記憶鮮明 26

〜はじめの一言〜
BGM:SMAP not alone
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これまでと変わりなく朝餉を済ませた後、セイは雅の荷物を取りまとめた。それぞれ総司達の分も含めて荷物の手配りを済ませると、手周りの荷物だけを傍において、普段通りの姿で控える。

「お待たせいたしました」
「支度は終わったのか」

斉藤と総司はすでに雅の傍に控えている。今日は二人とも普段通りの姿になっていた。
ゆるゆると支度を済ませたところに、松月の主人が挨拶に来る。

「雅様、ご贔屓に頂きましてありがとうございました」
「こちらこそ。世話になりましたね」
「新選組の皆様方もまた是非ごゆっくりとおいで下さいまし」

丁寧な挨拶を終えて、松月の主人のが駕籠を呼んでくれた。その駕籠にのって、祇園へ向かうと新選組が世話になる店の中でも格が高い藤屋へと部屋を取った。
妓達も普段の相手ではない。いつもとは違って、着物も飾りも華やかなものを選び競い合って座に集まってきた。

にぎやかな宴の合間に、セイは隙を狙って、お酒を、お茶をと、時折座をはずして周囲の様子をうかがっていた。総司達は、セイの動きを知りながらも、あえて口を出さずにいる。
楽しい時間が過ぎ、酒肴で腹も満たされたころ、再び座敷から姿を消していたセイが、濃茶とともに西湖という菓子を添えて現れた。

「こちらをどうぞ」

シメの代わりというにはかなり上品なものだったが、濃い抹茶と蓮根菓子のとろりとした風味がとてもあう。

「ふう。堪能させていただいたわ。ありがとう」

茶碗を置いたところで雅はすっと背筋を正したように見えた。決してそれまで崩した姿勢だったわけではないのだが、そこに雅の決意を感じ取って斉藤と総司もすっと手を膝の上におく。

「それではこれから予定通り、尼僧庵までお送りさせていただきます。庵の方は、神谷が初めにお迎えに上がったのであれば、我々がお邪魔することもできましょうか?」

念のための確認ということで総司が問いかけると雅が頷いた。セイが迎えに来た時も専用の来客のための間に通されていた。

「清風も知己が多いのでね。奥の院は殿方禁制ですけど、来客の間を用意してあるのです」
「それでは、そちらにお邪魔いたしましょう」

斉藤と総司は頷き合うと、すっと立ち上がる。セイは、控えていた隅の方で膝の上の袴を握りしめた。総司達には出家することがどういうことかしっているとは思えないが、疑われないように総司達の前から雅を連れ出さなければならない。
もちろん、総司たちもきちんと決まった段取りがあるわけではなかった。いくら、潔いといっても自分の最後についての段取りを雅と打ち合わせることはできない。

勘定は先に斉藤が済ませて、それから再び呼んでおいた駕籠で庵へと向かった。駕籠の両脇には斉藤と総司が付き、セイはその後ろから歩いていく。知らず知らずの間に駕籠から意識が逸れていってしまう。

「神谷さん。雑念を払えないならここから屯所に戻っても構いませんよ」

背後に目がついているわけでもないだろうに、低い声で振り返りもせずに言われた言葉にキッとセイが顔を上げた。

「申し訳ありません。大丈夫です」

ちらりと斉藤が後ろを振り返ったが何も言わずに歩いていく。徒歩で進むには距離があるが、じきに庵にたどり着く。途中で、若い尼僧とすれ違った。斉藤も総司も覚えがなかったが、セイだけはあの若い尼僧だと気付いた。
すれ違いざまに、武士に対して軽く道のわきによけて頭を下げた尼僧が、セイとはしっかりと目を合わせた。

たったそれだけのことで、特に何があったわけではない。

これといった反応を見せることなく、しばらく行くと庵の前にたどり着いた。雅が駕籠を降りている間に、総司が中の庵へと声をかけに向かった。
清風自らが顔を見せる。

「はい、何かご用でしょうか?お武家様」

まるで雅の双子かと思うほど雰囲気がよく似ている。いきなり総司が訪ねてきたというのに驚きもせずににこにこと応対に現れた。

「私は新選組一番隊組長、沖田総司と申します。雅様の警護をしております」
「そうでございますか」
「雅様がご休息に立ち寄られたのですが、お部屋を拝借できますでしょうか」
「はい。どうぞ」

総司が言うことをどこまで聞いているのかと思うくらいあっさりと清風が頷いた。半分だけ体を引いて奥へと手で促す。そこに、斉藤が先に立ち、セイを伴った雅が現れた。

「こちらへ」

セイが初めに通された部屋へと入ると、上座に雅、そして表門側に斉藤と総司、そしてセイが、雅の向かいに清風が座った。

「また足を運んでくださるとは有り難いことでございます。雅様」
「ほほ。迷惑をかけますね」
「そちらの新選組の皆様方もごゆるりとお休みくださいませ」

丁寧に畳に手をついた清風が雅だけでなく、斉藤達にも頭を下げるとこちらも頭を下げて応じる。

「そうゆっくりもしていられませんが、しばし休ませていただきます」

別な尼が皆へと茶を運んでくる。来客が多いだけに客の応対も皆、慣れているらしく、男子禁制の庵とはいうものの、皆が落ち着き払っていた。一度、茶を運んできた尼僧とともに清風が座を外すと斉藤がまっすぐに前を向いたまま、口を開いた。

「雅様。もう一度確認させていただきます。人知れず、この近くの山中にて我らの手にかかりますか?それともこちらの一間を借り受けますか?」
「いずれにしても介錯をしてくださるのでしょうけれど、山中に打ち捨てていくのであれば、何を証にしますの?」
「もちろん、お身柄もそのままにはいたしませんが、御髪を頂戴仕り、証としてお渡しすることになっております」
「そう。ならばこちらの一間を借り受ける方がよさそうね」

淡々と語ってはいるが、決して絵空事ではなくこれは雅自身の処遇についてである。いささか、というよりもだいぶ、話をする斉藤も調子が狂う。潔いと言えば潔いのだろうが、それにしてもである。

「一間を借り受けるのであれば、私は自分の身の処し方くらい心得ておりますよ。それにはまず支度が必要ね」
「は」

部屋を汚さず、決まった設えと白装束の支度を整えなければならない。介錯をする方にも切腹とほとんど大差ないのだから支度がある。
セイがすっと立ち上がった。

「まずは庵主様に事情をお話しなくては……。私がこちらにお呼びしてまいります」

いよいよだとセイが立ち上がったところに、清風が再び現れた。

「お待たせしております。新選組の方々、どうぞこちらへ」

顔を見合わせた斉藤と総司は、立ち上がったセイを後ろに退けて、清風の後について庵の奥へと足を向けた。小さな小さな小部屋には、しきたりどおりの設えがされている。

「こちらでよろしいかしら?」

文句のつけようがない支度に驚いた二人は顔を見合わせたが、問題があるわけではないので頷くより仕方がない。随分手回しがいいと思ったが、それの何が悪いかと言われれば答えようもない。

だが、おかしい。

はっと、総司が足音も荒々しく先ほどの部屋へと戻った。そこには、セイの姿しかない。

「神谷さん!雅様はどうされました?!」

 

 

– 続き –

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