饅頭可愛い 前編

〜はじめのつぶやき〜
有名なあの話の間逆になるおちゃめな話です。

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明里が教えてい三味線の生徒の一人が駕籠にひと山、山芋を寄越した。とても一人では食べきれずにとっておいたところに、セイが休暇でやって来た。

「この前セイちゃんが来たすぐ後にもらったから、もう一月近くもたってしまったんやけど、山芋やから大丈夫だと思うわ」

三日の休暇明けにセイが屯所に戻る際、食べきれない分を持たせるつもりで待ち構えていたのだ。お馬あけのセイは、駕籠いっぱいの山芋を手に屯所へと戻った。

駕籠に山盛りとはいえ、屯所に持ち帰ればこれだけの人数の腹に入るには到底足りるものではない。賄いに持ち込んだセイと小者達が首をひねった。

「千にして出汁醤油でいただきましょうか。それなら少しずつ皆さんに行き渡るでしょうし」
「駄目駄目。江戸の長芋ならしょりしょりして食感を楽しめますけど、このつくね芋はそういう食べ方には向きませんよ」

確かに、同じ山芋でも全く食感も違えば粘りも風味も違う。つくね芋はごろりとした拳骨のような姿で、すり下せばもったりとして、今のものに例えるならパン生地のように柔らかく弾力のある状態になる。

「「うーん」」

腕を組んで皆が唸っていると、セイがあっと、手を打った。

「あの、米粉と砂糖とそれに餡はありますか?」
「そりゃあ……。餡は買い足さないと駄目かもしれませんね」

小者達が顔を見合わせて、食糧庫にあるかを頭に思い浮かべた。嬉しそうにセイは頷いて、餡を買い足してくれるように頼むと、山芋の皮をむいてすりおろし始めた。
すり鉢一つ分すりおろすと、支度してくれた米粉と砂糖を混ぜ合わせたものをそばうち用の大きな椀のような器に広げた。

「何をするんです?神谷さん」
「えへへ、薯蕷饅頭を作ろうかと思いまして」
「作れるんですか?!」

驚いた小者達を前にセイがはにかんだような笑顔を浮かべた。
伊達に総司とともに甘味処を巡って歩いているわけではない。総司が出られないときに、たまたまセイは奥の工房を覗かせてもらったのだ。

「神谷さんも大変ですねぇ」

店中の者達が総司の甘味好きを知っており、その舌も感想もいつも心待ちにしている。そして、それに付き合っているセイの味覚や勘どころのよさも十分わかっていた。

いつものように店にあるすべての饅頭を買い占める勢いで注文をしたセイに、店主が苦笑いして少し待ってくれと言った。数個ならすぐに出るが、数十個の単位では店じまいになってしまう。今日は、お得意さんが買いに来ることが分かっていたために、セイが買って帰る分をこれから急いで作るから少し待ってくれと言う話だった。

その間の暇つぶしにと店主がセイを奥の工房へと誘った。

「随分お待たせしてしまうかもしれないのですが、その間に、是非見ていっとくれやす」
「よろしいんですか?嬉しい!」
「機会があれば、お作りになってみますか?」

破格の好意と言えた。特に菓子舗が店の看板ともいえる菓子の作り方を素人のセイに見せて、しかも作り方を教えようというのだ。

素直に一つ一つ話を聞いて行くセイに職人達も、いつでも武士をやめて弟子入りしてくるといいと言いだす始末だった。

思い出しながら、混ぜ合わせた粉の上にすりおろした山芋をすり鉢から広げると、山芋の周囲に粉をまぶすようにして優しく転がしては混ぜ合わせ、再びその感触を楽しむように転がす。

後ろでは小者達が買い足してきた餡を頃合いの大きさに丸く玉にし始めた。セイはそれを見ながら、もう少し小さく、とか丸く、と指示を出しながら、手は休めることなく両手で優しく転がしては力をかけてこねる。

