記憶鮮明 30

〜はじめの一言〜
おわった~!どうでしたでしょうか?感想お待ちしております(汗どきどき。アゲインw

BGM:Lady Gaga Judas
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―― 雅様、いや桂月尼様も皆女性は、鮮やかに、しなやかに強くて……

濡れ縁の端で足をふらつかせている総司に少し離れたところから声がかかった。

「いつか、あの姿を本物にする」

その気配には気づいていたが、急にかけられた声に総司は反応が遅れた。斉藤が離れたところから柱に寄り掛かって総司に向かって放たれた言葉だった。

「斉藤さん」

おおっぴらに話せる事ではない。立ち上がって斉藤が寄りかかる柱の傍へと移動する。総司が腰を下ろすまで待ってから、斉藤がぼそりと呟いた。

「町娘の姿なのか、武家の新妻なのかはわからんがな」
「……斉藤さんならきっと幸せにしてくれますね」
「それでいいのか?」

当たり前のように答えたものの、畳み掛けるような斉藤の問いかけに総司は答えられなかった。
それでいいのかといわれても、総司には自分自身に課した誓いがある。進むべき道がある。そこには女子のセイはいないはずなのだ。なのに、腹の中に居座った重苦しい塊は、素直にそれを言うことも、ダメだと否定することもさせてはくれない。

ゆっくりと表情を変えずに斉藤が総司の方へと顔を向けた。

「アンタの腹が決まったらまた教えてくれ。俺はいつでもその心づもりはしておく」
「その心づもりってなんですか」
「決まってる。あれをかけた決闘だ」
「!!」

いうだけ言うと、斉藤は隊部屋へと引き上げていく。違うのだと、そんなことにはならないのだと、その後ろ姿に言えばよかったのに、総司は言うことができなかった。
ぎゅっと握りしめた手の小ささが急に思い出される。

目を閉じれば、女子姿のセイが自分に向けて笑いかけている。せめて、夢見ることだけは許してほしいと思う。自覚したばかりの恋心は心の中を簡単に惑わせて総司を振り回す。

それでも。

「沖田先生?」

目を閉じて脳裏に浮かぶセイの姿を思い出していたところに本人が現れた。振り返ると隊部屋の灯りもとうに消えている。

「神谷さん。どうしました?眠れませんか」
「沖田先生こそ……。あの、少しよろしいでしょうか」
「ええ、もちろん」

総司の隣に据わったセイは手の中に何かを握り締めている。総司がそれに気づくと、セイが手の平を広げた。
その上には斉藤が買い与えた貝殻の紅があった。

「これ。斉藤先生にいただいたんですけど、お返ししようかと思うんです」
「どうしてです?」
「私、本当は、こんなものをいただく資格なんかなくて……。本当はなんとか雅様を逃がせないかって、逃がせないなら剃髪してでもお命だけはお助けしたいと思って……」

ああ、と小さく総司は口の中で答えた。土方の読みどおり、セイはなんとかきっかけを掴もうと、動き回っていた。それは総司達にも薄々わかっていたのだが……。

「雅様に、聞かれたんですよ。もし、貴女が私がいうことを聞かなかったらどうするのかって」

はっと顔を上げたセイは、申し訳なさに顔が歪んでいる。総司はにっこりと笑って、セイの手の上から貝殻を取り上げた。

「先生はなんて……?」
「神谷さんは、そんなことをするはずがないからって答えました。私が貴女を信じなかったら誰を信じればいいんです?」

指先でころりとした貝を玩ぶ総司に、セイは俯いてしまった。雅に言われなければ、総司を裏切るところだったのだ。総司はそれだけを言うとセイから取り上げた貝を手の上で転がした。

「今度……私も何か買ってあげましょうか」
「えっ」

何を言われたのか分からなくて顔を上げたセイの前ににこっと笑った総司が貝の紅をつまんで見せた。

「あ。え」
「紅じゃなくても、簪でも櫛でも着物でも」
「それ、女子に贈るものじゃないですか」

ぷっと吹き出したセイに総司が首を傾ける。指先でくるりと回されたきれいな貝が向きを変える。

「だってこういうの、欲しかったんでしょう?」
「それは……。あれは女子のセイの話で神谷清三郎は武士ですから」

目を逸らしたセイが真面目な顔でつん、と顎を上げるのをみて総司がちょいっとその鼻先をつついた。

「?!」
「女子で武士なのが神谷さんでしょう?だからこそ、雅様のお世話ができたし、雅様を助けようと動くことができたのに、自分を認めてあげないんですか?」
「だって……」
「そりゃ、ここではおおっぴらにできることじゃありませんけど、例えばお里さんのところに置いておくのでもいいし、何かあれば」

セイの顔を見ているうちに、総司は自然と思えた。

ただ、認めようと。

セイが隠しているとしても女子だということが事実なのと同じで、自分がどうであれセイを好いていることはかわらない。だったら、その自分ができることをするだけだ。

急に総司に女子のものを買ってやろうと言われても、あまりにも唐突で、しかもそんなものを欲しいと思う気持ちなどずっと前に押し殺してしまっていたから、すぐには思いつかない。
ぐるぐると頭を抱えるセイの手を引いて、その上に貝を乗せると大きな手がそれを握らせる。

「思いついたらでいいですよ。それに、私だって何か思いついたら、貴女に贈りたいと思った何かを贈らせてくださいね」

なんでそんなことを総司が言い出したのかわからずに、セイはぽかんと総司の笑顔を見つめた。曖昧に頷きながらも、きっと、よほど物欲しそうに見えたのだろうと勝手に結論づけてしまう。
そんなセイに、貝を握らせた掌をとん、と指先で総司がつつく。

「それから、これはお願いなんですけど」
「はい」
「これ、できればなんですけど……」
「はい?」

急に歯切れの悪くなった総司が視線をさまよわせる。ちょうど月に雲がかかって薄暗くなった廊下で、セイの目には俯いた総司の前髪が見える。

「できれば、しまっておいていただけます?」
「は?」
「いや、なんでもないですっ。さ!寝ましょう!」
「沖田先生?」
「ほら!朝がつらくなりますよ!ささ、寝ましょう、寝ましょう」

何が何だかわからないうちに、総司に腕を引っ張られてセイは立ち上がった。そのままずるずると隊部屋へと連れていかれると、床の中に押し込まれる。

「ちょ、先生っ」

掛布団をセイに掛けると、ぽんぽん、とたたいて、総司も隣に横になった。隣にいるいつもの顔にほっと笑みが漏れる。

「おやすみなさい。神谷さん」
「おやすみなさい。沖田先生」

互いに目を閉じると、その瞼の裏にはそれぞれ想い描く姿が見えた。
幸せな夢が二人を包み込んで、にぎやかな隊部屋の中で眠りに落ちていく。
その日の誰かの夢の中には、忘れられない想い人姿が……。

 

– 終わり –