霧に浮かぶ影 6

〜はじめのひとこと〜
いつの間にかこのお話、間男話とされていますが違うんですよ

BGM:Shimauta 樹里からん
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しばらく、市中を歩き回った後、二条城と京都御所の間くらいまで歩いてきたところで、一息入れようと立ち止まった。

「まったく。店までなんとか送るからしばらくは仕事にも出ないようにするんだよ?」

本来ならしのぶを保護するために町方なり、所司代へ預けてしまえばいいのだろうが、状況がどうにも掴めない。まして話を聞けば、相手はどう考えても不逞者である。
そんな相手に、興味本位でついていくなど無謀な話だ。

ふう、と息をついて、うろこ壁に囲まれた見通しのいい一角で、藤堂はセイに向かって手を差し出した。

「神谷、さっきのもう一度見せてくれる?」
「あ、はい」

すぐ、懐から件の矢立を取り出すと、今度は開け方もわかっている。ささっと蓋をあけると筆を取り出した。今はセイも藤堂も向きを変えずにしまっていたから、しのぶが開けたときと同じ向きになっているはずだ。

ということは、相手の男が言っていた通り、向きが逆ということになる。

「なんてことはない筆だよねぇ……」

しげしげと眺めても特にどこと言って変わり映えしない竹の筆である。塗りの高級品ではなく、そのあたりでいくらでも手に入りそうな品物だと思う。

考えても、どちらかといえば総司と同じように頭より行動のほうが得意な藤堂である。考えれば考えるほど頭から湯気が出てきそうだ。

「藤堂先生。とりあえず、その矢立は預かることにして屯所に持って帰ってはいかがでしょう?」

藤堂としのぶの顔を交互に見ながらそういうと、初めは頷いていたしのぶが屯所という言葉に反応した。まるで、急にお化けにでも遭遇したような顔である。

「屯所?!って、あんたたちまさか……」

あれ、まだだっけ、と言って顔をあげた藤堂はにこっと人好きのする笑顔で答えた。

「新撰組八番隊組長、藤堂平助」
「同じく、一番隊神谷清三郎」

二人の名乗りを聞いたしのぶは、天を仰いだが、それでも得体のしれない男たちよりは、身元のしれた新撰組のほうがまだましだと思ったのだろう。
覚悟を決めたのか、藤堂が掴んでいた腕をみて軽くあげると、逃げないので手を離せということらしい。

今更ながらに思い出した藤堂がごめん、ごめん、と腕を離した。ずっとつかまれていた場所をさすりながらしのぶが手のひらを握ったり開いたりしている。

「持ってくのは構わないよ。俺、どうせそんなのいらないし」
「それはそうとして、相手の男の人相も聞かせてもらうよ」

矢立を渡してしまえば、さっさと店に送ってもらって、自分は知らないと言うつもりだったしのぶに、セイがめっと顔を顰めて見せた。
たとえ、店まで無事についたとしても相手の男達が何者なのか、きちんと突き止めて、必要ならば対処しておかないと、いつかまたしのぶを見つけて捕まらないとも限らない。

「じゃあ、一度屯所に行こう。今、近くに呼び寄せて相手をやってしまってもいいけど、それだと背後がわからないのに!って土方さんに怒られそうだしさ」

気軽に、相手とやるといっても、当然、背後関係などを手繰らないまま、先端のものたちと斬り合いになれば、下手をして後ろに隠れているかもしれない者達を逃がしかねない。
だとしても、そういう面倒なことを考えるのは土方の役目だとばかりに、藤堂は屯所に戻ることに決めた。

「ここからまだかなり距離があるけどいいよね?」

否という答えを待たずに、藤堂は矢立を懐に入れると周囲を見てからすぐさま歩き出した。
慌てて、セイはしのぶの袖を引っ張って藤堂の後を追いかける。こういう時、獲物に食いついたようにせっかちに突っ走っていくところは、ほかの試衛館の面々も同じだ。

