線香花火 前編

〜はじめの一言〜
浴衣と9月号のイラストにより……。てか、無駄に長い気が……(汗
BGM:大塚愛 金魚花火
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「こんにちわ」
「沖田せんせ?どないしはったんです?」

突然の総司の訪問に、お里は驚いた。セイを伴わず、総司だけが訪ねてくることは滅多にないからだ。
セイに何か、と緊張が走ったお里の顔を見て、慌てて総司が手を振った。

「あ、違います、違います。ちょっとお里さんにお願いがあったんです」
「なんですやろ」

そういうと、お里は玄関先まで総司をあげて、話を聞いた。

「実は先日、神谷さんが浴衣を作ってくれたんです」

そういうと、この前の浴衣の顛末を話し始めた。具合が悪かっただろうに自分の浴衣を作ってくれたのだと。

「その、私には女物の浴衣がどのようなものがいいのかもわかりませんし、お里さんになら仕立てまでお願いできるんじゃないかと思って……」

すっかり顔を赤くして総司は頭を掻きながら、しどろもどろで必死に説明をした。
それをみて、お里は笑いをかみ殺すのに必死だった。

―― なんや、野暮天、いうたかて、おセイちゃんをしっかり女子とみてはるんやないの。女物の浴衣やなんて

そう思うと、目の前で照れまくりながらも必死で頼み込む総司の姿が、ひどく可愛らしく見えてしまった。

「分かりました。ウチが見立てて一通り揃えさしてもらいます。女物やったらここで支度されますやろ?」
「ええ!ええ、そうしてもらえると助かります!!それで、あのぅ……どのくらいかかりますか?」

セイよりも仕立ては早いし、ここなら着付けに必要な小物も揃っている。お里は頬に手をあてて、日数を数えた。

「そやなぁ。少なくとも三日はみてもらわんと難しいどすえ?」
「三日!じゃあ、次に夕方から夜まで空いているのは四日後の午後なんです。その時までにお願いできますか?」
「わかりました。ほな、都合が悪なったらご連絡さしてもらいますから、なんも連絡がいかんかったらそのままおいでくださいまし」

ひどくせっかちな頼み事だったが、微笑ましくなって、お里は協力することにした。

 

それから四日後の午後、セイは総司に頼まれてお里の元に向かった。

「どうしたんです?沖田先生」
「お里さんにお願い事があるんですが、私だけじゃちょっと行きにくいので、神谷さん先に行っていてもらえませんか?」
「構いませんけど……。どうされたんですか?」

午後も早い時間に総司に捉まって、そう言われたセイは総司がお里に頼み事と聞いて、珍しいこともある、と思った。姓には何も知らせていない総司は、支度の時間を考えて、先にセイを出して、それから用意を整えるつもりだったのだ。

「ええと、とにかくこれから行っていただければわかります」
「はぁ……」

そう言うと、セイはよくわからないまま、総司に追い立てられるように屯所を後にした。

「変な沖田先生。お里さんに頼みってなんだろうなぁ」

一人、歩きながらぶつぶつとこぼすと、お里の家を訪ねた。

「お里さーん。清三郎ですよー」
「おセイちゃん!待っとったんえ」

お里がそういうと、いるはずの正坊がいない。セイが部屋に上がると、そこには新しい女物の浴衣が広げてあった。

「お里さん、正坊は?手習いかな?」
「いいえ、八木さんところにお願いしてきました。うちも間もなく行きますよって」
「え?なんで?」
「あの浴衣おセイちゃんのなんよ。さ、軽く汗ながして着替えて?」

