種子のごとき 1

〜はじめの一言〜
更新復活します。

BGM:
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「厄介なの残していきやがって」
「仕方ないじゃないですか。こちらも表立ってそれを口にできるわけじゃありませんし」

副長室で密かに声を落として語らっていた土方と総司は互いに腕を組み、面倒なと土方が言うことを話し合っていた。
伊東率いる御陵衛士が分離してから一月あまり。

隊内に残った伊東の息のかかった者たちは十名に上り、皆、総司達、組長の密かな監視下に置かれていた。ただし、彼らよりももう少しだけ距離を置いてはいるが、この先を睨んで彼らの側につけばよかったのかと迷う者達がさらに幾名見受けられる。
互いに行き来を禁じていても様々な思惑を思えば、そこはどうしても止めようとしても止められぬものがある。

「結局、どうするんです?」

伊東配下と目される者達以外に、様子がおかしいものは数名いたが、その中でも二名ほど特に動きがおかしい者の名が挙がっていた。人数が少なければいいというわけではないが、単独に非ず、また多すぎもしないところが厄介と言えた。

「浅羽矢太郎、富山又三郎の二名は平隊士としての仕事の外に、隊の雑務もやらせて監視させる」
「……雑務、ですか。監視が難しくないでしょうか?」
「かえってしっぽを出すならさっさと出すだろうし、大人しくしているなら雑用をこなせる奴が増えてそれはそれで使い勝手もいいだろう」

確かに、伊東を含む十五名もの隊士が抜けて、隊の編成も見直さなければならず、またさらに十名もの間者ともいえるような残留組もいる。
それを思えば、監視しつつ使い勝手のいい隊士を育てるということも重要ではあった。

「それに、雑用とはいえ、監視するのにお前の目も届きやすいだろう?」
「……」

それを聞いて、すぐに是とも否とも総司は答えられなかった。雑務をこなすということは常にどこかに人の目があるところにいることにもなるが、雑務を取り仕切ると言えばどうしてもセイが関わってくる。小姓を離れても隊の中、全体を通して雑務に精通しているのはセイなのだ。

そのセイに、雑務が集中しているということもあり、あわよくば実務だけでも分散することもできるならということらしい。あくまで取り仕切りはセイが見ることにしていれば、総司の監視の目も負担は増えずに見ることができると言いたいのだろう。

「確かに、神谷さんに今は雑務が集中していますが……」
「だてにあいつも古参の隊士じゃねぇだろ。浅羽はここ数年の者だが、富山は古参の隊士だ。ただ野放しにしておいていいわけもねぇ」
「それは……、わかってます」

浅羽は近年の参加になるが、富山は壬生にいた頃、セイよりも前に参加した者である。年はほとんど変わりなく、富山は二十代後半、浅羽は総司よりも三つほど下だろうか。
ともあれ、口のうまさや、立ち居振る舞いを考えると、雑務をさせつつ、あちこちで監視の目を光らせたいという土方の思惑もわからなくはない。

「神谷も馬鹿じゃねぇ。そろそろお前の手伝いだってできるだろう?」

―― だからやらせたくないんですよ

土方が思うよりもよほど優秀なセイのことだ。巧みに監視することもできるだろうがそこから先が不安だった。ただでさえ、中村の名がすでに上がっている。そこに、仕事でも関係を持つものが増えてくれば、セイが余計な面倒に巻き込まれることも考えられるからだ。

「とにかく、そういうことで進めるように。持ち場は富山と浅羽で分けていい」
「……承知しました」

不承不承頷いた総司に、一瞥で部屋から送り出すと土方は文机に向かった。

 

隊部屋に戻った総司は、セイを見つけると手招きして隊部屋の入口の方へと呼び寄せた。

「なんでしょう?沖田先生」
「神谷さん。今、雑務として神谷さんがやっていることは何と何がありますか?」
「え……、雑務ですか?うーん……」

指を折って数えはじめたセイに、毎度のことながら辛抱強く聞いていた総司は、セイが思いつく限り上げ終わると、組んだ片手を顎のあたりの添えて考え 込んだ。セイがやっていることの中では、セイでなければできない、または彼らには任せられないと思えるようなこともいくつか含まれている。
ふむ、と頷いた総司はセイに、それを書き出すように言った。

「今度、浅羽さんと富山さんのお二人にも貴女の仕事を手伝ってもらうことになりますから、何をどうしているのか、書き出しておいてください。ですが、最終的には貴女がお二人の仕事のことも見てあげてくださいね」
「手伝うなんて、そんな!私一人でも十分ですよ?」

