闇に光る一閃 7

〜はじめの一言〜
ちょっと痛いかもしれません。
BGM:Bon Jovi It’s My Life
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

夕餉を終えた一行はゆるゆると黒谷を辞することにした。

「すっかりお世話になって申し訳もござらん」
「ご苦労でござった」

見送りの重役達に送られて近藤と土方が屋敷の奥から現れた。総司達一番隊は、すでに姿勢を正して整列している。目前で駕籠に乗り込んだ近藤と土方が珍しく同行して帰るという。

「なんだ。お前も駕籠に乗ればいいだろう」
「いや。俺はいい」

駕籠の中の近藤と一言二言、言葉を交わすと駕籠の前後を挟んだ一番隊とともに、日が落ちた京の町へと歩き出した。

 

遡ること一刻あまり。

錆蔵の町屋には二階にも一階にも、声掛けに集まった者達が溢れていた。中には土佐や薩摩の者達も紛れているくらいで、その頭数は数えられないくらいだった。

錆蔵はまず二階に上がり、その場にいた者達の前に立った。

「つい先日、恭之介が捕えられた。新選組の沖田に腕を斬り飛ばされて、地面に野良犬のように転がった奴を俺は苦渋とともに見殺しにした……」

しん、とその場のざわめきが静まる。錆蔵は、手にした刀を強く握りしめた。

「あの場で恭之介を助けに出ていれば、我らの本懐である、近藤をやることはできない。それでは我らの思いを知らしめることはできないだろう」

無言ではあったが、その場に居合わせた幾人かが辛そうな顔で頷いた。皆、腕に覚えがあり、志を持って世の中を変えたいと思っている。しかし、 日々の暮らしと、どうしようもなく時間が過ぎていく無情さに、彼らの仲間達が一人、二人と堕ちていく者達がいて、その者達を捕えていく新選組がいる。

見廻り組や所司代などは恐ろしくはなかったが、鼻が利くのは新選組だった。彼らの監察方は、地に潜り、その動きを彼らに悟らせることはない。それだけに余計に恐ろしいのだ

「相打ちになって、命を粗末にすることだけは避けてくれ」
「それでも奴らに思い知らせてやりたいんだ!武士として潔くあるべきだろう!!」

どこからか上がった叫び声に、その場に集った者達から徐々に頷きが広がった。互いに名を知らない者さえいるのに、こうして集まった彼らは新選組にせめて一矢報いたいと願っている者達なのだ。

「よし。ならば、近藤と土方、そして沖田に一撃でも与えられればそれでよし。それもかなわない時は、誰でもいい。奴らの誰でもいいから、一太刀浴びせる」

頷いた男達は手にしていた杯を次々と干していくと、足元に投げ捨てた。もう二度と戻れないだろう町屋の部屋に未練はない。
あちこちで上がる音は杯が割れた音と、刀や槍を手にしていく金属が擦れる音で、それが命を削る音にも聞こえる。

「また……。生きていたら会おう」

錆蔵はそういうと、自分も立ち上がって、杯を干すと刀を握りしめて階下へと降りた。

一階にいた者達にもその声は届いていたらしい。皆、めいめいに用意した白い杯の酒を干すと、得物を手にしていた。

「俺達が切り開く道を同士達が今に、幕府のやつらに思い知らせてくれるだろう」

顔を上げた錆蔵の顔には、あのセイが見た人好きのする笑顔ではなく、背筋が凍るような笑みが浮かんでいた。

数人ずつに分かれて表と裏から出て行った者達は、申し合わせた通り、彼らが行きとは道を変え、違う道を辿ることも調べてある。
人家が少なく、隠れるにはうってつけなのは寺社に囲まれた場所か、武家屋敷が多い場所になる。西洞院川沿いに四条へと抜ける道をたどるはずの一行を本国寺の近くの五条神社付近に身を潜めた彼らは一行がやってくるのを待った。

いつもなら日暮れにはそこを通るはずだったが、今日は話が長引いているのか、一刻待っても現れる気配がない。
巡察路を避けて、何人かが様子見に走ると、ほどなく黒谷を出たという知らせが入った。

「恭之介。白い饅頭をお前に届けるまで、今しばらく待っていてくれ」

錆蔵は、店の奥、自分が一休みする小上がりの上に、布巾をかけて一つだけ白い饅頭を置いてきた。今宵の突きのような丸い、饅頭を。

遠くから、夜歩きの者達の足音とは違う、規則正しい足音が響いてくる。暗闇に息をひそめた者達は、一様に得物を握りしめた。

一行の先頭側を歩いていたセイは、珍しく豪華な夕餉をいただいて機嫌よく歩いていたが、ふと、周りが静かすぎると思った。

「山口さん、なんだかこのあたり静かすぎません?」
「そうか?」
「ええ。ついさっきまでは川べりの蛙の声とか虫の音が聞こえていたのに……」

天然の勘と言えばそれまでだが、こんな時のセイは恐ろしいくらい的を射てしまう。
セイと山口の話し声が聞こえたのか、暗闇の中に人影が動いたと、彼らが思った次の瞬間には、あっという間に物陰に潜んでいた者達が飛び出した。

「新選組だな!」
「同士の恨み!思い知れ!!」

口々に叫びながら男達が頬かむりを取り去って、刀や槍を構えた。その中に紛れた錆蔵は注意深く、隊士達の動きを見ていた。

人に埋もれるようにして、煽るための鬨の声を上げた。

「新選組め!!天誅ー!!」

それを合図に雪崩れるように一番隊を取り囲んだ男達と、恐ろしい乱戦になった。
隊士達もそれぞれ刀を抜きはらって応戦する。土方と総司は駕籠の周囲にぴったりとついて、出るという近藤を押さえながら、向かってくる敵を斬り倒していた。

その姿はさながら金剛像のようで、恐ろしいまでに鋭く、激しかった。

「ちくしょうっ!!」
「多い!!」

乱戦の中で、敵を倒した隊士達が口々に漏らし始める。額に汗を滲ませて隊士達は刀を握っていた。早々に槍を握る者達は打倒していたが、それにしても相手方の数が多い。十数人の新選組に対して、敵方は三十を数えてもまだ余りあるくらいだ。

倒しても倒しても、きりがない数にじりじりと焦りが滲みはじめる。刀を振り回す彼らに隊士達は、最小限の動きで相手を封じ、戦闘不能にしていく。
だが、捕縛するだけの余裕はまだない。

「危ない!」
「すまん、神谷!」

相田の背後を狙った敵の膝裏を斬り裂いたセイと相田が背中を合わせる。小柄なセイに向かって大柄な男が刀を振り下ろしてきた。
視界の隅でそれを捉えた相田が、瞬時に身を返してセイと入れ替わる。

顔の前でがっちりと刀を合わせたセイは、ぐいぐいと押し込んでくる相手に身を屈めると、下からすくい上げるように相手の肘の裏側から斬り上げた。

隊の者達ほど腕が立つわけではない。だが、これだけの人数にどれほど集まっているのかわからないくらいの人数だ。総司が土方を振り返る。

「土方さん!ここは任せましたよ!」

駕籠から出ようと暴れる近藤を土方に任せると総司も駕籠を離れて、斬り合いをしている隊士達の間へと斬り込んだ。

「私は一番隊組長、沖田総司!名を上げたいなら私に来なさい!」
「くそお!!沖田ぁぁぁ!!」

駕籠を担いでいた小者達が、とうとう近藤の草履と刀を渡した。
月を雲が隠してしまい、あたりは真の闇に包まれる。

 

– 続く –