手を繋ごう 前編
〜はじめのひとこと〜
久しぶりに普通に書いた気がします。やっぱり楽しいww
BGM:
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はぁ、とセイは床を拭きながら手に息を吐きかけた。掃除をするのは、各自であり、小者達でもあるはずだが、寒くなれば各自がすべき箇所はどんどん狭くなる。
セイは、隊部屋の前の廊下だけでなく、幹部棟の廊下を隅から隅まで拭き清めていた。
指先がかじかんで、ひび割れたところから血が滲んでいる。
「いたぁ……。また切れちゃった」
小指の第一関節を雑巾のはみ出た糸にひっかけてしまい、止まっていたひびがぱっくりと割れてしまった。あと少しで拭き終わると思えば、そのくらいは我慢するしかない。
ぺろっと舌で滲んだ血を舐めると、はぁともう一度手に息を吹きかけてから雑巾がけを再開した。
そのすぐそばの部屋の中では総司が火鉢の灰を掻きまわしている。
「いいのか?」
「……何がです?」
部屋の前を行き来する影の主くらい、土方に言われなくてもわかっている。調べ物をしていた土方の手伝いをしていた総司は肩を竦めた。蔵 から一抱えもの資料を持ってくるのに、わざわざ自分を呼んだのにはわけがあるのだろうとは思ったが、こういうことかと部屋に近づいてすぐに分かった。
今日は屯所で待機のはずだが一番隊の隊部屋の中で大人しくしているのは、他の隊士達だけで、その間にできることをとセイはあちこち動い ていた。屯所の中で居場所さえわかっていれば、問題ないのだ。小者達を手伝って、風邪を引く者が増えているから薬包を大目に整えて、勘定方の手伝いを済ま せている。
最後に、いつでもできると残していた掃除を始めたのだった。
「わかっていて、神谷さんに手伝わせなかったんでしょう?」
いつもならセイを呼んで言いつければ調べ物などすぐ終わるはずだ。土方の書類を日頃から整えているセイなら、何を調べたいのかを言え ば、関係する書類を瞬く間に探し出してくるのだ。だが、セイの手を借りずにやるとなると、こうして総司に運ばせたように一抱えもの資料を持ってきて、か たっぱしから広げなくてはならない。
「余計なことを言ってる暇にお前も探せ」
「だって、土方さんの調べ物なんて曖昧だし、難しいし、そんなに簡単にわかりませんよ」
冬場になれば、小まめに自分の物だけでなく、総司や近藤や土方達の分も洗濯や掃除をしているセイの手はボロボロになる。元々、手の脂がうすいのもあるのだろうが、ひびやあかぎれで稽古の際にも顔を顰めることが多い。
それを見て総司は初めの頃こそ、叱りもした。刀が握れなかったらどうするのだと。
だが、近頃では何も言わなくなっていた。
「素直に神谷さんに頼んだらどうです?」
「……うるさい」
荒れた手に紙ものをたくさん触らせたり、埃まみれの蔵を探させたりすれば、また手荒れがひどくなる。だからこそ、土方はセイに頼まなかったのだ。
少しだけはねた髪が再び部屋の前を行き来して、どうやら終わったらしい。部屋の前の影が桶らしきものを手に離れていく。
それを見て総司が我知らず、ほっと小さなため息をついた。いつまでも冷たい水に手を浸しておかなければよいのにと、気にしないつもりでもやはり気になっていたのだ。手にしていた一冊を置けば、資料の山は終わりである。
ふん、と軽く鼻先で笑う声が聞こえて顔を上げると土方がにやりと笑っていた。人にばかり言っているが、一番はやはり総司が気にしていることぐらいお見通しである。
バツが悪そうな顔で、総司は見終わった資料を抱えると再び蔵へと戻しに行った。
蔵に向かう途中で井戸のあたりにセイの姿があるのでは、と視線を向けたが、早々と片付けたのか、もう小さな姿は見えなかった。気にはなったが、すぐに戻らないと土方にまた何を言われるかわからない。次の一山を抱えると総司は再び副長室へと戻った。
途中で井上とすれ違い、巡察の報告によって待機しなくてもよくなったことを耳に入れた。
「わしらが行ったときにはもう、捕り物もあらかた終いでなぁ。今回は、見廻り組に花を持たせてやれって言われとったからそのまま任せて帰ってきたわ」
「そうですか。ご苦労様でした」
