静寂の庵 5

~はじめの一言~
うーん・・・。
BGM:Madonna Like a Prayer
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夜になっても戻らないセイを心配した総司が再び病室に行くと、小者がセイは南部の所に行ったと告げた。それを聞いて総司が南部の元へ向かおうとすると、藤堂が連れて行ったという。
再び、眉間に皺が寄った。

幸か不幸か、そこに平隊士が呼びに来る。

「沖田先生。局長がお呼びです」
「わかりました」

不機嫌な顔のまま局長室に現れた総司に、待っていた土方がセイが今夜は南部のところに泊まると告げた。

「どういうことです?」
「ああ?」
「何がどうしたって言うんです?組長の私に報告もせずに勝手な真似を?」

反射的にむっとした総司に土方は面倒くさそうに手を振った。

「具合が悪いんだっていうんだから、悪いんだろう?今夜は様子見るんだとよ。神谷がやっていた雑用で急ぎがあるなら他の奴らに回せ」
「局長はどうされたんですか?私は局長に呼ばれたはずですが」
「妾宅へ帰った」

土方もこんな説明で総司が納得するとは思ってはいなかったが、あれこれと今は説明するのが難しい。どう話してもこの苛立った総司に何を言っても納得させることはできないだろう。
不用意に話せば、この弟は余計なことにまで気づきかねない。

「話は終わりだ」
「土方さん!」
「終わりと言ったら終わりだ」

いつもの総司であれば、もっと食い下がるところだったろうが、今は藤堂が噛んでいることが頭をよぎってどうとでもなれ、という気がしてきた。
わかりました、といって総司はそのまま部屋を出て行く。その様子は、土方からしてもいつもの総司ではないと思えた。

「なんなんだあいつは……」

その姿を見送りながら、土方は呆れた声を上げた。あまりに子供というか、わかりやすい態度と言えば態度である。

―― 自分じゃなくて平助が神谷の不調に気づいたとか、神谷が頼ったのが平助だったとか、どうせそういうことなんだろうが

子供の独占欲や悋気丸出しなのに、自身は全くその自覚がなさそうな様子に呆れるのは仕方ないだろう。

「俺は衆道は嫌いだっつってんだろうが……」

頭を抱えて土方は自室に戻った。後は様子を見に向かった近藤がなんとかしてくれる事を願うだけだ。

 

文を送った南部は、その返事に近藤本人が現れるとは思っていなかったために、突然の訪問を詫びながら現れた近藤に驚いた。

「ご面倒おかけしております」
「これは……。わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。神谷さんなら今は薬で休んでいます」
「そうですか。それでどうなんでしょう?」

近藤を案内しながら南部がはたしてどこまで答えたものかと思案を巡らせる。答えはやはり一つだろう。
藤堂が帰った後、もう一度セイを診察した南部は片側が聞こえていないこともきちんと指摘していた。

「怪我の際の治りが悪く、膿が回ってしまったようです。他の部位とは違い、耳や鼻などの三半規管は他にどのような障りが出るのかわかりません。とに かく、今、分かっているのはこのままでは神谷さんは聴覚を失ってしまうでしょう。今は片側の耳が一時的に聞こえなくなっているだけですが、このままにして おけば完全に聞こえなくなります」
「治る見込みは、……どうにかなるものなのでしょうか?」
「確実にとは言い切れませんが……」

目に見える部位ではないだけに、その治療がある程度は賭けであることも理解して、近藤は頷いた。あの弟分が、このところ不安定だという話は土方から聞いている。そんな状態で、セイの不調を知ればどうなるか、頭が痛いところである。

なんにしても近藤も土方も今のままセイを治療せずに離隊させるという選択はない。

「神谷君は、大事な同士です。このままにはしておけない。治療を何卒よろしくお願いします」
「わかりました。お任せください」

南部に向かって近藤は頭を下げた。

 

 

隊部屋で横になったものの、結局眠れずにいた総司は、朝早くに屯所を出て南部の仮寓へ向かった。こんなに早く行っても、結局はこの時間だ。家の外で待つことになることは分かっていても落ち着かない。

「私は一体どうしたんでしょうね……。斎藤さんが相手の時はこんな風に思わなかったのに……」

一人呟いてからふと、自分の口にした言葉を反芻する。

―― 本当に?斎藤さんの時は思わなかった?

己を振り返ると愕然としてしまう。
本当は斎藤の時もこんな風に苛立ったのに、それを無理やり違う風に思いこんでいたのではないか。

「なん……、いや、何を考えてるんでしょう。私はこんな時に……」

南部宅の塀沿いに背を預けて総司はため息をついた。こんな風に自分で自分がわからないほど心を惑わせるとは、あまりに腑甲斐ない。

「本っ当に、いつからこんなに弱くて、情けない男になったんでしょう……」

元々考えることが苦手な性質だ。自分に疲れて投げ出してしまいたいくらい嫌だと思う。他のことなら飯時になれば手を離してしまえるのに。

徐々に明るくなる空の色を眺めながら、ぼんやりと頭を巡らせていた。

 

その頃、ようやく目を覚ましたセイは、聞こえない耳のせいで余計にひどく静かだ、と思った。日に日に左の耳が聞こえなくなっていく。
その事実を気取られないようにする間に、口の動きで聞き取れない音の代わりに読み解くようになっていた。

―― まだ。もう少し大丈夫

聞こえないことがわかったら、総司は間違いなくセイのことを自分の隊からはずそうとするだろう。でも、セイには総司の傍から離れることなど、考えられない。
この痛みの元さえ取り除くことができればきっと治るはず。そう思うからこそ、それまでの時間を稼ぎたかった。

隠し通すつもりだったが、こうして南部の元に来てしまったからには、なんとか総司や隊のほうは誤魔化していても、治療してもらうことができるはず。

―― とにかく、朝になったら屯所に帰ろう

稽古の後、顔を見ることがなくて。
なぜだか、とても総司の顔が見たいと思った。いつもの笑顔で、ただ笑ってほしい。きっと今頃心配をかけてしまったかもしれないと思うと、どきどきしてくる。

セイは、南部が起きだすのが待ち切れなかった。

 

– 続く –