羨望と願望 前編

~はじめの一言~
憧れと願いを書いたら、一番隊の皆さんが、是非とも熱く語りたいとおっしゃいますので・・・。
BGM:Habib Koité and Bamada Din Din Wo
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障子の向こうではセイと総司が先ほどまでは月を見ながら語り合っていた。

一番隊の隊士部屋には、懐具合が寂しかったり、妓や酒に行かなかった者たちが残っていた。そうは言っても、することもなくこんな日は皆、早々と床をひいて、ぼんやりと天井を見つめていたり、寝入る者さえいた。

「本当に静かですねぇ」

障子越しにセイの声が微かに聞こえる。ひそやかに続く話声に隊部屋に居た者たちは耳を傾けていた。

「夕暮れからの騒ぎが嘘みたい」

確かにそうだった。夕暮れ時から大騒ぎの捕り物があって、捕縛した者たちは三十数名に上り、それらを引渡したり、怪我をした者たちの手当をしたり、避難していた者たちが戻ったりと、屯所中が上を下への大騒ぎだったのだ。
いつもより遅めに出た夕餉も、その混乱を示していて、土方によって、外泊許可が出た今夜は屯所にいる者たちの方が少ないかもしれない。

しかし、俺達はここにいる。隊部屋に残った者たちは心の中で同じように思っていた。

鉄砲玉のセイが飛び出して行ったあと、組長である総司まで飛び出して行って、残された彼らは呆然としそうになった。屯所内の斬り合いは未だ続いているのに、後を追うべきなのか、自分達は屯所を守ればいいのか、いつも彼等は難しい選択を迫られる。
結局、他のどの隊よりも精鋭部隊の彼等が中心になって、襲撃者達を取りまとめて捕縛した。

後で、飛び出したセイと総司の話を聞いて、背中に冷たい汗が流れた。

「皆さん、よく頑張ってくれましたね」

廊下から聞こえる総司の声に、総司やセイこそ勝手に飛び出して行って、よく無事で帰ったと思う。そんな彼らの思いが聞こえたのか、続いてセイの声が聞こえる。

「うーん。それより明日、皆に一杯怒られそうです。勝手に飛び出していって沖田先生と斎藤先生と斬り合いしてきましたって言ったら皆に小突かれたんですよねぇ」

―― 当たり前だ!!

室内の隊士達からは、びくっと腕が上がりかけた。総司ならばまだ腕を知るだけにほとんどの場合は心配はないし、土方に斎藤とくればどのような相手でも、まあ大丈夫だろう。しかし、そこにセイが飛び込んでいたと聞けば心中、穏やかなわけがない。

ごそごそと床にいた隊士たちが、動き始めた。うつ伏せになる者、廊下の方に向く者。

弱い月明かりで総司が腕を伸ばしたのが映った。

「あはは、そりゃあ仕方ないですね。私だって、貴女がもし怪我でもしていたらめちゃくちゃ怒ってましたよ」

セイの髪が揺れて、頭を撫でられているのがわかる。

―― いいよなぁ。沖田先生

はぁ。

一斉にあちこちから溜息が上がる。時折、湯のみを手にしたり団子を食べているような姿が映る。

平隊士の彼等にとっては、総司と普段の食事時も隣に座り、今もそうだが隣に座って仲良くお茶を飲んだり、団子を食べたり、ということはまずない。そ の逆もしかりで、セイと隣り合って座ったり、仲良く二人で語らうなど命がいくつあっても足りない気がする。そんなセイの頭を総司が撫でている。

「しかし、本当に静かですね。何人か残ってるはずなのに」
「そうですね。これで満月だったらもっとよかったかも」

新月と満月の間で、月は遠く弱い明かりは障子のむこうの二人の影を柔らかく見せている。

「でも、こういう月見も悪くないですよ」

総司の声がして、影が揺れた。

「ちょ、沖田先生!」
「少しだけ。少しでいいからこうしていてください」

 

―― !!

 

総司の影がセイに近づいて倒れ込んだ。

一斉に布団の中の隊士たちがごそごそと動く。皆横になっているにも関わらず、くの字に体を折り曲げている。

しばらくして、セイの手が動くのが映る。たまらずに隊士達はごそりと起き上がると、四つに這って障子まで進んだ。下の板戸の部分に体を隠して、障子の際の部分に指先でほんの少し穴を開ける。

部屋の中の男たちが障子に向かって四つん這いで並んだ姿は、背後から見る者がいたら大笑いものだろう。

廊下の端に寄りかかったセイの膝の上に総司が頭を乗せて目を閉じている。気持ち良さそうに目を閉じた総司を見た隊士達がもぞりと動く。
照れた顔で困っていたセイの表情が徐々に変わって、嬉しそうな柔らかいものに変わる。

「沖田先生」

柔らかな声が耳を打つ。セイはその手を挙げると、優しく総司の額から髪を撫でている。

その手の柔らかさを想像した男たちは羨ましくて、羨ましくて涙を流しながらも、その場所から離れられない。そのうち、セイの膝の上の総司が寝入ってしまってもずっとセイは総司の髪を撫で続けている。

「……羨ましい」

ぼそりと小川が堪えかねて呟いた。その囁きに次々と応えるようにその隣からも、奥からも密かな囁きが聞こえた。

セイが月を仰ぎ見ながら総司の髪を撫で続けている。ひんやりとした秋の夜風が僅かに流れた。
セイは屈みこむと、ほんの微かに総司の額に唇を寄せた。

 

―― 神谷~!!!

 

「……沖田先生。お風邪を召しますよ?」

皆が寄り添う陰に釘付けになる中で、セイが優しく囁いた。

ずるっ。がたっ。

覗き見ていた丸山が手をかけていた板戸の枠から手が滑った。音を聞いてパッと顔を上げたセイが慌てて、総司を揺り起こした。

 

 

– 続く –