惑いの時間 1

~はじめの一言~
キリ番リクエストにお答えさせていただきます。 てか・・・・番号つきかい!自分!!
BGM:小柳ゆき あなたのキスを数えましょう
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ケホッ、ケホッ。

このところの急な朝晩の冷え込みと、暑さのぶり返しにセイはすっかり風邪をひき込んでしまった。
このところ、急ぎのこともないのでほとんど副長室に籠もって小姓の仕事に勤しんでいる。ほかの皆にうつす恐れは少ないのだが、こうして夜になると咳が止まらなくなる。

一応、部屋が分かれているとはいえ、隣の部屋で眠る副長にはうるさいだろうと思い、なるべく布団にもぐって咳を押し殺すのだが、それはそれでまだ暑くて苦しくなる。
布団の中で酸欠と咳に耐えかねて、布団を跳ね除けると横向きに体を丸くしてごほごほと咳き込んだ。

薄暗い部屋の中だけに、深い海にでも落ちていくようで、ひどく夜が長く感じられる。
苦しくて涙が滲んで、一生懸命口元を押さえて咳を押し込めようとしていると、部屋の中で黒い影が動いた。大きな体に抱き起こされて支えられると、口元にあてた手に冷たいものが触れた。

「静かに少しだけ飲んでみろ」

低い声がして、それが土方だと分かる。冷たい水を汲んだ湯飲みを差し出されているらしい。セイは口元から手を離して、両手で湯飲みを持つとこく、と 少しずつ喉に流し込んだ。セイの手が震えていることに気づいたのか、セイが両手で持ってはいるものの、土方も手を添えていてくれる。

「……は……げふっ」

乾いて、温まり咳き込んでいた喉を冷たい水が流れて潤した。名残の咳が飛び出すと、セイの体を支えていた手が背中をさすってくれた。
しばらくして、どうにか落ち着くと浅い息をしながらセイは、何とか自力で体を支えて座りなおした。

「すみません、副長。こんな遅くにご迷惑かけて……」
「いいから収まったらさっさと寝ちまえ。咳止めも飲んでるんだろう?」
「はい」

傍らに湯飲みを置くと、土方は手を添えてセイを寝かせた。そっと布団をセイの体にかけてやると、土方は枕元に湯飲みを移動させて静かに自室に戻って行った。

止まらない咳が苦しくて不安になっていた気持ちが落ち着いて、セイはとろとろと眠りに落ちた。

 

朝になると、いつも通り起き出したセイは身支度を済ませて、布団をしまった。昨夜土方が持ってきてくれた湯飲みを片付ける。
朝になれば、苦しい咳も大分収まって、時々けほっと出るくらいになる。
さすがに今、賄い所の手伝いだけは、風邪をうつさぬよう控えているものの、ぱたぱたと朝の用事を済ませていった。

朝餉の支度ができたところで、セイは副長室の前から声をかける。

「副長、おはようございます。朝餉の支度に参りましたが」

寝起きのいい土方は、いつもセイが起こしに来る頃には顔を洗って身支度を済ませていることが多い。しかし、今日は部屋の中から返事がない。

「副長?失礼します」

すっと障子を開くと、どうやら昨夜のセイの咳で遅くに寝たらしくまだ土方は床の中らしい。土方がまだ眠っている部屋に入ると、セイは土方の匂いになぜかどきっとした。
習慣で障子を開け放つと、ひんやりした空気が部屋の中に流れ込んで、朝の光と冷えた空気に土方が目を覚ましたらしい。

「ん……なんだ。もう朝か……」
「はい。昨夜は申し訳ありませんでした」

まぶしそうに目をしばたくと、むくっと起き上がった土方が部屋の中に入ったセイの差し出した手ぬぐいを受け取って、無言のまま井戸端へ向かった。
セイはその間に床を片付けて、土方の着替えを用意する。障子を開け放ったために部屋の空気がすっかり入れ替わっていく。

冷たい水で顔を洗ってようやく目が覚めた土方が部屋に戻ってくると、セイは土方に着替えを差し出して、膳を取りに部屋を出た。

―― なんだか、夕べの副長ってば異様に優しかったから……

落ち着かなくなった気持に、胸元に手を当てながらほぅ、と息をついた。

先ほどの部屋の匂いにどきっとした自分に驚いていた。鬼副長に垣間見た優しさにどきどきしてしまう。
いつも総司が言うので、土方がそういう人だということは分かってはいても、自分に向けられた思いがけない優しさに戸惑ってしまうのは仕方がない。

セイは、あまり考えないようにして賄い所に急いだ。 そんな時こそ、普段はすれ違うことの多い総司と出くわしてしまう。

「おはようございます。神谷さん」
「おはようございます。沖田先生」

風邪をうつさないようにと隊士棟には足を向けないようにしていただけに、久しぶりで顔を合わせた総司とセイは、お互いに顔を合わせて嬉しそうな顔になる。
周りにいる一番隊の隊士達は、いつも通りの二人の様子に苦笑いで通り過ぎていく。
「風邪の具合はどうですか?」
「おかげさまで、咳が時々でるだけであまりひどくならずに済んでます」

セイがそういうと、久しぶりに姿をみて安心したのか、総司がぽん、とセイの月代に手を置いた。

「土方さんのお世話なんか、適当でいいんですから無理しちゃだめですよ?」
「適当って……そんなわけにいきませんよ。大丈夫です。あの、お先に失礼します」

セイにとっても久々に間近で顔を見た総司に、ほんのりと赤くなりながらもあまり近づいて総司に風邪がうつってはと、総司の傍から離れた。

先刻、土方にどきっとしたことがなぜか総司に後ろめたいような気持ちを感じて、何もしていないのに、と思いながらもセイを急がせた。
逃げるように離れていったセイに、総司は少し寂しくなってしょんぼりと肩を落としながら、自分の分の朝餉を運んだ。
周りにいた一番隊の隊士達が総司を憐れんであれこれと声をかけていく。

 

 

その頃、土方はまだはっきりしない頭でぼんやりと部屋の中に座っていた。

昨夜、あまり苦しそうな様子に水を汲んでセイに飲ませに行った。
布団の上にうずくまるようにしていた体は、とても軽くて柔らかくて、とても男のものとは思えない。何度かセイにごく近く触れることがあったが、日に日に女性化が進んでいるのか、もう土方から見れば女子の体だと思えた。

苦しげに咳を押し殺そうとしている体を抱き起して座らせると、水を飲む際に頼りなく添えられた手が触れて、どきっとした。日ごろ、セイの小さな手など日常的に触れているというのに、動揺する自分に慌てながらも、苦しそうに再び咳きこんだセイの背中をさすってやった。

小さな背中をさすってやると、しばらくして落ち着いたのか、気を遣って詫びたセイを横にならせた。

 

そして、自室に戻った後、床の中で抱きあげた体の小ささや柔らかさ、そっと触れた手の儚げな様子に悶々としてなかなか寝付くことができなかったのだ。

―― 畜生。なんだって俺があんな童に……

目が覚めてからも寝不足でぼんやりした頭ではろくに働かず、セイも時折土方を見て、動揺していることに気付かなかった。

 

– 続く –