記憶鮮明 27

〜はじめの一言〜
BGM:SMAP not alone
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鋭い顔を向けられたセイは、まっすぐに総司を見返した。

「お着替えに行かれました」
「本当ですか?どちらへ?」
「奥へと向かわれましたがお部屋までは存じません」

手回しがよすぎる部屋の支度、そして今、着替えと称して雅の姿が消えた。総司はセイの胸倉を掴んで、ぐいっと引っ張り上げた。

「なぜお供しないんです!貴女の仕事でしょう!」

かっとなって引き上げたセイは強く総司を見返して、胸倉を掴む総司の手をセイがさらに強く払いのけようとした。

「沖田先生!ここは尼僧庵ですよ?!私は奥のお部屋までは参ることができません」

確かになぜ雅を一人にしたといったところで、男子禁制であれば仕方がない。掴んでいた総司の手が緩むと、セイが胸元を整える。

「そうでした……。すみません。早合点してしまったようです」

手を緩めはしたものの、総司の目は疑問符で一杯だった。

潔すぎるほど淡々とした雅の態度。
疑いを持つぎりぎりの境を行き来していたセイの行動。

嘘の苦手なセイの表情はどこか悔しさを滲ませていた。

斉藤と総司が部屋から出て行った後、雅は今までで一番厳しい顔を向けてきた。

「清三郎。あなたは何もしなくてもよいのです。貴女は何も知らなくていい」
「雅様?!」
「清三郎の気持ちは確かにいただきましたよ。でもね。貴女は、貴女を信じる人を裏切ってはいけません」

どきっとセイの心が抱えていた罪悪感が表に飛び出してくる。伏見の時のように、総司を悲しませるのかと思うとそれだけが気がかりではあった。

「元々、私の処遇がどうなるかによっては、もう二度とこの庵に足を向けることはなかったはずなのです。けれど、結果は困った方へと向かってしまった。こうなった時にどうするかも私はとうに決めていたのですよ」
「雅様?!」
「私はこれから着替えのために奥の部屋へと参ります。貴女はこれから何が起こるかは何も知らない。いいですね?」
「そんな、そんなわけには参りません」

セイは、総司と斉藤の前から何とかして雅を連れ出して、その間に出家させてなんとか命だけでもと思っていた。そのためにも事情を書き綴った文を豆腐屋の主人に頼んで清風へと届けてもらったのだ。
しかし、その清風が総司と斉藤を連れ出し、これから雅は着替えに向かうという。
訳が分からなくなって、セイはとにかく雅についていこうとした。しかし、立ち上がって入り口へ向かった雅に止められる。

「清三郎?ここは尼僧庵ですよ。場をわきまえなさい」

たった一人部屋に残されたセイは、どうしていいかわからずに独りぽつんと座り込んでいた。
本当にセイが何もわからずにいるのだと思った総司が不安に駆られたところに、斉藤が戻って来る。

「沖田さん、雅様はどこへ?」
「着替えに……奥へと行かれたそうです」

セイと総司の様子にただならぬものを感じて、総司を見たが険しい顔をした総司が首を振っただけだった。

「誰か……」

外の音に反応したセイが、ポツリと漏らして耳を済ませた。離れた場所から多くの人と駕籠の気配がする。
同時に、斉藤と総司にもその気配が伝わったのか、すっとそれぞれのいた場所へと腰を下ろした。ざわざわと急に騒がしくなった気配に怪訝な顔をしていると、 多くの気配はその部屋の前を通り過ぎて奥の院へと人が渡っていき、さざなみのような足音が過ぎ去っていくと、再び静かになった。

待てど暮らせど戻らない雅も清風も、そしてぱったりと他の尼僧達も現れなくなってから一刻がすぎた。

「どうしましょうか。斉藤さん」
「……」

じっと姿勢を崩さずに座っていた総司が口を開いた。このままでは埒が明かないというのはその通りで。
何かを言いかけた斉藤はのどの奥で空気が動いたのを感じたが、自分でも何といえばよいのかわからなかった。

「私が、見てまいりましょうか」

思い切ってセイが口を開いた。腰を上げかけたセイを斉藤が手を伸ばして制した。
部屋の前に人が現れた気配を感じたのだ。

「失礼いたします」

表れたのはあの若い尼僧で、すすっと襖を開けると丁寧に手をついた。
部屋の中へは入らずに、顔を見せるとまもなく清風が来るのでもう少し待つようにと告げた。ただそれだけに表れたにしては、身に纏う雰囲気が緊張している。
セイ達が庵に向かってきたときに外ですれ違ったのにいつの間に戻ったのだろう。
しゅる、と衣擦れの音も涼やかに清風が表れた。先程のまでの略装ではなく、正装のようである。

「お待たせいたしました。皆様、こちらにお移りいただいてもよろしいでしょうか」

斉藤達三人に下手に移るようにと促した清風は、入り口の脇に控えたままである。若い尼僧も入り口の外に控えて俯いたままだ。
眉をひそめながらも促されたとおり下手へと移動したところで再び、動かない清風に居住まいを正して何かを待っている。

ざわざわと人が移動してくる気配がして、若い尼僧が床に額を擦り付けんばかりに手をついた。

「皆様方。お控えくださいませ。これより敏宮様が御出でになられます」

息を飲んだセイは、ばっと座布団を退けて手をついた。どきどきとする胸の鼓動を感じながら手をついていると、総司と斉藤も同じように畳の上に直に座り手をついている。

どうしてここに、と驚いている間に強い香の匂いがして女官を伴って部屋の中に敏宮が表れた。顔を上げてよいとは言われていないため、手をついたままのセイには目の前で見える範囲に美しい着物が幾枚も広がっているのを目にするのが精一杯だ。

「新撰組の方々ですね。敏宮様にございます」

お付の女官がご本人に代わって口を開いた。清風も手をついていたが、ずずっと膝を進めてくる。

「こちらから、新撰組の斉藤殿、沖田殿、神谷殿にございます。皆様、雅様の身の回りを警護してくださった方々です」

状況が飲み込めないまま、伏せていたところに清風が驚くべきことを口にした。

「皆様に警護していただいた雅様はもうおられませぬ」

頭を下げたまま斉藤が体の向きを変えて、清風へと向き直った。敏宮の御前でもあり、もう一度名乗ってから問いかける。

「新撰組、三番隊組長、斉藤一と申す。庵主殿にお伺いしてもよろしいでしょうか」
「斉藤殿のご不審はわかっております。これを」

清風が懐より懐紙に包まれたものを取り出して、敏宮へと一度頭を下げてから背後を回って斉藤の目の前に差し出した。

「雅様の御髪になります。こちらをしかるべくお届けくださいまし」

真っ白な懐紙を開いたそこには、白い懐紙で束ねられた、雅のものとおぼしき、灰色の髪が広げられた。
すわ、遺髪なのかと、セイは指先から血の気が引いていくのを感じる。ますます状況がわからなくなって、清風へと顔を上げた斉藤が口を開いた。

 

 

 

– 続き –