驚いたセイに向かって、総司が真顔で淡々と告げた。

「一人で十分と言って背負いこまれても困ります。貴女も一番隊の、それも古参の隊士ですからね。いつまでも末席の気分でいてもらっては困りますね」
「はい!申し訳ありません!」

うっすらと自分を恥じて赤くなったセイは、ぺこりと頭を下げた。
セイの悪い癖でもあるが、こうしてつい何でも背負い込みそうになる。それだけ、自分が頼りにされているのだという自負なのだろうが、隊全体からすればあまりいいことではないと思い返した。

すぐに反省したセイは、自分の行李から矢立を取り出すと、隊部屋の隅の方へ机を出して書き始めた。

悩ましい思いは胸の内に包み隠して、総司は浅羽と富山の上司である原田と武田のところへ向かった。本来三木の九番隊は現在原田が一緒に見ていて、浅羽の話をするとすぐに頷いた。

「そりゃ都合がいい。浅羽の奴は一番隊に移動させるのはどうだ?」
「移動ですか?そこまで副長はおっしゃってませんけど」
「いや、あいつ、お前の信奉者なんだよ」
「は?」

怪訝な顔になった総司に原田が、苦笑いを浮かべて説明を始めた。どうやら、三木の下にいた頃より、三木の素行にかなり辟易しており、己の実力からしても一番隊に属してしかるべきと思い込んでいるらしい。
一番隊の隊士とも、個別に親しくしており、ことあるごとに自分の隊の行動よりも一番隊の隊務について行動するという困った場面も多々ある。

「あいつ、本当に腕の順じゃないって言ってもきかねぇんだよ。そりゃ、一番隊から三番隊までは確かに出動の回数も多いけど、それだけじゃないってことを分かってねぇんだ」

原田の口調もその扱いに困っている様子は見てとれる。ただでさえ、原田は中村ほか伊東に師事していると思われる隊士達が多い。それだけに、厄介な者が一人でも減ってくれればという思いもあったのだろう。
それを聞いた総司は、とにかく土方と話してみると言って浅羽には原田から告げてもらうことにした。

「移動の件は副長と話してみますから、原田さんは浅羽さんに事情を説明して、後で神谷さんのところへ来てくれるように伝えてください」
「おうよ」

原田に話をつけると次は武田の元である。最近ではすっかりその存在感を薄くしていた武田は、隊部屋に現れた総司から話を聞くと、すぐに富山を呼んだ。

「富山。沖田殿から話があるそうだ」

自分は一切かかわりがないが、話だけは聞くという姿勢に曖昧な笑みを浮かべて総司は、富山に向かって土方からの指示として伝えた。

「そう言うわけで、是非隊の中に詳しい富山さんにも、細々した隊務を手伝っていただけないかと……」
「要するに、雑用を手伝えということでしょうか」

きっちりと隙のない身のこなしで武田の傍に座った富山は無表情で総司の話を聞いていた。いや、無表情というのは語弊があるかもしれない。不機嫌ゆえに無表情で、時折、武田の顔を見てはさらに不機嫌さを増すために能面のような顔になっていく。

「雑用というわけじゃありませんけどね。誰にでもお願いできることじゃありませんから」
「それは今、神谷が一手に引き受けているのではありませんか」
「ええ。でも神谷さんに集中するということが隊としていいことだとは限りませんからね」

確かにそれは正論でもある。幹部ならいざ知らず、平隊士が一手にその手のことを引き受けているということは、つなぎ合わせればそれなりの情報を握ることにもなる。それを防ぐという建前は納得できるはずだった。
武田はすでに軍事方からも外され、近藤や土方からも疎ましがられている。

今ここで組下の富山のために意見を言い、さらに目を付けられたくはないために、受けるも受けないも富山のことだと言い切った。当然、庇われることもない富山はすぐに否を口にした。

「お断りすることはできないのでしょうか」
「そうですねぇ。土方副長に話してみることはできますが、断れるかどうかは難しいでしょうね」

穏やかな顔をしていても総司もきっぱりと富山に向かって言い切る。もとより、隊務を言いつけられた場合、よほどのことがない限り断ることなどできないのだ。

「承知しました。それでは、これだけは聞いていただけないでしょうか」
「なんです?」

富山は仕事を引き受ける代わりに、願いを口にした。

 

 

– 続く –