「ああ。本当に寒くて疲れたわい」
寒さですっかり肩が凝ったのか、ぐりぐりと首を回しながら井上が隊部屋の方へと戻って行った。廊下での立ち話を済ませた総司が副長室へと戻ると、調べ物を横に置いて報告書が広げられていた。
「もう待機していなくていいそうですね」
「ああ。たまには見廻り組の奴らも働かせてやらねぇとな」
「口が悪いですねぇ。誰かが聞いていたらどうするんです?」
「その時はお前、ちょっといって斬ってこい」
随分な物言いだが、隊士達が危険な仕事をしなくても済んだことはよいことなのだ。次の山を土方の目の前に積み上げると、一番上から取り上げてぱらぱらとめくり始めた。
これで今日は巡察もないことだし、そのまま皆は休んでいればいい。すぐに知らせてしまえば大半の者達は遊びに出て行ってしまうために、調べ物が終わってから隊部屋に顔を出すつもりだった。
火鉢の上の鉄瓶がしゅんしゅんと立てる音を聞きながら、ぱらぱらとめくっていると、かすかに廊下の軋む音がして誰かが歩いてくる音がした
「失礼します。神谷です」
部屋の前で声をかけると、セイが細目に障子を開けた。立ち上がった総司が中の様子を覗き込んだセイの目の前で障子を開ける。
「どうぞ。神谷さん」
「すみません。沖田先生。副長、お茶をお持ちしました」
「おう。すまないな」
顔を上げた土方は、周りの散らかした書類を前にうっと思った。確かに喉が渇いており、いつもの様に計ったような頃合いで現れたセイを褒めるより先に、これでは茶の置き場がない。
盆を手に部屋にはいったセイは温まった空気が逃げない様にすぐ障子を閉めた。総司が先ほどまで座っていた場所に戻ると、部屋の中はそれぞれが座っていた場所を中心に書類が散乱していた。
また、と小さく呟いたセイは二人の目の前から読み終えたと思しき書類を次々と取り上げて山に積み上げた。
「すごい。神谷さん、なんで読んだものとまだ読んでないものがわかるんです?」
まるで見ていたのかと思うようなセイの行動に、総司が思わず感嘆の声を上げた。散らばった書類の上からだけでなく、下からも確かに読み終わった物だけがセイによって回収されていったのだ。
「別に……、たぶんそうだろうなぁと思っただけですよ?」
事も無げにひょいひょいと片付けていくと、瞬く間に総司と土方の周りに畳が見え始める。まだ見ていない残りを置いたままで、セイは一度積み上げた山を抱えて立ちあがった。
「あ、神谷さん。いいですよ。私が運びますから」
「このくらいすぐですから。お茶、少しだけお待ちくださいね」
セイは両腕で書類を抱え上げると、すたすたと部屋から出て行ってしまった。部屋の中にはセイが運んできたお盆の上に茶碗が二つと急須、それに菓子でも入っているのか、小さ目な重箱が一つ乗っていた。
顔を見合わせた土方と総司は、苦笑いを浮かべると残りの書類に手を伸ばした。
しばらくして戻ってきたセイは、片手で二冊ほど冊子を手にしていた。
「お待たせしました。調べ物、おわりましたか?」
副長室に戻ったセイは、蔵に終いに言っている間に、土方と総司が見終わった物をちらりと見ると、すぐにそれらを手にして積み上げて行った。
火鉢の傍にずりずりと近づくとお盆の上に乗せていた茶碗に鉄瓶から湯を注ぐ。二つの茶碗にたっぷりと熱湯を注ぐと、湯気が上がるのを眺めてから、それを急須に入れた。
二人が真剣に資料をめくっている横で茶を淹れたセイは、重箱から懐紙の上に練り切りを乗せてそれぞれに出す支度を終えた。
「さて、お二人とも一息お入れになりませんか?」
「わぁい。土方さん、お茶とおやついただきましょうよ」
声をかけられた総司は待ってましたとばかりに資料を横に置くと、目の前を広く開けた。
– 続く –
るーさん こちらこそ、年単位のお願いをかなえてくださってありがとうございます。 …
わーい!喜んで頂いてめちゃくちゃ嬉しいです!いつもありがとうございます! 褒めら…
おはようございます。 コメントありがとうございます。こちらこそ、今、風にはまって…
風の新作うれしかったので、こちらにもお邪魔します^^ 風光るにハマってしまって1…
そりゃーお返事しますよ!もちろんじゃないですか。 そんなこんなで久々にちょいちょ…