花守 7

〜はじめの一言〜
テキスト50000ヒット御礼~。 沖セイ in wonderland
終わりました~。
なんだか、よくわかんない話ぽいですが、人間の抱える罪やなんやかやをひっくるめて
この二人には象徴的に抱えて行く羽目になったわけでした。

BGM:Batte Midler The Rose
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「神谷さん」
「はい、沖田先生」

―― 私は、いつか貴女を闇の底に引きずり込むかもしれません

口から出そうになった言葉を飲み込んで、総司の喉がこくっと鳴った。セイは、言葉にならなかったはずの何かを確かに、受け取ったようだった。

 

昏い、笑いが。

 

「沖田先生」

そしてふわりと笑ったセイの笑顔が、総司の心の闇に落ちかけた笑いをすべて洗い流した。

「かみ……やさん」

自分が手をひいていたはずがいつの間にかセイがその大きな手をひいて歩きだしていた。目の前の、頭一つ低いところで揺れる髪が総司を導いていく。
再び目の前に現れた庵の傍にセイは花守を見つけた。

「貴方は?」
「客人よ。私は誠人です。貴女の辿るべき花守の残りの一つです」
「誠人さんですね。私の訪れる意味はありましたか?」

総司は、セイに手を引かれたままその場に訪れて、これまでとは違って、迷いのないセイの言葉にただ聞き惚れていた。
繋いだ手はそのままにセイは、花守を見つめた。

「私達に意味があったのではなく、貴方達に意味があったのではありませんか?貴方達の誠はそこにあるのでしょう?」

淡々と告げられた言葉に、セイは頷いて総司を振り返った。
総司を見つめるその黒々とした大きな目が真っ直ぐに総司を貫く。

「すべてに意味があるんですよね。なら、その意味を見つけるのも……、ここに来た私達なんだということももう分かってますから」

―― ねえ、そうですよね。沖田先生
―― ええ。そうですね。神谷さん

二人の姿に誠人が頷いた。そして帰り道はそちらです、と指さした。

「在人の庵を目指していけばいいでしょう」
「ありがとうございます」

そういうと二人は再び歩きはじめた。これまでとは違って、いくらもたたないうちに庵が見えてきた。そしてこれまでとは違い、道に立って花守が待っている。

「お帰りなさい。こちらへどうぞ」

これまでの花守と全く同じ姿で全く同じ話しぶりで花守が立っている。ただ、お帰りなさい、という言葉に在人なのだと思ったセイが頷いた。

「随分、歩かれましたね」

これまではそのほとんどがセイに向かって話しかけていたのに、最後になって花守は総司に向かって話しかけていた。くっと一瞬セイの手を握る大きな掌が動いた。

「……?」

顔を向けたセイに、総司は軽く首を振りながら花守の後について庵に向かう。座敷に上がると、茶の代わりにセイが口にした甘い飲み物が出された。

「随分、お手数をおかけしましたね」
「いえ……」

この不思議な空間と時間をなんといっていいのかわからなかったのはセイも総司も同じだった。ただ、自分達は現実に帰るために今、ここにいる。

「知りたければ知る。隠したければ隠す。誠を貫きたければ貫く。慈しむべきものはそのように。求めるものはその手に。ただ人は生きるのみ。どうぞ、存分にお生きなさい。帰り道はそこにあります」
「貴方は、在人さんではありませんね」

静かに問いかけた総司に、花守は頷いた。そこに、と差した先には、いつの間にか総司がセイのために作った太刀が置かれている。セイはそれに手を伸ばしながら、総司の問いかけた言葉が気になって視線だけは花守を見ていた。

「私は花守です。すべては私に還る。それだけです」

ああ、と総司は呟いた。
だから花守なのかと。

かちゃ、と鞘を掴んだセイの手が動いた。そして、そっと小さな手が総司の手に触れた。

「還りましょう。沖田先生」
「……ええ」

セイの手に導かれて刀に触れると、引き込まれるように刀が呼んだ。

「………っ!!」

ゆらりと目の前が揺れて、二人は眼を閉じた。

顔を上げたセイの目の前には境内の喧騒が広がっていた。隣を見ると、同じように夢から覚めたような顔で立ち止まっている総司が立っている。

「沖田先生?今……」

―― 今、確かに……

記憶と思いがさらさらと掌から零れおちて行くように、何かを言おうとしたが言葉にできなかった。たった今のことだったはずなのに、長い長い時間が切り取られて、思い出すことができない。
総司も全く同じだったようで、繋いでいない手を額に当てている。

「神谷さん、今……」
「や、やだな……、夢見てたわけじゃないのに……」

セイも総司も強制的に消し去られた記憶に言いようのない不安を覚えた。
何か、忘れてはいけない何かを自分達は忘れてしまったような気がして。

しかし、自由にならない記憶は否応なしに指の間から零れて行って、お互い何も言うことなく、再び歩きはじめた。夢を見ていた中身を思い出せずに歯がゆい思いをしながらも、言い出せずに曖昧な笑いの中に記憶を沈めて行く。

「えへへ、すみません。白昼夢でも見たみたいですよね」
「いえ、私もなんだか神谷さんと一緒にいたような……って今も一緒にいるのにおかしいですよね」

そうして、二人はいつものように肩を並べて歩いて行く。

 

 

「行ったようだね」

在人が最後に二人を見送った花守に話しかけた。彼等の庵は奥の部屋を通して、どの花守も行き来ができるようになっていた。

「在人。彼等は現実に戻ったよ。記憶をここに置いて」
「知る必要のないことだというのか?」

絆を、罪を。

在人が問いかけた。振り返った花守は微笑んでいた。

「そうだとも。彼等は想い故にここに辿りつき、想い故に罪を犯し、想い故に刻印を刻んだ。それは現実の彼等が知っている必要なない」
「だが、記憶を持たない彼等は苦しみ、傷つき、癒されない想いを抱えるだろう。それでもいいのか?」
「ああ。それは彼等が決めることだ。彼等が決めて選択し、生きて行くだけだよ」
「花守の中で一番、君が恐ろしく厳しいと思うよ。慈人」
「そうかもしれないね。慈しむ、とは愛しむとも書くのと同じだよ。すべて一つの理の中に含まれているのだから」

花守の言葉に頷く声はなくなった。ただ、そこには真白き花が咲き誇るのみ。

 

誰も知らないまま、結ばれた絆は現世まで永い道のりを辿る。何度、転生と輪廻を繰り返しても続く刻印を抱えて。

 

 

– 終わり –