寒月 41

〜はじめの一言〜
完結っ
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薄暗くなり始めた権現堂で、抜き身の刀の煌めきだけが残像のように走る。

一見、無造作に見えて、土方の抜き打った一刀は斎藤とは逆に、何かを断ち切るように踏み込んだ足の勢いに任せて、ざっくりと横山の胸元 を斬り割った。横山は片膝を落とし、刀を小脇にまわして下からすくい上げるようにして斬り払った。あとわずか、ずれていたら土方の剣が横山の首筋を切り裂 いていただろう。

間合いを取りなおした横山に、何を思ったか土方は和泉守兼定の一刀をその頭めがけて投げつけた。さらに足もとから砂利をけり上げて、横山の動きを封じたかと思った。瞬間、その懐に飛び込んだ土方の堀川国広の脇差があばらの下のあたりから突き上げるように貫いた。

横山の剣は、鍔元に近い刃先が土方の眉間のあたりまで振り下ろされたまま止まった。

躊躇いなく土方の脇差が引き抜かれると、横山の体がゆっくりと沈み込んでいく。がっ、と大刀を地面に突き立てた横山は満足気に笑った。

「アンタ、強い……なぁ」
「手前もな」

ひゅっと刀を振ってから拭いをかけた脇差を納めて、すいと横山の体の向こう側へ投げつけた大刀を拾いに行く。刃を見て、眉をひそめた土方は、こちらも拭いをかけて納めた。

刀に縋る腕を支えきれずに横山の体がぐらりと傾いて転がった。ぜいぜいと苦しげな息を吐きながらもまだ息のある横山が呟き続けている。

「金山……、俺達は幸せ、だよなぁ。この時代に、剣術だけで生きて、死ねるもんなぁ……」

男達は黙って、ただそれを眺めている。
血に染まり、柄から手を離した横山は自分の掌を見た。

「ああ、血だぁ。俺にも流れてたんだなぁ……。なあ、アンタ……、アンタみたいのは、これから、もっと辛くなるよなぁ」

剣術も戦も、武士であることもとうに形ばかりになり始めた今、頑なに潔さと誇りと忠義を胸に生きる彼らの生き方は、横山たちとは真逆にみえて、真実は非常に近しいものに思えた。
特に、新撰組は実戦派武闘集団の最たるものである。その力と働きは全国に知れ渡るほどのものであり、幕府にとっても非常に使い勝手のいい存在になっている。

「アンタ達みたいなのは、……武士ってのは……」

ぱたりと落ちた手が横山の最後だった。

「……お前ら、後の始末を頼んだぞ」

言うまでもなく、すでに藤堂の指示で隊士達が戸板を持って駆けつけている。どのくらいで立会いが終わるのかも見越した手配りは伊達に先駆けに慣れているわけではない。

「斉藤、来い」

くいっと手を動かして飲む振りをすると振り返らずに歩き出した。その背後に総司が駆け寄った。

「やだなぁ。土方さん清めなら皆で行きましょうよ」
「ああ?」
「ほら」

ぴっと懐から総司は一両小判を取り出した。

「近藤先生から軍資金もお預かりしていますから」
「やったーぃ。土方さん!行こうぜ」

原田が飛びついて永倉と藤堂がそれに続いた。セイは彼らの後姿を見送りながら、隊士達に声をかけている。

「あれ?神谷さん、来ないんですか?」
「はい。私は屯所に戻りますので、先生方だけで行ってらっしゃいませ」
「えぇ~?構いませんよ?」

総司の声に、セイは静かに首を振った。まだセイには仕事が残っている。それ以上呼ぶことができない総司に、背後から声がかかった。

「総司~!!おいてくぞ~!!」
「い、いきますよぅ!じゃあ、神谷さん後で!」

そういって駆けていった総司を見送ると、セイは戸板を抱えた隊士達と共に屯所へ戻っていった。

 

「局長、神谷です。ただいま戻りました」

セイが部屋の前から声をかけると、いつもならとっくに妾宅へ向かっているはずの近藤が現れた。おいでおいでと手を振る近藤に、セイは局長室に入る。

「すまなかったなぁ、神谷君」
「いえ。すっかり始末はつけましたので」

昼前に藤堂達の話を聞いていたセイは、昼過ぎになって副長室で仕事をしているとそっと襖の隙間から手招きする近藤に呼ばれて、中庭の隅のほうへ向かった。

腕を組んだ近藤が困った顔をしてセイを見た。

「すまんなぁ、神谷君」
「なんでしょう?局長」

ふう、とため息をついた近藤が、聞こえていたらしい話を切り出した。

「あれは、本当に強情だから俺が言っても聞かないと思うんだ。そこで申し訳ないんだが、神谷君、力を貸してくれないか?」

ざっくりしているようできめ細かい近藤の配慮に、セイは温かく感じて微笑んだ。ぺこりと頭をさげてセイは、近藤の話を聞き取った。

「やはり、神谷君でないとできなかったよ。本当にありがとう」
「とんでもありません。それからお寺の方の手筈もつけてまいりました」

セイは、一度屯所に帰った後、お初の遺体を預けてあった光縁寺にお初の墓を頼みに行っていた。近藤から預かった回向の金を渡して、山南の墓の近くにお初の墓を頼んできた。

「そうか。後でさりげなく伝えるには……」
「それも住職さんにお願いしてあります」

お初の遺体を預かっていることは土方も知っている。もし土方が尋ねてきたら、住職から告げてもらうように頼んである。

「何から何まですまなかったね。神谷君」
「いえ……。あのう、局長」
「なんだい?」
「武士であるということは……」

―― どのような目にあっても耐えねばならないのか

言いかけて飲み込んだ言葉を近藤は汲み取ったようだ。

「そうだな。私は、皆一緒だと思うんだ」

武士とは、将軍家を守り、朝廷と尊び、それらを支えることで民が安穏と暮らせる世の中を作り上げるためにあると思っている。民がいなけ れば幕府も藩も成り立たないものなのだ。武家の頂点である将軍家が守り尽くすものは民であるならば、輪を描くそれは皆、同じということになる。

「名ばかりの幕臣や不忠義者がいたとしても、我等だけは徳川を守る。ひいては、それは民を守るということと同じなんだと思う。民が耐えることに比べて、私達はまだまだ恵まれているんだよ」

穏やかな中に強い意志を感じて、セイはただただ胸が熱くなる。

―― こういう方だから、沖田先生や、皆がついていこうと思うんだよなぁ

「私達は、常にそれを心において、自分の弱さとも戦わねばならないのだよ」
「はいっ」

それを受け入れる懐の大きさも、近藤だけでなくここにいる男たちの中に感じる強さだと思う。
セイは局長室を後にすると、副長室から手始めに酔って戻る彼らのために部屋を暖めて床の支度を始めた。

空には凄烈な輝きを示す、彼等の如き、月が凍る。
天も地もなく、ただあるがままに。

廊下を歩むセイは、すっかりと寒くなった空気に、はあ、と息を吐いて両の手を暖めた。

 

– 終わり –