜の中にたった二人だけでいるような気になる。
桶の中の水に手拭を浸して絞ると、セイの額に乗せてやった。冷たくて気持ちがよかったのか、ふにゃっと緩んだ顔があまりに可愛らしくて、ぎゅっと目を閉じると断ち切るように手を引いた。
「ん……」
離れた手が、そっと頬に触れた時、セイがその冷えた手を掴んだ。小さな手が嬉しそうにきゅっと握る。
目を閉じていた斎藤が驚いて目を開いた。
「んふ……ぅ」
嬉しそうに頬に当てられた手を握りしめてセイが呟いた。
くふっ。
耳まで真っ赤になった斎藤は、セイを起こさないように掴まれた手を離そうとした。そこにセイがもう一度うわ言を言った。
「お…きた……せんせぃ」
―― 傍にいるのは俺だというのに。あいつを呼ぶのか
しばらくして、屯所に戻るものは帰り、酔いつぶれた者達はそのまま宴会場で寝入ってしまった頃。
「うぅ。あ……。喉、乾いた」
薄く目を開けたセイは重い頭を押さえながら周りを見渡した。見覚えのない部屋である。
そこがどこであるかわからなくて、セイは肘をついて少しだけ体を起こした。
「目が覚めたか。清三郎」
「あ、あにうぇ?」
「飲み過ぎだ。馬鹿者」
斎藤は、軽く叱りつけながら、湯のみに水を汲んでやった。よほど喉が渇いているのか、セイの目がその水に釘づけになる。その目をちゃんと理解しながらも斎藤は湯呑を渡さずにセイに問いかけた。
「お前、なんであんなに飲んだんだ?」
– 続く –