極上の闇<拍手文>

〜はじめの一言〜
セイちゃんにとっては至福の時間でしょうねぇ

BGM:
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暗闇は味方。

すうっと息を吸い込む。そこにはいるはずのない姿が浮かび上がる。

「……っ!!」

真夜中だから、気合の声も押し殺して、喉の奥で息を詰める。
暗闇の中で、浮かび上がる姿はやはり黒を纏っていて。

『行きますよ』

呼吸さえ滑らかに、風が渡るような動きで筋肉のすべてを支配する姿が、流れるように腰を落とす。

――来る

その瞬間をとらえようと、何度繰り返してもつかみきれない。
何度もかわし切れずに打ち込みを受けてしまう。

『どこを見てるんです!』

「……わかってます」

小さなつぶやきが道場の中に響いた。もう一度。
一瞬の半分くらいの速さで左足を引くと、それを見越したように斬りあげる木刀に体が反応する。
軸足を起点にくるりと身を捻ると、うまく一太刀をかわすことができた。

ようやくできたことにほっと息を吐いたのも束の間。
はっと気配には反応できたものの、かわし切ることはできなくて、なんとか持ち上げた柄の部分で受け止めた。

「まじめ一方ではつまらんな」
「斉藤先生!」

寝間着姿の斉藤が木刀を手にして立っていた。大きく利き足を引いた斉藤がそのまま、木刀をひいて構える。
真夜中の道場で一人、総司の幻影を相手にけいこしていたセイの前に、斉藤が立った。

「沖田さんのように天才肌の剣客は気まぐれだ。まじめに頭で考えるようではいつまでたってもやられるしかない。相手がどういう太刀筋なのかを読め」
「はいっ」

どうしてですか、とか、こんな夜中に、などという問いかけは不要だ。斉藤の教えに応じたセイは、中段に構えるとふうっと息を吐く。
先ほどまで目の前に見ていた総司の幻影に斉藤の姿が重なる。
いつもの斉藤ならば、ここで踏み込んでくる、というところで珍しく斉藤がにやりと笑った。

その一瞬が総司の姿に重なったと思ったところで、斉藤が木刀を脇に引いた。

からん。

斉藤が左脇に引き寄せたとセイが理解した次の瞬間には、セイの木刀は叩き落されていた。

「頭で理解しようとしても気まぐれな奴には反応しきれんぞ」

斉藤が目の前に立ってほんの僅かの時間だというのに、全身から汗が噴きだして、息が上がる。
見切れなかった悔しさに唇を噛み締めて、屈み込んだところにもう一つの声が重なった。

「……ひどいなぁ。気まぐれはないですよぅ」

仏頂面に戻った斉藤が嫌そうに振り返ると黒い稽古着姿の総司が道場の入口に立っていた。
せっかく、斉藤がセイに稽古をつけてやろうとしたところに、稽古着で現れるということは随分前からセイが一人で稽古していた姿を見ていたのだろう。それがますます面白くない。

「気まぐれは間違ってないだろう。野暮天で」
「そこまで言います?!」

むっと総司が言い返すとさらに斉藤が畳み掛けてくる。

「悪戯好きで、我儘で」
「悪戯は原田さんですよ!」
「思いの外、腹黒くて」
「私のどこがですか!」
「剣術だけは天才」
「……ありがとうございます」

つい、最後の一言でぐっと言葉に詰まった総司が渋々礼を口にすると、まだ斉藤の話は続いていた。

「……と、いう剣術馬鹿を相手にするだけではだめだと言っている」
「斉藤さん!!」

木刀を拾い上げたセイは、まるで漫才のようなやり取りにぶぶっと吹き出した。不満そうな総司と、満足気な斉藤が互いに顔を見合わせている。
今になってようやくせいは、二人に向かって問いかけた。

「こんな時間に斉藤先生も沖田先生もどうされたんですか?夜稽古ならお邪魔にならないように私はよけましょうか」

セイが邪魔になるなら、自分が出ていくというのを聞いて、むっつりと斉藤は手にしていた木刀を総司に差し出す。

「たまたま厠に起きたら姿が見えたまでだ。沖田さんがいるのなら俺は不要だろう」
「えぇ~、たった今、私だけを想定するんじゃダメだって言ったくせに斉藤さんのイケズ~」

にやにやと木刀を受け取ろうともせずに笑う総司に、くわっと定形外の斉藤が目を剥いて総司の胸倉をつかんだ。

「貴様~」

セイには聞こえないように小さな声で威嚇する斉藤を逆に総司がぐいっと引っ張った。そのまま道場の真ん中へと引っ張っていく。

「神谷さんは贅沢者ですねぇ。私と斉藤さんを相手に稽古ができるなんて」
「えっ!みてくださるんですか?!」

斉藤の意思を無視して総司は勝手に話を進めだした。
斉藤の木刀もセイに渡して片付けさせると代わりに竹刀を持ってこさせる。

「ほら。斉藤さんもどうせ起きちゃったのなら一緒でしょう?……どうせ気になって眠れないくせに」

最後の部分は斉藤にだけ聞こえるように囁かれて、目を剥いた斉藤に向かって総司がにこぉっと笑った。どこまでも負けず嫌いというか、腹黒いと言われてもおかしくない態度である。だが、斉藤も黙っているような男ではない。

「ならば二対一はいささか面白くないだろう。互いに二人ともが敵の方が面白い」
「えぇー?」

本気ですかぁ?と言いながらも総司の口調は楽しそうで、先ほどの斉藤の評価はまさにこれかと思う。

「確かに、こんな贅沢な稽古はなかなかないですね」

くすっと嬉しそうに笑ったセイが竹刀握りなおして構えた。
それを見て、呼吸を合わせるように斉藤と総司が竹刀を構える。

暗闇は味方。
こうして、セイにとってはかけがえのない時間を与えてくれる。
夜が明ければまた違う景色を見せる道場の中で、斉藤と総司がそれぞれ手にして来た手燭の灯りだけが揺れる。

極上の闇。

 

– 終わり –