いつだって、我先に、強い相手へと向かっていく。

「ほら!行くよ。急いで」
「いいよねって、返事も待ってくれないの?ひでぇな」

ぶつぶつと文句を言いながら、藤堂の後をセイに引きずられるようにしのぶは歩き出した。

日頃、巡察で鍛えている藤堂やセイと違って、文句を言いながらも怯えていたために、二人に遅れないように歩いていたしのぶが徐々に遅れ始めた。

「は、俺、普段からこんなに、一杯歩かないから……っ」

仕事で表に出たとしても、行きはほとんどの場合、店の者がついて駕籠に乗るわけだし、帰りも予定外の時間でなければほとんど、迎えが来る。

たまの遊びに近場を歩き回るのが関の山でとっくに借金も払い終えたしのぶは出入りも自由気ままに過ごしていた。

「なんだよ。まだ若いくせに」
「そんな、こといったって、あんただって同じくらいだろ?前髪のくせに」
「何ぃ!私は、これでもなぁ!」

十八になるのだと。
お前のほうがよほど若いと言いかけたセイが振り返ったところで、藤堂との間がかなり開いてしまっていた。

「神谷!」

藤堂の鋭い声に、セイはぱっとしのぶを背にかばった。
なるべく、人通りの多い道を行けば、相手も人目に付く場所で事を荒立てないと思っていた。そんなことをすれば、町方も所司代もすぐに出張ってくる。それは 避けるだろうと思っていたが、まっすぐに屯所に向かうには少し御所寄りを歩いていたために、大通りから外れてしまったのがいけなかった。

気が付けば、藤堂のほうへ二人、セイとしのぶの側に三人ほど集まってきていた。ついさっきまで目に付くところに武士の姿など全く見かけなかったはずなのに、いつの間に、である。

「何?俺達に用、あるんだ?」

藤堂がじりじりとセイ達との間を詰めながら男達にそれぞれ視線を向けた。武士達は皆、覆面姿で、その間から現れた町人だけが頬かむりという姿である。
覆面といっても、身なりはそれほどいいわけではなく、不逞浪士にしては小ざっぱりしているのだろうが、どうにもちぐはぐな着物を着ている者達だった。

「あ、あの男だよ!」

しのぶがセイの後ろに隠れて、小さな声で男の一人を指した。確かに、この中では一番身なりがまともな男が口をひらいた。男の眼は、セイが気づいたようにしのぶのほくろと、首筋にわずかに残ったおしろいにむいていた。

「お前。先ほどの女だな?やはり、仮装だったのか」
「仮装ってなんだよ。あれだって俺の普段着でぇ」

よくわからない反論を返したしのぶは、身を屈めてセイの後ろへ隠れているが、どうして隠れきれるものではない。
相手の男も、セイが前髪の若造だと見たのか、ずかずかと歩み寄ってきて、セイをどけようと目の前に立ちはだかった。

「邪魔だ。どけ」
「近寄るな!」

咄嗟に刀を抜いたセイに、相手の男がざっとすぐに離れた。ぎりぎりとした苛立ちが伝わってきて、しばらくセイ達が何者か、考えていたのだろう。童顔の二人連れの武士とくれば、どこかの家臣の者だろうかと思ったらしい。
それでも、藤堂とセイの身のこなしに考えられることがありすぎたのか、それとも確認のためなのか。

「お前たちは何者だ」

問いかけに素直に相手に答えてやる義理もない。はぐらかして時間を稼ぎ、引き出せる情報を引き出そうと藤堂が口を開くより先に、セイが答えた。

「新撰組だ!」
「何?!」

一斉に刀を抜いた男たちに、セイはやはり不逞浪士だったかと得意満面の顔になったが、逆に藤堂は珍しく渋面になっていた。

「……神谷」

藤堂の深いため息が聞こえた。

 

 

– 続く –