雷雲の走る時

〜はじめの一言〜
戦闘系大好き。

BGM:Kalafina Kalafina_oblivious ~ 俯瞰風景
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世情を不安定にさせる睨み合いが長引く中、京の町の中も再び不逞浪士達の動きが活発になり、市中見回り組にも新撰組にも見回りの強化が伝えられている。

巡察の際に斬り合いになることも格段に増えた気がしていた。総司は、早めに稽古を切り上げて夕刻の巡察まで休むように隊士たちに伝える。
皆、気を抜けない状況に疲れが溜まっているのがわかるだけに、少しでも休ませておこう、と思ってのことだ。

しかし、自分自身については話が違う。組長となればそうもしていられない。土方の部屋へ行くと、日々、眉間の皺が深くなっている鬼の顔があった。

「総司か。見ろ、また増えてるらしい」

何が、と言わなくてもわかる。すでに事態は動き、市中に入れない長州者の代わりに、土佐やそれ以外からも過激な者たちが集まってくる。もちろん、出身を偽った長州者も多い。
監察方からは、刻々と判明する市井の動きが逐一送られてくる。渡された文に目を通しながら、総司は飄々とした笑顔を顔に貼り付けた。

「武士だけでなく、町人まで彼らに力を貸していますからね」
「まったく、何が千年の都だ。魔窟のような場所に成り下がる気かといいたくなるぜ」

土方が言うこともわからなくもない。局長以下新撰組の一同が公武合体を願っていても、彼らから見れば佐幕組織の新撰組は幕府の走狗でしかないのだから。
こうして市中の治安を守っていても、そんな新撰組に守られるくらいならと思う者たちがこの京の都には多いのだ。

「仕方ありませんよ。私たちはできることをするまでです。午後は巡察がありますのでせいぜい、取り締まってきますね」

そういと総司は土方の部屋を後にした。隊士棟から幹部棟へと総司を探していたセイがぱたぱたと駆け寄ってくる。

「沖田先生!こちらにいらっしゃったんですか。もう早く食べて下さらないと、お昼終わっちゃいますよ」

稽古着からとうに着替えたセイはようやく見つけた総司の顔を見て、ほっとしたのも束の間、すぐに頬を膨らませた。。

「あ、はい。ありがとう、神谷さん」

そういえば、昼がまだだったことを思い出す。どうにもやることが多くて、大事な食事の時間さえ忘れるようではいただけないな、と総司は思う。
セイは、いつもより難しい顔をしている総司をみて、つい口を挟んでしまった。

「あの、また何かあったんですか?副長の元に行って……」

良くない事があったのでは、と心配する気持ちも十分分かるのだが、今はただでさえ激務が続いている。
そんな時に、こうしてつい、何にでも興味をもって首を突っ込んでしまうセイに向かって、総司は、はーっと珍しく機嫌が悪そうにため息を吐いた。
じろっと隣を歩くセイを見ながら総司が何度も繰り返している台詞を口にする。

「神谷さん?貴女って人はどうしてそう、なんにでも首を突っ込むんです!いいですか?ただでさえ、市中も警戒が厳しくなって不安定なんですから、貴女は一つでも揉め事に首をつっこまない努力なさい!」
「はぁい……」

しゅん、とうなだれたセイを見ながら、このところの心配事を思い出していた。今もセイの手首には自分で手当した包帯が巻かれている。

巡察に出ていれば遭遇することも他の隊士たちど同様のはずが、斬りあいになったり捕り物になると、このところ格段にセイが怪我をすることが多い。もちろん、大きな怪我ではないにせよ、今まではこんなことは少なかったのだ。

「傷、痛みますか?」

袖口から覗いた包帯を見て、総司がつい、聞いてしまった。今度は立場が逆になって、総司の方がセイに噛みつかれる番だ。

「沖田先生!もう、こんな傷の一つや二つでいちいち心配しすぎですってば!私が未熟なせいでのこんなかすり傷、なんでもありません!!」

いつも総司が心配すると、セイはこうして言い返してくる。しかし、総司からすれば、セイは女子で、その女子の体に後に残るような怪我が増えていくことはどうしても放っておけないのだ。

