静寂の庵 9

~はじめの一言~
こんなに難産になるとは思いませんでした~
BGM:倖田來未 好きで好きで好きで
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「理由を、教えてもらえませんか」
「なんで理由を知りたいの?答えてくれたら教えるよ」

セイが可愛い。
藤堂には、そう思うことは自然なことで、素直に認めることも、行動で表すことも潔さのままに武士として男なら当然だと思う。
たとえ、セイが誰を好きでもそれは構わなくて、精一杯頑張るだけで。

それを認めようとしない総司が藤堂からすれば、許せなくて。正々堂々と認めればいい。認めて、慈しんで、それでセイが総司を求め続けるならそれでいい。セイが幸せならそれでいいのだ。

「それは、心配なだけで……」
「なんで心配なのさ。下の者だってだけならそんなに心配しなくったっていいじゃん」
「心配しますよ!他の人でも仲間であればしますよ!それに、神谷さんはもっと子供の時から私が面倒見てきたんですから!」
「うわー……、そんなに思いきり開き直らなくても……」

初めはぶつぶつと零していたものの、徐々に開き直った総司の言い様に藤堂が呆れた。

「総司、なんで素直に神谷だから心配なんだって言えないのかなぁ」

あまりのことに呆れかえった藤堂は、その場にしゃがみこんで心底情けないという顔で総司を見上げた。頬を少しだけ赤くして、必死で言いつのる総司に少し意地悪かもしれないと思いながらも、藤堂には藤堂なりの譲れないものがある。

「ふうん。まあいいや。じゃあ、教えない」
「藤堂さん!」
「だって素直に認めないんだから仕方ないじゃん。本当に気になって、知りたかったら自分で神谷に聞きなよ」

総司をセイの所に行かせるようなことも、藤堂にとっては正々堂々と潔さの表れであって、当り前のことだ。それで総司が認めれば、正面から改めて宣戦布告してやる。

ニヤリと笑った藤堂に、本当に困りきった顔の総司が情けない声を上げた。

「だって……、神谷さんは、藤堂さんが頼りなんじゃないですか。私じゃ駄目だから藤堂さんを頼ってるわけで……」
「本当はどうなのか聞いてみれば?」

―― 聞けるものなら自分で聞いてみなよ

そういうと、連れ出しておいてひらりと手を上げて藤堂は総司を置いて歩きだした。自分で聞けと言われた言葉に、総司が唇を噛みしめて俯いているのを振り返って見つめると、柔らかく笑った藤堂はさくさくと足元の草を踏みしだきながら屯所に向かう。

不思議な楽しさに藤堂は口元に浮かんだ笑いから、徐々に声をだして笑いだした。

同い年でも、剣術では敵わなくて、今も一番隊組長である総司と正面から張りあえることなど、まずないのに。まさかこんなことで張り合うことになるとは思ってもいなかった。
普通ならば、誰かを想って、取り合うような真似が楽しいはずもないが、相手がセイであるからか。

門をくぐると、一人、けらけらと笑う藤堂に隊士達がぎょっとした顔を向ける。原田と永倉がその姿を見て寄ってきた。

「平助~。何だよ、なんか面白いことでもあったのか?」
「おうよ、お前なんかいいことあったなら酒奢れよ」
「ああ、それいいね。飲みに行こうか。奢らないけどね」

笑いながら藤堂は原田と永倉と連れ立って、今戻ったばかりの門をくぐって再び外に出て行った。稽古着で道場から出てきた斎藤はその姿を眺めて、ふむ、と呟いた。

―― また面倒が増えたらしいな

共に同い年の者が、それぞれに同じ想いを抱えるとは。
藤堂ではないにしても、こちらも自覚のある斎藤はふっと笑った。確かに藤堂が笑うのも分からなくはないのだ。あとはあの男がどうするのか。
自分達は、精一杯できることをするだけだ。どのみち、セイが一心に誰を慕っているのかなど一目瞭然なのだから。

 

 

藤堂に置いて行かれた総司は、どうしていいかわからずにそのまま竹藪の中でぼんやりとしていた。意地になっていると言われればそうかもしれない。

愛しいと思ったのは確かだが、自分には恋など必要ない。自分が尽くす忠義と誠には邪魔にしかならないと思っている。考えるのが面倒になって、総司はざっと大股に歩きだした。

屯所に戻ると、土方の部屋に転がり込んだ。

「なんだ、その面……」

手土産代りに茶を入れて副長室に入りこんだ総司に、土方も呆れた声を上げた。

「別にいいじゃないですか」
「俺は忙しいんだ。お前の愚痴を聞いてる暇なんかねぇ」
「そんなつもりじゃないですよ」
「じゃあ、どんなつもりだってんだ?」

ぐっと言葉につまった総司は、畳の上にごろりと寝転がった。顔の上に腕を乗せて、ため息をつく。書類に目を落としたまま、軽く鼻を鳴らして、土方が口を開いた。

「そんなに気になるなら見舞いに行って来い」

視界の隅で、ぴくっと腕が動いたのを見ながら、土方は続けた。

「藤堂が見舞いに行ってるらしいけどな。神谷はお前の組下だろうが」
「………」

それでも答えない総司が、あえて聞こえないふりをしているのを内心では呆れながらも、自分の育て方が間違ったのかと自分に問いかけてしまう。自分も近藤もこんなに不器用ではない。

「総司。今は聞こえていなくても、治らないわけじゃないぞ」
「……え……?」

土方の投げかけた言葉は、思ったとおりの効果を総司に与えたらしい。腕を持ち上げて、転がったままの位置から驚いた声が上がる。

「今のあいつは、耳を傷めたらしい。奥の方で膿んじまって耳が聞こえてないそうだ。三半規管ってのか?耳とか鼻とかをやられると、目眩や頭痛がひどくなるらしい」
「それっ……」

―― 自分があの時、殴りつけたから?

がばっと起き上がった総司は、土方の肩を掴んだ。

「なんで教えてくれなかったんですか?!」
「そりゃ、お前がそんな様だからだろ。近藤さんも俺も同意見でな」
「………っ!」

立ちあがった総司に土方が追い討ちをかけた。

「一番隊組長が情けねぇ面してんじゃねぇよ。そんな顔を神谷に見せる気か」

藤堂のことも、その頭からは消し飛んでいた。ばたばたと走り出していく足音に、土方は頭を押さえた。

「本っ当に、あいついったい、いくつだよ……。ったく」

弟分の色恋沙汰など、まして衆道を疑うようなことなど許せはしないが、あれほど不安定になるくらいなら、まだ正気でいた方がいい。
面倒な事だと思いながらも放っておけないところが土方らしいといえばらしいのかもしれない。

 

 

– 続く –

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