ずるいのは大人の特権 後編
〜はじめのつぶやき〜
むー、なんか斎藤さんとしては押しが強いような、弱いような?
BGM:
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「なんで……って」
「沖田さんがいなかったからか?」
「そんなわけじゃ……」
「じゃあ、なんだ」
初めは、確かに、総司がいないことでセイもどことなく気分が盛り上がらなかったのだが、皆から今日は総司がいないから、と延々言い続けられていくうちに、別に総司がいなくてもいつもと変わりないのだとおかしな反抗心が芽生えた。
―― 別に沖田先生がいなくても平気に決まってる!
そう思うと、勧められるままにどんどんと呑んでしまった。まだ完全に抜け切らないとはいえ、酔いが醒めてくるとなんでそんなことをしたんだろう、と思う。
半身を起こして、床の上に座りなおしたセイはうなだれたまま頭を下げた。
「沖田さんがいなくても、あんな呑み方をすれば誰でも怒る。俺でもな」
「……すみません」
「俺に謝っても仕方ないだろう。自分がそういう目を引き寄せやすいことも自覚しているのだろう?俺はあのままお前を放っておいてもよかったんだぞ」
しゅん、としたセイをどんどんと追い詰めてしまう。いつものこととはいえ、すべてが総司を中心に回っているということが殊更、斎藤の不愉快感を煽る。
どこまでいっても野暮天だから仕方がないのだろうが、今日の斉藤はどうにも自分が止められなかった。
俯いて答えられないでいるセイに次々と畳み掛けてしまう。
「いつものように誰かが助けてくれると思っていたのか」
「……申し訳ありません」
追い詰めている、歯止めがきかないという自覚は斎藤自身もあった。だが、それがとても甘美な誘惑にも思えた。
追い詰めて、困らせて、そして、最後には自分の言うとおりに。
「そのまま沖田さんにべったりでは、ついてこられるほうも迷惑だろうな。それが俺でも迷惑だ」
打ちのめすだけ打ちのめした後に、いくらか気が済んだのか、斎藤は手にしていた湯飲みをセイの目の前に置いた。正座したセイの膝の上にぱたぱたと涙が零れ落ちる。
「そう……ですよね。こんな私じゃ沖田先生も迷惑ですよね」
―― それでもまだ沖田さんか
結局、いくら何をどうしようと。
変わらない。
しゃくりあげる様子に、溜息をついた斎藤は、セイの目の前に置いた湯呑を手に取ると、セイの目の前に突き出した。
「飲まないのか?」
「うっ……ひっく」
泣きやまないセイを見た斎藤は、湯呑に入った水を一口、口に含むと涙をぬぐっていたセイの右手を引いて口移しに水を飲ませた。
斎藤が離れると、セイが真っ赤な顔で口元を押さえた。
「さっ、斎藤先生っ、何をっ」
「何をと言っても水を飲ませただけだが?」
「だっ、だけだがってっ、あのっ、ちょっ」
泣いていたことも忘れて、動揺するセイは、どもりながら斎藤から離れようとするが、右手を掴まれているので、正座から中腰になって後ろに下がろうとする。斎藤は掴んでいたセイの右手に湯呑を持たせると、淡々とした顔で事もなげに言った。
「酔っ払いの面倒を見て、毎度懲りない者に説教までしたんだ。役得くらいあっても罰は当たらんだろう」
「はぁ……確かに。…………って、役得ってなんですか、役得って!!」
「役得は役得だ。俺はもっとあっても構わん」
「なっ、なっ……」
「水を溢すぞ。落ち着け」
斎藤がその場から動く様子がないことで、力の抜けたセイはすとん、と腰を下ろした。そして、手に握っていた湯呑からぐいっと水を飲み干した。
「はぁ」
「落ち着いたか」
「……ええ、まあ」
曖昧なセイの答えに斎藤はふっと笑いそうになった。さっきまで泣いていたその顔はすでに、涙は渇き、いくらか膨れた顔が文句を言いたげに口を尖らせている。
「なんだその顔は」
「だって……斎藤先生が……」
「俺がなんだ」
頬を染めて横を向いたセイがぶつぶつと文句をこぼしているのを、身を乗り出した斎藤がセイの肩を引いた。
「ひゃっ。んっ!!」
今度はあっさりとセイの頬に温かいものが触れた。
「なっ、斎藤先生っ!!」
セイは、頬を押さえて再び真っ赤になった。
「ふむ」
「ふ、ふむっ……てっ」
「油断したお前が悪い」
「そんなっ、だってっ」
真っ赤な顔で後ずさりながら、セイがぱくぱくと口を動かしている。それが面白くてもっといじめてみたくなったが、先ほどから様子をうかがっている気配が次々と変わっていることにも気が付いている。
「不満そうだな?不足か?」
「ふっ!!」
ばっと壁際まで逃げたセイの傍にすっと近づいた斎藤は、セイの頬に手を伸ばした。びくっと怯えたように目を閉じて身をすくめたセイに、斎藤は一歩踏み出すとその額に口付けた。
「大人はずるいものなんだ。コドモにはわからんだろうけどな」
ニヤリと笑った斎藤にセイが真っ赤になったまま怒鳴った。
「わ、わかりませんよっ、何するんですかっ!!」
笑いながら、斎藤は軽く手を上げるとセイを置いて部屋を出て行ってしまった。残されたセイは、部屋の隅で頭を抱えてうずくまった。
廊下に出た斎藤は、はたしてその部屋をうかがっていた人影を見つけるとにやりと笑った。
「不満そうだな?」
「……ずるい大人ですね」
「アンタがいないのが悪い」
不敵な笑みを浮かべた斎藤は、総司のわざとぎりぎりを通り過ぎる。
男二人の視線が絡み合って、今度は総司が笑った。
「この貸し、高いですよ?」
「大人はそんなことは覚えていないさ」
「ずるいですね」
「大人だからな」
―― このくらいの役得は許されるさ
– 終わり –