静寂の庵 4

~はじめの一言~
このお話では、総ちゃんは中途半端に自覚がある面倒な人になってます。
BGM:Madonna Like a Prayer
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結局、隊士達によって病室に運び込まれたセイは、意識を取り戻すのに随分時間がかかった。

「神谷……!」

巡察を終えて屯所に戻った藤堂は、セイの様子を見に行って、稽古で倒れた挙句に病室にいると聞いて様子を見に行った。皆が稽古のために倒れたものだと思い込んでいるために、ただ寝かされているだけで、特に医者を呼んだりした様子はない。
そっとセイの傍で呼びかけると、じわりとセイが目を開けた。

「神谷。……大丈夫?!」

声を潜めた藤堂の呼びかけにセイが眉を寄せた。

「……ちょっと……」
「でも、このままじゃ外に出るにも出られないよ……」
「なんとか……起きます、から、外に連れ出して……、いただけませんか」

密やかにセイが藤堂に頼みこんだ。今は、とにかくここから出ないと、この状態をいつ知られてしまうかわからない。
藤堂は厳しい顔で頷いた。

なかなか隊部屋に戻らないセイを心配した総司が病室の外でその様子を伺っていた。多少の荒稽古のために倒れたならすぐに気が付いて部屋に戻ってくるはずだ。
声は潜められていたから内容は聞き取れはしなかったが、何かを頼んでいた様子だけはわかる。嫌悪を滲ませて総司はその場から離れた。

一人、誰もいない道場に向かう。

―― どうしてここまで苛立つんだろう

刀を抜くと、次々と型を繰り出し始めた。心配している自分と、こうしてセイが他の誰かに頼っている姿に苛立つ自分。揺れる自分が厭わしい。

自分は武士なのだ。己を滅することなど当たり前だというのに、それでも大きく揺れる自分自身に腹が立つ。

目の前に腑甲斐ない自分を置いて、それを切り裂くように刀を振るった。

 

なんとか起き上がったセイは、病室付きの小者に痛みがひどいので南部の元へ行ってみると言った。痛み止めならここにもあると言われはしたが、藤堂の口添えで何とか押し切った。

「たまには松本法眼のところに顔を出したいんだよ。俺が送ってくから。総司にはうまく言っといて」

そういうと、藤堂はセイを伴って屯所を出た。屯所の見える範囲から離れると、途中からセイを抱え上げた。

「すみ……ません。藤堂先生」
「いいから!もう駄目だよ。南部医師の所に行こう。できる限り悪いようにはしないから!」

藤堂はそう言いながら先を急いだ。日中であれば目立ってしまうだろうが、この時間ならば大丈夫だろう。とにかく、早くセイを診てもらわないといけない。

幸い、南部は在宅し、担ぎこんだセイはすぐに診てもらえることになった。

「どうしたんですか?これは」
「俺にもよくわからない。ただ、ずっと具合悪そうにしていたことだけは確かです」
「そうですか。少しはずしていただけますか?藤堂先生」

わかった、と言って部屋から出た藤堂は案内された部屋で待つことにした。
南部はセイの様子を診ながら険しい顔になる。

「神谷さん。ご自分で分かっていますね?話してくださいますか」
「は……い。初めがいつか、よくわからないのですが、……左側を強く殴られたことがきっかけかもしれないです。しばらく片耳が痛いと思ってました。それから、どんどん痛みが広がって、左の頬や耳の下まで痺れるような感覚と痛みが広がって……」
「鼓膜と傷めたか、そのあたりを痛めて、そのまま炎症と膿が広がったのかもしれません。何か薬は飲んでいましたか?」
「い、痛み止めしか……」

南部はセイの両耳の下から首筋までを触診しながら様子を見て行く。触れてわかるようでは、相当ひどいはずだ。でなければ、膿が溜まりすぎれば骨をも溶かしていく。頭部は一番治療が難しい。
骨まで広がっていた場合は、南部一人では難しいかもしれない、と思った。

「神谷さん。隊に黙っておくのは、この状態では難しいですよ」
「でも……っ」
「それに……、今貴女をつれていらっしゃったのが藤堂先生では、私も誤魔化すにも限界があります」

それが総司であれば、話せることをきちんと話した上でどこまでできるか相談できただろう。しかし、藤堂はセイが女子であることを知らない。嘘の上に嘘を重ねれば、どこかに綻びが出てしまう。

セイにとって、いずれも諸刃の剣であった。総司に知られれば、思い当たる原因がおそらく稽古か、叱責された時に殴られたことだ。きっと総司は自分を責めるだろう。
藤堂にこれ以上、嘘を重ねれば発覚したときに藤堂にも責めを負わせることになる。

黙り込んだセイを置いて、南部は診察を終えると藤堂を呼んだ。

「お待たせしました。藤堂先生。神谷さんを連れてきてくださってありがとうございます」
「いや……、もっと早く連れてくるべきだったことは分かってますから」
「そうですね。もっと早ければ……。とにかく、この状態では隊に戻れる状態じゃありません。なんとかできますか?」
「……難しいよね。総司が相手じゃ」

あの過保護なくらいセイを可愛がっている総司を相手になまかな嘘など通用しないだろう。あの男がこの場にいないことがおかしいくらいなのだから。
総司の今の様子とセイが総司に知られることを嫌がっていることを伝えると、少しの間、考えこんだ南部が知恵を出した。

「それでは、私が文を書きましょう。近藤局長へ」
「…………!」

セイが、起き上がることもできない布団の端を握りしめた。自分ごときのことで局長にまで迷惑をかけるのかという思いと、局長や土方相手にどこまで何を誤魔化せるのかということ。

しかし、他に方法はなかった。南部は急いで文をしたためると、藤堂にそれを預けた。

「極力、他言無用にとお願いしてあります。藤堂先生がご存じなことはお話いただいて構わないと思いますが、後のことはまたご相談しましょう」
「わかりました。ありがとうございます。たまたま気がついたのが俺だってだけだけど、神谷が望むようにしてやりたい。総司なら、神谷の思いを無視して勝手にしそうだし。それだけです」

南部は、藤堂の言葉に頷いた。セイを可愛がる者達は皆同じことを言う、と思う。南部の文を預かると、藤堂は急いで屯所に向かった。

妾宅に近藤が向かう前に捉まえたい。

「局長、よろしいでしょうか」
「平助か。どうした?急ぎかい?」

ちょうど部屋を出るところだった近藤に藤堂は南部から預かった文を渡した。すぐに隣から土方が顔を見せる。

「なんだ、平助。もしかして、あいつがなんだか面倒くせぇ状態なのと関係あんのか?」

さすがに鋭い土方だ。このところ総司が苛々としていることは既に聞き及んでいるらしい。密かにここに持ち込まれる話など、中身はすぐに知れた。

「ふむ……。平助。神谷君はそんなに具合が悪いのかい?」

文を読み終えた近藤が真面目な顔で藤堂に向かった。知りうる限りのことを藤堂は話した。セイがひた隠しにしていたことも。

「なんだ、そいつは……っ」

怒りを滲ませた土方を抑えて近藤は南部の文を差し出した。大事な弟分が不安定な理由が、さらに土方の怒りを誘った。

 

 

 

– 続く –