甘甘編<長>惑いの時間 5
~はじめの一言~
あんまり甘くなかったかもしれません。すいません~
しかも無駄に長い。。。
BGM:小柳ゆき あなたのキスを数えましょう
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総司は隊部屋に戻ったものの、結局落ち着かずに着流しのまま道場にいた。
このところのセイは、嫌だと言いながらも土方の小姓を務めあげていた。それを思えば、何を迷うことがあるだろう。土方ならば、セイを導くことも守ることも、女子として幸せにすることも申し分ないだろう。
自分が思い惑うことはない。
何度もそう繰り返し自分の中で答えを見つけているのに、想いが振りきれない。
ざっと立ち上がると、静かに幹部棟へ足を向けた。
すでに子の刻を過ぎようとしていた。
土方は何度もセイの額を冷やす手拭を取り替えて、時折、首筋に流れる汗を拭ってやっていた。
何度目かに冷えた手拭の感触にセイが目を開けた。
「神谷、大丈夫か」
「あ……れ……?ふく……ちょ……?」
「ああ、俺だ」
ずっと総司がついていてくれているのだと思っていただけに、セイが不思議そうに声を上げたのだ。
「すみ……ま……」
「良いから寝ていろ。そろそろ薬を飲む時間だろう?」
夜半に飲ませる分の薬を手に取ると、セイに飲ませようとして振り返るとセイが目を閉じていた。
再び眠ってしまったらしい。熱の上がり方からすると、そろそろ薬を飲ませなくてはならないのは事実だ。
持ち上げた吸い飲みにほとんど水が残っていないことに気づいた土方は、鉄壜からぬるくなった白湯を注いだ。
「いつまでそこにいる気だ?」
静かに呼びかけたのは随分前から部屋の前にいる気配にだ。
「そのままそこにいる気ならそれもいいがな。俺はこれからこいつに薬を飲ませるつもりだ。構うなよ?」
眠っているセイに普通に薬を飲ませることはできない。上手く飲ませられればそれに越したことはないが、できなければ口移しででも飲ませるぞ、と土方は言っているのだ。
障子が開いて、総司が顔を覗かせた。
「すみません。土方さん。土方さんと張り合うつもりはないんですが……、申し訳ありませんがその人をあげることはできません」
総司はそういうと、部屋の中に入り、土方の手から薬包を受け取った。
薄暗い行燈の光の中で、土方は総司を見上げた。
「なら、後はお前が責任を持ってこいつの面倒をみろ」
立ちあがった土方は局長室の襖を開けた。すでに自分用の床は用意してある。
「総司」
「はい」
「俺は衆道は嫌いだからな」
それだけ言い残すと、土方は後手に襖を閉めた。
まったく、自分は近藤といい、セイといい、本命の相手をできない運命らしい。
口元に漂う笑みがほろ苦いものを吐き出す。それでも、土方にとって総司を含めて、大事な者の幸せこそが己の幸せだと思っている。
あの二人がどうなっていこうと、ただ見守るだけだ。
―― 子供のくせに……
さっさと床にもぐりこむと、土方は目を閉じた。明日もやるべきことは山済みなのだ。
私情にかまけてばかりはいられない。すぐに土方は眠りに落ちた。
一方、土方に宣言した総司は、手の中の薬包を開いて、セイの僅かに開いた口に入れた。吸い飲みを手にすると、一応、口元にあてがう。いくらも入らずに口からこぼれた水が頬を伝って首筋に流れた。
急いで流れた水を手で拭うと、覚悟を決めた総司は吸い飲みを口にした。水を含むと、セイの首に優しく手をまわして口移しに水を飲ませた。
ようやく、こく、とセイの喉が動いて、水とともに薬が流れる。
柔らかなセイの唇から離れた総司は指先でセイの濡れた口元を拭った。
「……早く元気になってくださいね」
―― 秘密にしておきますから
総司はセイの頬に手をあてた。昏々と眠り続けるセイに。
「大好きですよ。神谷さん」
ほの暗い部屋の中で、セイの寝顔に向かって総司は小さく呟いた。
– 終わり –