徐々に柔らかさよりも腰の強い弾力が出始める。その様子をみた別な小者達が蒸篭の支度を始めた。セイは、大きな塊から手でぎゅっと握り出してぐいっと引っ張ると粘るように伸びていた山芋が途中でぶつっと千切れるようになった。

「うーん、もう少しかな」
「すごいですねぇ。神谷さん。よくそんなことを覚えていらっしゃいますね」
「この生地の加減がコツなんだそうですよ」

千切った小さな一握りを再び大きな塊にしてこね合わせ始める。しばらく粉と混ぜ合わせていると再びぐいっと手の平で握り出して、力いっぱい引くと、ぶつっと勢いよく千切れた。

「うん、もういいと思います。これで餡を包んでいきましょう」

そういうと餡を丸めていた小者達の前に、セイがちょうどいい頃合いに千切った生地を転がしていく。それを手先の器用な小者が丸くまとめると小さな麺棒で平たく伸ばした。

そこは普段の賄いの小者達だけに手際がいい。きれいに分業でセイが転がしたものを丸める者、伸ばすもの、餡を包む者、と流れ作業で進めていく。

「そうだ、神谷さん」

あることを思いついた小者の提案にセイがぱあっと顔を明るくして頷いた。餡を包んだ者の後に次の行程が加わった。

一通り作業を終えると、セイはくるっと振り返り再び山芋をすり始めた。一度目のすり鉢一つでおおよそ四、五十個の饅頭ができる。一口大だが、残りおよそ二回の行程で全員に行き渡るには十分だろう。

「神谷さんらしいですよね」

小者達が笑いながら頷き合う。確かに他の者なら薯蕷饅頭を作ろうなどとなかなか思いつくものではない。そして、それも総司の喜びそうだから、という理由が裏にあるのは皆が知っている。

赤くなったセイが手に山芋をべったりとつけたまま、手を振った。

「ちょっと、そんなんじゃないですからね!変なこと考えないでくださいよ。もうっ!せっかくもらったものを美味しく皆さんで食べたいなぁって思っただけじゃないですか」
「それにしたって饅頭ですからねぇ」
「沖田先生喜ぶだろうなぁ」

どっと笑い声が起こってますます赤くなったセイは何も言えなくなって手元の山芋をすりおろす手を忙しく動かした。賄い処が珍しく賑わっているのを聞きつけて噂の主がひょいっと顔をのぞかせる。

「どうしました?皆さん楽しそうですねぇ」
「わわっ、沖田先生!」

驚いたセイが持っていたすりこぎを落としそうになって、わたわたとかろうじて受け止めた。その姿にますます小者達がどっと笑いだして、事情を知らない総司だけがにこにこしながら皆の様子にきょときょととしている。

「なんなんですか?私もまぜてくださいよ。あ!これ、お饅頭つくってるんですか?!」

ようやく目の前に広がっている光景に、総司が目を輝かせた。小者の一人が、くすくすと笑いながら総司に向かって言った。

「神谷さんが山芋をたくさんもらってきてくださったんですが、山芋を全員で食べるにはちょっと量が足りなかったんです。それでお饅頭にすることにしたんですよ」
「山芋でお饅頭?!まさか薯蕷饅頭ですか!」
「ほぉら、沖田先生が飛びついた!」

小者達の爆笑には気にも留めずに総司が目を爛々と輝かせて山盛りの饅頭に涎を流さんばかりにしている。慌てて蒸かす担当の小者が遮った。

「だ、駄目ですよ!沖田先生。全部できてから、皆さんにお配りするんですから!!」
「いいじゃないですか。一つくらい、味見に……」

蒸かしあがってアツアツの饅頭に伸ばしかけた総司の手を背後から近づいたセイがぴしゃりと叩いた。

「駄目ですよ!沖田先生」
「わっ!こんな時に気配殺して近づかないでくださいよ!神谷さんてば~」

驚いたふりをしながらもまだ手を伸ばそうとする総司に、セイが怒鳴った。

「いいから出てけ~~!!」

再びどっと沸いた賄い処から総司が叩き出された。

 

– 続く –