記憶鮮明 29

〜はじめの一言〜
おわった~!どうでしたでしょうか?感想お待ちしております(汗どきどき。
ちょっとした修正ですよ。ええ。

BGM:Lady Gaga Judas
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「噂に名高い新選組の皆様をこんなくだらない話に巻き込んで申し訳ないこと」

雅は、彼らを単なる武装集団だとは思っていなかった。それだけに、こんなお家騒動から発展した騒ぎに巻き込むことになったことを詫びてきたのだ。

近藤にとってはそれだけでも光栄である。雅のような立場の人間で新選組のことを認めてくれるものなどまだまだ少なかったのだから。

「それで?近藤殿、土方殿。お二人のお考えを聞かせて下さる?」

単刀直入な雅の言葉に近藤が話を受けた。

「それでは率直に申し上げて、我々はいかにどのような事情があれど、単なる人斬り集団ではございませぬ。雅様に何かの咎があればこそ、このような事態だからと言って、お命頂戴というわけにはいきませぬ」
「こうして我々の話を聞こうというところからして、雅様におかれましても素直に応じるおつもりなどないようですな?」

苦虫をかみつぶしていた土方がにやりと受けると、ころころと雅は笑った。

「まあ、そんなこと当り前じゃありませんか。私があの者たちのためにこの命を投げ出すなど今はないと言っていいでしょう。私にはまだすべきことが多く残されております。己の欲にまみれた者たちの相手をしている暇などありません」

ぴしゃりという雅に近藤と土方は視線をかわした。膝の上に置いた拳が握りしめられる。
土方が先に手札を切りかけた。

「ならば、策がありまする」
「若い者を使おうというのならば許しませんよ。せいぜい隠れ蓑にするくらいで、若者の未来を私と引き換えにするなどとんでもない」

本当は、土方がセイの同行を認めた理由はここにあった。斉藤と総司が雅を逃がすなどはありえない。だが、セイの手落ちなり、不備によって雅の身柄が危険を逃れた場合は、表立って新選組の落ち度というよりは、雅の方が一枚も二枚も上手だったという言い訳が立つ。

しかし、先手を封じるように雅からは若い者のせいにしてはならぬと言われてしまった。鼻先で開きかけた扉を閉められた格好の土方が眉間に皺を寄せると、雅が間を空けずに続けた。

「代わりに私の手札を切りましょう。もともと身を引く準備をだいぶ前から進めていたのですよ」

敏宮への助力願いと、清風のいる庵での出家の手筈などを雅は語った。

「私にとっても、これは負けることのできない戦と同じです。警護についてくださっている斉藤殿と沖田殿には申し訳ないけれど、あちらには一切知らせずに事を運びたいのです」

全く気取られぬというわけにはいかないだろうが、そこはセイを泳がせておけば、雅を助けようと何かしらの考えを巡らせるはずだ。そこに周囲の目も斉藤達の目も引き付けておきたかった。

「庵に入りさえすればあとは、敏宮様のお越しいただく時間と手筈に幾らかの差ができるくらいで何とかなるでしょう」
「我々には、それを鵜呑みにするための何がありましょうや?」

とうの昔に自分が生き延びるための算段を付けていたという雅に驚いたものの、引き換えに出された条件は近藤や土方が思惑をいただいていたものよりも大きなものだった。

「私と、清風、敏宮様の庇護を新選組にというのではいかが?」
「……!」

新選組は会津藩お抱えではあるものの、会津藩だけの庇護ではいずれ何かの折には立ち行かなくなることは明白な事実だ。だが、丸抱えしてくれる相手を増やすことにも危険はある。庇護者の利害によって新選組が左右されかねないのだ。

それだけに、報告の義務もなく、利害関係もなく、ただ、何かの際には助力を求められる相手というのは喉から手が出るほど欲しい相手である。
その相手に、雅と、清風、そして敏宮という顔ぶれは最高の相手であった。皆、女性であり、それぞれの立場と発言権はあるものの、強力過ぎない程度の力と情報を持ち、表立っての関係性を知るものが少ない間柄というのも好条件の一つだ。

「お互いにとって悪くない条件でしょう?私達は事が成った後にもし、私達に手を伸ばしてくる者達がいれば、新選組の警護を頼みたいと思っています。いかがかしら」

確かに、雅達の計画が成就したとして、両家や関係する者たちが報復に現れないとも限らない。その時には、新選組に守ってほしいというのだ。
それは今後、どんなときでも必要なときは警護にということでもある。

「確かに、市中の治安維持は我々の仕事です」

近藤が確かに請け合うと、雅がにっこりとほほ笑んだ。
これで話は決まりである。

「食えねぇばーさんだぜ。出家するっていってもあれだけやる気満々でどこが尼だってんだか……」

ぶつくさとこぼす土方に近藤が苦笑いする。
細かいやり取りや、土方がセイを使おうとしていたことは割愛して話したことで、斉藤と総司にはやはりと腑に落ちるものがある。
だが、セイにとっては細かな経緯はさておき、雅が無事であったことが嬉しかった。
なんだかよくわからないままに庵を後にしたものの、実感として雅が無事だったとようやく感じられたのだ。

膳が運ばれてきて、近藤達を前に遅い夕餉をとることになった。食事の合間に、敏宮、いや、のちの桂宮に会ったことや、桂月尼と名乗ることになった雅についてあれこれと語らった後、それぞれに副長室を後にする。

戻ってすぐに副長室へと向かったために、皆、埃にまみれた姿だった。斉藤と総司は風呂に向かったが、セイは松月から届けられた自分の荷物から着替えを持って幹部棟の井戸へと向かう。

夜の洗濯は、干しても夜露に濡れると思えばあまり勧められたものではないが、どうせ身を清めるついでだと夜着や下帯などをざぶざぶと洗って、桶に積み上げた。
さらしも洗っておかなければ予備が心もとなくなる。人が来ないのを確認しながら、濡らした手拭と新しい夜着に隠れてきれいに身を清めると、新しい乾いたさ らしを身に着ける。急いで着替えを済ませると、残りの洗い物もすすいで、隊部屋に戻りがてら、物干しへと洗濯物を広げて戻った。

ようやくさっぱりとして人心地ついたとほっとしたセイが隊部屋に入るところで総司が目の前に立った。

「神谷さん」
「あれ。沖田先生もう戻られていたんですか?」
「ええ。貴女もお風呂に入りたいかと思って」

声を落とした総司が密かに囁いた。その心遣いに嬉しくなったセイはにこっと微笑んだ。

「ありがとうございます。でも今、井戸端で清めてきましたから大丈夫です」

にっこりと笑った顔に、あの芝居小屋ではにかんだセイの顔が重なる。夜なのに、目を細めた総司に、セイが不思議そうな顔を向ける。

「どうかしました?」
「いや……」

まぶしいものを目にしたように総司は手が届かないはずの太陽を目の前にした気がした。あの日、すぐ手を伸ばせば届くところにあった美しい花は、今は太陽か月のように、手の届かないところにいる。

「沖田先生?」
「……なんでもないです。貴女も早くお休みなさい」

セイと入れ替わりに総司は隊部屋から出て行ってしまった。セイは、首をかしげながら隊部屋へと入り、自分の布団を引っ張り出して一番端の定位置に広げる。

 

– 続く –