セイが不思議そうに振り返ると、お里はさっさとセイの着物を脱がせ始めた。驚くセイからてきぱきと着物を奪い去る。

「え?なんで?どういうこと?いくら時間が空いてても隊務の間だし、また戻らなきゃいけないし」
「だって、沖田せんせから頼まれたんやもん」
「はぁぁ?」

ふふっとお里が悪戯っぽく笑った。

「おセイちゃん、この前沖田せんせに浴衣作ってさしあげたんやろ?」
「えっ、うん。どうしてそれを……」
「まあええから。とにかく支度、済ましたろ?」

そういうと、さっと水浴びできる支度をしてある土間へ追いやった。よくわからないものの、暑さで汗ばんでいた体がさっぱりと洗い流されて、セイがほぉ、と息をついた。

それからお里の手で女髪に結いあげられて、新しい浴衣を着せられた。白地に藍色の模様が散っている。清々しい姿に、お里が感嘆の声を上げた。

「なんや、すっかり女子らしい体つきになってきてるんとちゃう?」
「えぇ?!それって……」
「ごめんください」

まるで計ったように、総司の声が重なった。

「はぁい」

明るい声でお里が急いで玄関に向かう。しばらくして、総司を伴ってお里が戻ってくる。

「おセイちゃん、沖田せんせ見えましたえ?」
「わわ、ちょっと待って」

急に女子姿で浴衣を着せられたセイは慌てて、自分の姿を見た。任せっきりだったので、自分でも把握しきれていない。
そこにひょこっと総司が、顔をのぞかせた。

「あ」

セイをみた総司の顔が嬉しそうに綻んだ。その総司の顔を見ていたセイが恥ずかしそうに顔を伏せる。

「お、沖田先生」
「この前のお礼がしたかったんですよ」

そう言うと、総司は自分が着ている浴衣を見せた。どうやらこのために、セイの浴衣をお里に頼んでいたらしい。

「どうです?おセイちゃん、よう似合ってますやろ?沖田せんせ」
「ええ、すごくよく似合ってますよ」
「すっかり支度できてはりますから、少しまっとくれやす」

そういうと、総司はセイの傍に座った。お里は少しばかりの酒と、膳を運んでくる。セイは、なし崩しに総司の隣にぺたん、と座った。

「あのぅ……」
「さすがに、女子姿の貴女を連れて外に出るわけにもいかないでしょう?ここからじゃ花火の音しか聞こえませんけど」
「あ!今日は花火の日でしたっけ」

確かにお里の家からでは花火見物というわけにはいかないが、音と少しくらいは見えるかもしれない。お里には面倒をかけるが、そこまでを総司が頼んでいたのだ。
そして、お里と正坊は八木家に遊びに行くことになっている。八木家からなら花火もよく見える。

「ほな、戸締りだけよろしゅうに。沖田せんせ」

そういうと、セイには軽く笑いかけてお里は出て行ってしまった。

「夜には戻らなくちゃいけませんけどね。それまでは気分だけでも味わえるかなぁと思って……」

呆気にとられていたセイはようやく話の全部が呑み込めた。

「あの、ありがとうございます」

はにかんだセイがそういうと、総司はお里が用意してくれた酒をセイにも勧めた。

「屯所に戻るんで、少しばかりですけど」
「あ、はい。沖田先生、いつの間にお里さんに頼んでたんですか?」

ようやく普段のやりとりが戻ってくる。
まだ日が暮れるまでには間があるので、風が弱い。総司の杯にも酒を注いで、セイは傍の団扇を手にすると、総司へ風を送った。

「いいじゃないですか、そんなの。それより、神谷さん。日が落ちたら花火しませんか?」

そういうと、懐から総司が取り出したのは線香花火の束だった。

「わ、嬉しい!!花火なんて子供の頃以来ですよ」
「でしょう?私なんか、子供の頃でも花火なんて贅沢すぎて、京に来てから見ましたよ」

それほど貧乏だったんですけどね、と幼少の頃をさらりと話す総司に、セイはしみじみと嬉しさを噛み締めていた。

―― すごい、ご褒美もらっちゃった気がする

嬉しくて、嬉しくて。

本当は、それは総司も同じということをセイは分かってはいない。
以前、刀は贈ったものの、なかなかセイに贈り物をしてやりたいと思っても何がいいのかもわからないし、女物を贈るのはなかなか難しい。下手をすれば、セイに武士にこんなものを、と怒られかねない。

だからこそ、今日はとてもいい機会だと思ったのだ。お里の手を煩わせることにはなるが、彼女なら協力してくれるだろう。
浴衣姿のセイが喜んでいる様を思い浮かべては、ここ数日幸せな気分を味わっていた。それがいま、現実に目の前でセイは嬉しそうに笑っている。
セイがこうして笑っていてくれることが自分は何よりも嬉しい。セイがこうして笑っていられるなら何でもしてやりたくなる。

―― 神谷さんが笑ってくれるなら

 

– 続く –