静寂の庵 10

~はじめの一言~
こんなに難産になるとは思いませんでした~
BGM:倖田來未 好きで好きで好きで
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駆けだした総司は、そのまま走り通して南部の元に辿りついた。

「すみ、ませんっ、遅い時間にっ」
「お、沖田先生、どうされました?」
「神谷、さんはどんな、具合ですか?」

南部が何事かと出迎えると、ぜいぜいと息をついた総司がどうやらセイの元に来たらしい。中に招き入れながら、南部が初めから説明を始めた。今はほとんど聞こえていないこと、膿を取り除くために穴をあけていることを話すと、総司の顔に痛みが走った。

「その、原因は、顔や耳を殴ったりしたことでしょうか」
「まあ、そういうことも当然ありますが、たまたま化膿してしまったんでしょう。神谷さんはいつも無理をしますから」

セイのいる病室に案内すると、南部は総司のための分も夕餉の支度をするといった。暗に、泊まっていこうと好きにしていいということらしい。

「ありがとうございます」

総司は頭を下げて病室に入った。

「沖田先生!」

目を覚ましていたセイが驚いた声を上げた。耳に開けた穴が痛くて、流れてくる膿のために両耳を覆うようにぐるぐると包帯を巻いていることもあり、脈打つ鼓動に合わせた痛みにぼーっとしていたのだ。

総司の顔を見た途端、そんな痛みも忘れて、セイは起き上がった。

「どうされたんですか?お忙しいのに……」

総司は、難しい顔のままセイの傍に座った。南部に、ゆっくり話せば、口の動きでセイが読み取るといわれていたので、セイの間近で口を開いた。

「どうして、もっと早く言ってくれなかったんですか?」
「先生?」
「もっと早く話してくれたら」
「あ、あのっ、こんなの、全然、大したことないんですっ。ほんと、こんなの全然」

慌てて、セイが早口で言うのを止めて、セイの目を片手でふさいだ。

「大したことないならこれで聞き取れるんですか?」
「お、沖田先生……」
「神谷さん」

総司が何かを話しかけていることはわかるが、目をふさがれては読み解くことができないで困惑したセイの様子に、胸が痛くなる。

「本当に、何でもないんです。このくらい、私が放っておいたからいけなくて」

自分が悪いからだと懸命にいうセイを懐に引き寄せた。

「お、沖田先生っ?!」
「本当に、聞こえてないじゃないですか。……すべて私のせいですね……」

総司の胸から早い鼓動と、振動で言葉が伝わる。

「先生のせいじゃありません。私なんかのことを先生が気にされることはないんです」
「そんなっ、そんなことができるわけないじゃないですか!」

強くその腕に抱き締められて、セイは驚いた。口の動きが見えない上に、早い口調では総司が何を言っているのか読み解けない。

「私が、貴女のことを放っておくなんてできるわけないじゃないですか」
「あ……の、ごめんなさい。今は、その聞き取れなくて、もう一度ゆっくり話してもらえませんか?」

それには答えずに、総司はセイを強く抱き締めた。もう随分とこんな風に近くにいたことなどなかった気がする。以前はふざけて、じゃれ合うことがあったのに、長いこと傍にいなかったから、懐のセイの柔らかな匂いに目を閉じた。
セイは、総司の胸から伝わる早い鼓動と温もりに頬が赤くなる。

深く、総司が息を吸い込んだのが伝わる。

「すみません」

腕を緩めた総司がセイを解放して、照れくさそうに微笑んだ。

「あ、いえ……」
「怪我の原因は、私ですよね。なら、貴女が治るまで毎日、来ます」
「えぇ?!とんでもないですよ、そんなの!」

赤い顔のまま、セイがパタパタと手を振った。てっきり隊をやめなさい、とか一番隊から外れろ、と言われると思っていたのに、総司の反応が予想外で戸惑ってしまう。ゆっくりとセイが読み取れるように話す総司はにこっと笑った。

「駄目です。貴女に拒否権はありませんから」
「はぁ?何をおっしゃってるんですか!」
「藤堂さんは頻繁にきてるんでしょう?」

藤堂が来ているということを総司が知っている。
ぐっとセイは言葉に詰まった。そこに、南部が夕餉を運んでくる。

「沖田先生も召し上がっていってくださいね。神谷さんも気が紛れるでしょうし」

総司が礼を言って膳を受け取った。今のセイには普通の会話は、よほど近くで見ていないと読み取れない。

「そんなに痛むものなんですか?」
「ええ。神谷さんはずっと我慢している間に痛み止めを乱用していたので、夜になって眠るとき以外はなるべく痛み止めを使わないようにしているんです。だから、かなり痛むはずですよ」
「そうですか。そんな素振りは全然」
「藤堂先生が見えた時もそうなんですけどね。神谷さんは本当に無理をしますから」

苦笑いを浮かべた南部に、総司も同じように苦い笑みを浮かべる。話が分からないセイは、きょとんとして二人の様子をうかがっている。

頷くと南部は部屋から出て行った。セイの分の膳と自分の分を並べると、まずはセイが膳に向かえるようにして、セイがきちんと起き上がるとその肩に羽織をかけた。

「すみません、沖田先生」
「いいんですよ。さあ、食べてください」
「はい、沖田先生も」

にこっと笑ったセイに、ふっと総司が目を逸らした。セイには、横を向いた総司の耳が赤くなっていることに気付かなかった。

自分のせいでこんなひどいことになったのに、嬉しそうに笑う顔を総司は正面から見て動揺していた。

「神谷さん、もし、このまま貴女の耳が聞こえないままだったら」

―― 貴女を閉じ込めておけるんでしょうか

聞こえていないから口に出せた一言に、総司は自分で驚いた。
まさか自分がそんなことを思っているなんて、口から出て初めて自分の気持ちをはっきりと思い知った。

 

誰にも。

渡したくない。

 

口に入れたものを飲み込む時に痛みに顔をしかめながらも、なんとか少しずつ口に運んでいるセイを見ながら、総司は自分の膳に向う。
自分の中の手に負えない感情を、口に運んだ食事と共になんとか飲み込めはしないかと総司は願った。ゆらりと浮かび上がった感情の先に、どす黒い炎を見たような気がして、それを自分で認めてしまったら取り返しがつかなくなりそうで。

藤堂に言われた言葉が突然、頭の中に響いた。

『神谷は俺が貰ってもいいけど?』

藤堂はセイが女子であることを知るはずもないのに、それでもあの一言を口にした。
そう思うと、飲み込む食事の味がしなかった。

 

 

– 続く –