線香花火 後編

〜はじめの一言〜
浴衣と9月号のイラストにより……。てか、無駄に長い気が……・(汗
BGM:大塚愛 金魚花火
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日が落ちて暗くなると、二人は縁側に座った。手蜀を近くにおいて、総司が買ってきた線香花火を手に取る。
袂を押えてしゃがみこんだセイが、その一つに火を点した。

「わぁ、見てください。沖田先生!」

ぱしぱしと爆ぜる音をさせて一瞬の花が咲く。
それを手にしているのは総司にとって最も大事な花。団扇を片手に覗き込んでいた総司は、花火よりもセイの横顔に惹きつけられる。花火の明かりに少しだけ赤くなった頬が照れくささを煽るようで、総司も線香花火の一つを手に取った。

「あ、先生もされます?最後まで揺らさないでどれだけ長く玉を残せるかなんですよ?」
「そうなんですか?あっ、ほら神谷さんのが落ちた」
「うわっ、悔しいな。先生一緒に火をつけましょうよ」

そういうと、セイは総司が火にかざしている先に新しい一本を差し出した。それぞれ弾けだした花火が二人の目の前で、次々と花を咲かせる。徐々に弱くなる火花とじりじりと丸くなる玉が膨らみ始める。

「あっ、これっ!これ揺らしちゃ駄目ですよ。すぐ落ちちゃいますから」
「神谷さんよりはうまいはずですよ?」
「なんなんですか、その根拠のない自信は!」

つい、総司の言葉にセイが反応したせいで火花が揺れた。大きくなりかけだった玉の半分が千切れるようにぽとりと地面に落ちる。

「ああ~!!」
「ほらね、神谷さんよりは私の方が」
「そんなことありません!」

 

ぺとり。

 

セイが、自分の線香花火を総司のそれに近づけたのだ。と、近づきすぎた玉はぺたりとひとつにくっついてしまった。

「「あ」」

二つが一つにあわさって、最後の火花を散らせて、震えている。離すわけにもいかず、そのまま二人はそっと花火の先が燃え尽きるのを待った。徐々に火種は黒くなって暗闇に包み込まれると、申し合わせたように二人は手をおろした。
セイが立ち上がると、ふいに総司がセイの体を抱きしめた。

「えっ」

驚くセイの体は女子姿ということもあり、鎖帷子もなく、いつも以上に華奢で柔らかでふわりといい香がする。

―― ああ、神谷さんだ

そう思った瞬間、はっと正気に返った総司は慌ててセイを離した。

「ごごご、ごめんなさい!!なんだか、その、神谷さんが寂しそうに見えたんで」

慌てふためいている総司を前に、セイも抱き寄せられた余韻に、ぼんやりと浸っている。

最後の花火が消えたら、いつもの男物の着物に着替えて、屯所に戻らなければならない。花火のような、本当に僅かばかりの夢のような時間が終わってしまう。
セイの心の変化を敏感に感じ取った総司の行動に、驚きと、嬉しさと、すぐ目の前の終わりとまぜこぜになった切なさが襲う。

「え?!神谷さん?ごめんなさい、そんなに嫌でした?!」

ぽろっとこぼれたセイの涙をみて、一層慌てた総司に、今度はセイが抱きついた。

「神谷さん?!」

総司の胸に思いきり顔を押しつけて、涙とともに溢れそうになった想いを飲み込む。真っ赤になった総司が、抱きついてきたセイに腕を回していいやらどうしたものやらと、慌てふためいている。

「花火」
「は、はい?」
「花火が終わっちゃうと思ったら寂しかったんです」

総司の胸のあたりからくぐもった声が聞こえた。本当の想いは花火に隠して。
理由を聞いた総司は、は、と息をついた。

そして、再び優しく両腕でセイを抱きしめると、軽くその肩を叩いた。

「いいじゃないですか。終わっちゃっても。また来年もしましょう?」
「来年も、再来年も一緒にしてくださいますか?」
「ええ。来年も再来年も」

本当にできるかどうかなドわかりはしないが、そんな約束で伝わる思いがある。最後とばかりに、ぐりぐりと顔を押し付けると、ぱっと離れたセイが笑った。

「えへへ、すみません。この姿だからちょっと甘えちゃいました」
「別にその姿じゃなくても、ずいぶん甘えられてる気がしますけど?」

間近でみたセイの笑顔に、照れ隠しなのか総司が言い返した。ぷぅっと頬を膨らませたセイは、手蜀を持つと、一足先に縁側に戻る。

「もう!どうせ子供だっていいたいんでしょう!?」
「あはは、ばれましたか。さ、そろそろ屯所に戻る支度をしないと、来年の花火の前に法度破りで切腹になっちゃいますよ」
「はぁい」

