闇に光る一閃 8

〜はじめの一言〜
ちゃんばら~
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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夜目になれた敵の方が分がよかった。提灯の灯りがあった分だけ総司達の目が慣れるには時間が必要だ。
総司は駕籠の傍にいたときから灯りの方へは目を向けないようにしていたために、いくらかましだったと言える。あとは、相手の気配のみだ。

「たぁっ!」

きらりと視界の隅で光ったと思った瞬間、片腕で振り下ろした刀が相手の左腕を斬り割った。体ごとぶつかってきた相手を左手で腕を掴み、足を払いのける。

相手の半数を仕留めた頃、駕籠から近藤が飛び出した。

「待て!!」

ぎいん。

近藤が立ち上がり叫んだところに、構わず打ち込んできた刀を土方がはねのけた。

「馬鹿野郎!あんたが出てきてどうする!」
「馬鹿はどっちだ!駕籠に何ぞ入っていられるか!!」

土方のが体を張って近藤を駕籠に押し付ける。向かってくる相手は、近藤だけでなく土方をも狙っているのだ。脇から走り込んできた槍の先を近藤が脇差を抜いて根元から斬り落とした。

総司が前に出たことと、近藤と土方が向かってくる相手を叩き伏せはじめたために、急激に敵の数が減り始めた。
襲撃になれている一番隊は、打倒してまだ息のある者には捕縄をかけ始めた。

駕籠の傍には得物を持たないために頭を抱えた駕籠かきの小者が隠れている。近藤と土方はその駕籠を背に向かってくる者たちを斬り伏せていた。

「くそっ、なんだってんだ!」
「局長!副長!」

人が少なになってくると、総司が近藤と土方の傍へと駆け戻ってくる。
どれほど大丈夫だと思っていても、二人の姿を間近で見てこそ安心するものだ。二人の無事を確かめてから総司は、後ろを振り返った。

錆蔵はぎりぎりまで、ほかの者の影に回り、隊士を押さえこんだり、足を払って彼らの手助けに回っていたが、徐々に人が少なくなってくると、初めて腰の脇差を抜いた。
直心影流の門人の中でも恭之介と錆蔵は師範代に代わるほどの腕前であった。脇差といっても腕は立つ。

苦戦しているものの傍に駆け寄って、町人姿に脇差と侮っていた隊士の太腿のあたりへと斬りつけた。浅手とはいえ、利き足を痛めた隊士は体勢を崩して尻もちをつく。すぐほかの隊士が腕を抱えて後方へと引きずって行った。

戦う人の中に錆蔵は、前髪の姿を見つける。

―― あれが神谷清……あれは、神谷さん!

まさか、と思った。茶店に現れた可愛らしい武士が、阿修羅と言われる新選組の隊士だったとは。
はっと、顔を振った先には饅頭を山ほど平らげた優しい顔の男、総司が近藤と土方の傍にいる。

―― では、あれが沖田総司か

それもまた仕方のないことなのだろう。錆蔵にしてもそうだが、人はいくつもの顔を持つ。

一歩下がって、全体の様子を眺めた錆蔵は最後の一手に出た。駕籠を中心にすると、最前線にいたセイに向かってむささびのように飛びついた。

「あぁっ!!」

突然、目の前に現れた錆蔵にセイが驚いて目を丸くした隙に、錆蔵は背後に回り込んで襟首を掴んだ。あの人の好さげな顔とは似ても似つかなかったが確かに錆蔵である。
血走った眼の錆蔵がセイの襟を掴んで、脇差を首筋にあてた。

「神谷!!」
「神谷っ!」

山口や相田の叫び声で皆がそちらを振り返った。錆蔵の狙いの一つ、皆が気を取られた隙をついて、残った者達が錆蔵の傍へと逃げ出した。
セイは、息をのんで、じり、じり、と引きずられるままに後ろへと後ずさる。

「神谷さん!」

怪我をした者達も、返り血を浴びた者達も息を飲んでその様子を見守っていた。近藤と土方はさすがに顔色を変えない分、眉間に深い皺を刻む。

「もう俺達にはどのみち命はないものと一緒だ」
「錆蔵さんっ……!」
「あんたが、まさか、あの神谷清三郎だったとはな」
「錆蔵さん!まだ」
「黙れ!!」

なぜ、と。どうしてなのだ、と言いたかった。
自分達を探るためだったのか。セイと総司が立ち寄ったのはほんの偶然のはずで。

だがセイにはそれ以上、何も言えなかった。近藤や土方、そして総司を前にして、敵方に捕まって首筋に刀を向けられている。こんな無様な真似が新選組の隊士として許されるはずもない。

「近藤!!土方!!思い知れ!!」

セイの首にあてた脇差を軽く触れさせると、頸動脈のあたりからたらりと血が流れた。
手にした刀を握りしめた総司がぎり、と奥歯を噛み締めて刀を握りなおす。
その背後から静かに土方が一歩踏み出した。

「まとめて斬れ。総司」

びくり、とその声に総司の目が動いた。

セイを斬る。
近藤や土方に障りが出るなら斬るだけだと思ったことは何度もあったはずだ。

―― 私は、一番隊組長、沖田総司

すうっと息を吸い込んで、一度伏せた目を開いた総司の顔には毛ほども陰りは浮かんでいなかった。刀に付いた血と脂をひらりと振った総司に周囲の隊士達が驚いて傍に駆け寄る。

「沖田先生!!」
「やめてください、副長!!」

山口や相田の声を無視して、総司はまるで平静の巡察のようにすたすたと錆蔵へ近づいていく。目前に錆蔵を見て、互いの間合いへと踏み込んだ。

「沖田、か」
「あの茶店のご亭主ですね。あの茶店は私たちを探るものでしたか」

応えずに錆蔵はセイの襟を掴んでさらに後ろへと身を引いた。わずかに触れたセイの首筋からは新しい血が流れる。

「覚悟はできていますね」

変わらず静かに語りかける声は、錆蔵ではなくセイへと向けられた。
斬られるのだと思ったが、不思議と怖いとは思わなかった。雲間から顔を出した月の弱い光に総司の刀が光る。
隙のない構えから、振り下ろされる。

―― ああ、やっぱり……。すごくきれいだ

セイがそう思ったのと、ほとんど変わらないくらいの間で、錆蔵の腕から力なく、地面へとセイは崩れ落ちた。

 

– 続く –