「余計な心配をされるくらいなら、早くお昼を召し上がって、少しでもお体を休めてくださいね!」

そういうと、セイは来た時と同様にパタパタと去って行った。総司に休め、といっておいて、一番体力がないはずの自分自身は、洗濯や雑務で休むことなく動き回るのは組長と同じく、自分を大事にしていない。
総司は、賄い所に足を運ぶと、残されていた昼をとってから、再びセイの姿を探すことにした。

しかし、総司が昼をとってからセイを探しても、なかなか見つけることができなかった。なぜだか、いつもならすぐに見つけられるのに、今日はどうにも探しあぐねている。

そうこうしている間に、巡察の時間が近づき、セイも何事もなかったかのように、隊部屋に戻って支度を始めた。

さすがに勝手に探していた間のことまでは問いただすことはできずに、総司は心配そうな目を向けた後、自分も支度にかかった。

総司が探していた間、セイは密かに誰もいない小部屋を見つけて、自分の怪我の手当をしていたのだ。実は、総司や皆には黙っていたものの、セイの怪我は彼らが思うよりずっと多くなっていた。

手足や見える場所は仕方がないから報告していたものの、打撲に関して言えば体中にあるといっていい。

セイ自身もおかしい、とは思っていたのだ。巡察で歩くときは隊列を組んで歩く。しかもセイは総司のすぐ傍を歩いているので、皆が目を離す隙は少ないはずである。
それなのに、町屋に入っている間、御用改めの間など、僅かな隙をついて、殴られたり、突かれたり、何かがぶつかったりという、細かいことが異常に増えている。

それも、不逞浪士がどうというより、改めに立ち寄った家の者が嫌がらせでするような程度なので、その瞬間は痛い、と思っても、取り締まれるかといえばそんなことはない。せいぜい、あちこちに痣が増える程度だ。しかも、誰がそれをやったのか、わからないような一瞬の出来事が多い。

一つ一つは大したことがなくても、積もり積もっていけば、かなり堪える。
今も背筋のあたりを突き飛ばされた際に、つづらの角にしたたかに打ちつけられて、動くたびに痛むのだ。また左の肘から腕は、その前の捕り物で、捕縛の際に思いきり掴まれたせいで筋を痛めたのか、わずかだが腫れてしまった。
左の肩から腕にかけては、浪士ではなかったが、加担している町人の振り回した角材が思い切り当たって、随分日がたつのに、まだ黒々と痣になっていて、まだ痛む。

「私の腕が落ちたのかな……?」

あまりに多くなった傷に膏薬をつけたり、湿布をしながらセイは考え込む。稽古を怠けているわけでもないし、腕が落ちるようなことはないはずなのだが、他に原因が思い当たらない以上、そうとしか考えられない。

手早く手当を終えると、セイは総司や他の皆に気取られないようにいつも通り笑顔を顔に張り付けて皆の元へ戻った。

なんだかんだしていると、その日も結局、捕り物になってしまった。
巡察へでようとした一番隊の元へ監察からの報告が入り、乾物問屋の離れで不審な集まりがあるという。一番隊に加えて三番隊も出動することになった。

装備を整えると、表口に一番隊、裏口に三番隊が控える。セイは、総司に言われてすぐ後ろについていた。

「新撰組だ!離れを改めさせてもらう!」

そういうと、一番隊が店の中に雪崩れ込んだ。
店の者たちは逃げる者と、離れへ知らせに向かう者とに分かれた。総司は、店の者には手を出さないように言って、離れに向かった。

その後を追って離れに入ると、そこに集まっていた不逞者たちが一斉に得物を手にしながら立ち向かってくる。

「新撰組だ!手向かえば容赦なく斬るぞ!」
「うおおおお、この幕府の犬どもが!!」

怒声が入り混じって、狭い部屋の中が多くの者たちの動きで慌ただしく揺れた。総司はそんな中、振り返ることなくセイを呼んだ。

– 続く –