そういうと、セイは着替えるために奥の部屋へ引き取って行った。残された総司は、花火の後を眺めている。

―― 子供だなんて、とても思えなくなってるんですけどね

元々思い悩むのは苦手な方だ。なのに、セイのことに関してだけは、こうして否応なく思い悩んでしまう。たとえば、今もこうして縁側にいなければ、きっと微かに聞こえる隣の衣ずれの音に動揺してしまうだろう、とか。

邪な考えを振り払うように、残されたままの膳を台所に運び、明日戻ったお里が片付けやすいようにと部屋を整えていく。思い立って、庭に残していた花火の軸を懐にしまった。

「お待たせしました」

そうしている間に、すっと襖が開いて、セイが現れた。

「神谷清三郎、ただいま戻りました」

少しおどけてセイがそう言うと、総司も立てかけてあった刀をセイに渡す。

「おかえりなさい」

―― お帰りなさい、神谷さん。そして、また今度。富永セイさん

「さて、いきましょうか」

総司が自分の刀を手にすると、セイは、雨戸を閉めて、戸締りをした。連れだってお里の家の玄関を出ると、総司は浴衣のままだが、やはり気持は切り替わる。

「沖田先生、先生はその浴衣、また着てくださいね」

名残り惜しそうにセイは、隣を歩く総司を見上げた。自分がせっかく作ってもらった浴衣を頻繁に着ることはできない分、総司には着てほしかった。

「もちろんですよ。あ、今度は神谷さんに男物を仕立ててもらいましょうか」
「い、いりません!」

そんな軽口を叩きながら、提灯を手に屯所へ向かって歩く。しばらくして、急にセイが総司に提灯を差し出した。

「神谷さん?」
「せっかくこんな楽しい気持ちだったのに!」

前方から周囲に向けて鋭い気配を放つ影がある。大路を抜けてから前を歩く気配にはとうに総司も気がついていた。どうやら、セイも気づいていながらこの屯所の近くで、人気がないところまで我慢していたらしい。

「神谷さんも成長してますねぇ」
「うわっ、ものすごい、むかつきます、それ」
「だって、貴女の保護者ですもん」

有無を言わせずに押しつけられた提灯を持って、総司が飄々と答える。灯りを持っていないらしい、目の前の人物達はゆっくりと歩んでいる。

「じゃあ、先生。今日は私にやらせてくださいね?成長したところを見ていただきます!」
「そんなぁ」
「可愛く言っても先生は駄目です」

徐々に間合いを詰めていく二人は、変わらず、こんな話を続けている。どうやら前を歩いていた二人が後ろから来る提灯に気づいたらしい。セイは、相手が止まったのを感じると刀に手をかけながら、走り出した。

「お前ら新撰組か!!」
「そうだ!!」

勢いのいい声とともに、セイが相手の間合いに入るかどうかというところで、ふわりと背後から風が追い抜いた。灯りを持ったままなのに、片手で抜いた刀がセイの前に振り下ろされるはずの刀を切り上げて、その腕に斬りつける。

「沖田先生!」

咄嗟に差し出された提灯を受け取ってしまい、セイは目の前で腕の筋を斬られてもがいている浪士の刀を蹴り飛ばす。総司は、振り向きざまに、もう一人の足を、腰を落として切り払った。
あっという間に相手を始末すると懐紙で刀を拭い、総司は刀を収めた。

「もぉぉぉ、先生!!」
「いやー、神谷さんの成長も見たかったんですけどね。私の成長も見て欲しいなぁなんて」
「先生がこれ以上強くなった姿を見てどうしろって言うんですか!!」
「あはは、まあまあ。ここじゃ近いので、屯所から誰かに来てもらいましょうよ」

捕縛縄も持っていない二人は、浪人たちの下げ緒でそれぞれを縛りあげて道の脇に転がした。
その後、憤怒に燃えたセイと、蹴り飛ばされた下駄の後をつけた総司が、浪士達の回収を門脇の小者に告げた。

 

– 終わり –