種子のごとき 18

〜はじめの一言〜
馬鹿じゃないのって言われてもセイちゃんはきっとそうなんだ。もうすぐ終わります。ぐだぐだと長くてすいません。

BGM:
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布団に横になりはしても、どうしても浅羽と富山の様子が気になって、セイはなかなか眠れなかった。直接聞いたわけではないが、伊東達が去った後も、思いきれない者達がいるという噂も耳にしている。

だとしても、浅羽はあれほど総司に心酔しているのだからそれはないだろうと打ち消してもそこは何かが気になって、セイはそっと起き出すと道場へと足を向けた。

以前なら、ここに斉藤がいたかもしれないが、今はただ暗闇が広がるばかりだ。ひたひたと暗い道場の中を歩いて、よく斉藤が立っていた場所まで来ると、その場に膝をついた。
冷えた床を感じながら正座すると、膝の上で手を重ねる。

浅羽のことなどどうでもいいではないかと、心のどこかで囁く声がした。セイも頭ではそう思っていた。これほど悔しい思いをしてまで、浅羽の事を気にすることはないと思う。気にしないで好きにさせておけばいいのだと。

暗闇を見つめていたセイの目の前に、ふと、気が付けば自分と同じ顔をした自分が座っていた。

『気にしないでいられないのではなくて、どこかで隙を見つけようとするからでしょ。浅羽さんの弱みでも握りたかった?』
「そんな!そんなこと、沖田先生は絶対に許さない」
『そんなこと知ってる。だから、気になる、とか悔しいって言葉で誤魔化して、自分も騙してるんでしょう?』
「……違う」

自分自身の幻影に向かってセイは弱弱しく呟いた。きっぱりと言い返せないのは心のどこかでそれを知っているからだ。

『そうやっていい子になって沖田先生に媚びようとして!』
「媚びようとなんかしてない!ただ……」
『ただ?ただ自分のほうが浅羽さんより優れてるって言いたかったんでしょう?沖田先生に大事にしてもらってるのは自分の方だって』

今度こそ違うとは言えなかった。そこがセイの拠り所でもあったから。

だから、浅羽に何を言われても堪えられたのは総司が認めてくれているのは自分の方だと思っていた。自分の姿を見つめていたセイははっきりと思い知った。

「そうだね。私、いい子ぶって何やってたんだろう。ただ、居場所を盗られそうになって慌ててただけで、全然駄目なのは私だね。よく……わかった」

さっきの浅羽が気になったのも、浅羽が何かよからぬことを企てているならそれを総司なり、土方なりに報告すればと、確かに思っていた。

『ようやくわかったんだ。無様で、足掻いていたのは自分自身だって』
「うん。でも……」

でも、どれもいい子ぶっていようがみっともなかろうが、それがセイ自身だ。嘘偽りのない、どれもセイの想いなのだ。

立ち上がったセイは、隊部屋を出るときに持ってきた脇差を抜いた。目の前の自分に向かって。

「でも!!」

ひゅっと構えた刀を振り下ろした。にやりと、腹の底から意地の悪い笑みを浮かべたセイが脇に逃げる。すぐに構えなおした刀で自分自身へと振り下ろす。

「なにもかも、私が至らないんだって!わかってる!でも!」

右に、左に、斬りつけても、斬りつけても目の前のセイは軽々とよけながら嗤っている。それでもセイは自分自身に向かって刀を振るった。

「どれも諦めたりなんか!!」

ふわりと空気が動いた気がして、セイは打ち下ろした刃を止めた。
目の前にいたはずの自分自身の幻影は姿を消して、そこには何もなかった。ただ、来た時と同じように暗闇が広がった道場の壁が伸びているだけで。

ふう、と思い切り吸い込んだ息を吐きだす。

セイの中で何かが音を立てて切り替わる。暗闇の中にくるくるとよく動くセイの目が鋭い光を湛えていた。

 

 

セイが脇差を片手に隊部屋を抜け出したことはわかっていたが、その夜は総司は動かなかった。眠っているわけではないのに、ただ眼を閉じて気配を追う。総司の脳裏にはその姿がはっきりと思い浮かんでいて、気配を追って道場に向かっていた。

暗闇の中で無心に脇差をふるっていたセイが、ただ型を使っていたのではなく、何かを切り捨てようとしてふるっていたのだけは見て取れる。相手を追い詰めたと思った瞬間、セイの気配を追っていたつもりの総司は思わずその目の前に立って自分が刀を受け止めた気がした。

「!」

かっと布団に横になっていた総司が目を見開くと、本当にたった今まで刀を握っていたかのような感覚が手のひらに残っている。不思議なことだが、それはセイが刀を止めたのと同じ瞬間だった。

「……」

思わず持ち上げた自分の手のひらを見て、額に手を当てた総司は再び目を閉じる。もう一度、そこからセイの気配を辿るのは難しかったが、それでいい気がする。

―― 気が済みましたか。神谷さん

密かに語りかけると、今度こそ総司はほっと息をついて眠りに落ちた。どこかでセイが戻ってきた気配がしたが、確かめるまでもないことで、夢うつつのままに手を伸ばしてセイの手を掴んでいた。

きゅっとその手を握りしめると、総司は健やかな寝息を立てて再び夢の中に戻っていく。
横になってすぐに総司に手を掴まれたセイは、総司が手をつないで安心したのか、再び寝息を立て始めたのを見て、不思議な気持ちになった。

確かにそこにあったのに、何を騒いでいたんだろう。

そう思うと、本当に不思議と心の中が落ち着いて、セイはしばらくぶりに深く眠った。夢の中では、一番隊の隊士達全員がいて、酒を飲みながら馬鹿騒ぎしていた。もちろん、セイも浅羽も一緒になって。

現実は、いつ刺されてもおかしくないくらい嫌われているのかもしれなかったが、総司が望んでいるのはきっとこういうことなのかな、と夢の中で思っていた。

 

朝になって、セイは久しぶりに一番早く目が覚めた。起き上がると、手早く床を畳んで顔を洗いに出る。

大分暖かくなったが、朝早くはまだひやりと涼しい空気で青空と共に心地いい。
少し遅れて起き出してきた浅羽がセイの顔を見た瞬間、眉を顰めたのも見たが、セイは逆に浅羽の目の前に立った。

「おはようございます」
「……おはよう」

むっつりとだが口の中で確かに返したのが聞き取れる。にやっと笑ったセイは、ひとまず満足して隊部屋へと戻っていく。障子をあけて着替えを手にすると、ちょうど起床の太鼓が鳴った。

 

 

– 続く –