雷雲の走る時 2

〜はじめの一言〜
戦闘系いきます。
BGM:Kalafina Kalafina_oblivious ~ 俯瞰風景
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「神谷さんは下がって、店の方々を!」
「は、はいっ!」

すぐにセイは、その荒れた部屋から出ようとしたが、目の前に立ちはだかった者に阻まれた。町人姿で総髪の男が、匕首を抜いてセイに躍りかかる。

はっと構えた刀でセイはかろうじて受けたが、かすめた刃が頬から首筋に浅い傷をつける。

「くっ」

強い力でぐぐっとさらに押しこまれていく。
セイが斬り払うこともできずにいると、その姿に気づいた山口が横あいから一太刀を浴びせた。

「神谷っ!大丈夫か?」
「ありがとうございます!」

ほっとしたのも束の間、振りかえったそこに、太刀を振りかざした不逞浪士の姿があった。ぐいっとセイの体を山口が引くと、今度は相田がその男の手首を切り飛ばした。

「神谷、無理すんな!」

部屋のあちこちから声がかかり、生き残った者たちは次々と捕縛されていく。
遅ればせながら店の者たちのところへ行こうとしたセイの手を総司は掴んだ。それが痛む方の腕だったので、セイが反射的に腕を引きそうになる。

「神谷さんはここへいなさい。私の隣に」

総司はそういうと、懐から手拭を出してセイに渡した。その手拭で首筋に走った傷から流れる血を押さえる。さすがにこれだけの捕り物で総司がセイを気遣うことは難しい。

総司は、裏口に控えていた斎藤と確認しあいながら捕縛した者達や、怪我をした者達の報告を受けた。状況を確認していた斎藤が、総司の隣にいるセイをみて、眉をひそめる。

浅手ではあるものの、手拭いにはわかるほど血が滲んでいた。

「清三郎、お前も他の怪我をした者達と早く医者に行け」

斎藤は、有無を言わせない口調でそう言うと、その隣にいた総司も頷いた。

「わかりました。申し訳ありません!」

そういうと、セイは他の怪我人達を伴って、南部の元へ向かった。後姿を心配そうに見ていた総司に、斎藤が声をかける。

「そんなに心配ならば行けばいい。あとは俺が見よう」
「斎藤さん」

思うことはどうやら同じらしい。襷を外した総司は、首を横に振った。

「いえ。屯所に戻って報告を先に済ませましょう」

そう言うと、周りを見渡して男達は撤収を急いだ。
屯所に戻ると、捕縛した者たちは番屋に引き渡すことにして、総司と斉藤は土方の下へ報告に向った。

「監察方からの報告どおり8名を捕らえてます。こちらの被害は軽傷者だけです」
「そうか。ご苦労だったな」

土方がそういうと、総司と斉藤は顔をちかりと顔を見合わせた。

「ん?なんだ。他に何かあるのか?」

総司は、口を開きかけたが、躊躇して視線を彷徨わせた。今、セイの怪我が多いことを切り出しても、なにかの根拠があるわけではない。

「いえ、何でもありません。報告はそれだけです」

後のことを簡単に打ち合わせると、総司と斉藤は副長室を後にする。隊士棟に戻る廊下の端で、斉藤がぼそりと呟いた。

「このところの神谷の怪我が多すぎはしないか」

斉藤からもいわれるようでは、やはり総司が過保護だからというわけではないだろう。腕を組んだ斉藤が眉間に皺を寄せている。

「特に神谷の腕が落ちたわけでもないし、相手が強すぎるということも無いと思うがな」
「鋭いですね、斉藤さん」

曖昧な笑みを浮かべた総司ははっきりした答えを避けた。
自分が見ていない間のほんの僅かの間に、何かがあるのか、あるならなにがあるのか。
まだ不確実な話を口に出すわけには行かない。総司さえ、その怪我の現場を見ることがほとんど無いのだ。

「ちょっと、気をつけますよ」

それだけ言うと総司は軽く斉藤の肩を叩いて隊部屋に戻っていった。障子を明けて部屋の中を見ると、まだ怪我人達は戻ってきてはいない。

他の隊士達に声をかけながら、総司は斬り合いをした後だけに刀の手入れを始めた。このところの斬り合いで手にしていた方の刀はそろそろ研ぎに出さなければならない。
ざっと拭っただけだった血糊を綺麗に拭き清めて、鞘に収める。換えの刀の方も、目釘をはずしてこちらも綺麗に拭き清めた。

そろそろ日も暮れるというのに、なかなか戻らないセイを迎えがてら、総司は刀を袋に納めて刀屋へ研ぎを出しに向った。
本来は小者に頼む場合が多いが、今はついでがある。刀屋は新撰組とも昵懇でよく、隊の刀剣類の手入れを請け負ってくれている店だ。

「こら、沖田先生、ようこそおいでやす」
「これの研ぎをお願いしたくて……」
「へぇ、拝見いたします」

主が、袋から刀を取り出し、懐の懐紙を手に刀身を眺めた。

「お使いになったばかりどすなぁ」

さすがに見慣れているのだろう。店の主人は刀を鞘に収めると、袋に丁寧に納めた。

「半月ばかりはお時間かかりますよって、お預かりさしてもらいますがよろしおすか?」
「ええ。その間はこっちで」

そういうと、腰に差している方の柄を軽く叩いて見せた。にっこりと応じた主人の後ろから手代が茶を持って現れる。総司の目の前に茶を差し出しように促した主を、片手をあげて止めた。

「どうぞ、一服していっとくれやす」
「いえ、今日はちょっと急ぎますので」

夕暮れ時ということもあって、それほど引き止められもせず、総司は早々に店をでることができた。足早に南部の仮寓へ辿り着くと、他の隊士達は先に帰したらしく、セイと松本のやりあう声が聞こえてくる。

「だから、てめぇ少しは考えろっつってんだろうが!そのザマを沖田は知ってんのか?!」
「知らないに決まってるじゃないですか!こんなみっともない事、言えませんよ!」
「こんだけ打ち身や擦り傷ばっかりこさえやがって、どんだけ膏薬塗っても一瞬の反応が遅れれば命取りだぞ!」

迎えでた南部が苦笑いを浮かべて、総司を招きいれた。あの二人の怒鳴り声だけに、玄関先まで筒抜けである。

 

– 続く –