怖い夜 1

〜はじめの一言〜
怪談なんか嫌いなんです・・・

BGM:
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「おや、どうしたんです?何の話をしてるんですか?」

隊部屋に固まっている隊士達をみて通りかかった総司が足を止めた。そのかたまりの中に、泣きそうな顔をしているセイがいる。

「あ。いや、なんでもないんです」

慌てて相田が手を振ると、小声でおい、散れ!と囁いて、隊士達がそそくさと離れていく。首をかしげた総司が部屋の中に踏み込んでいくと、泣きそうだったセイも首を振って離れていく。

「神谷さん?大丈夫ですか?」
「大丈夫ですっ!!」

なぜか泣きそうな顔から総司を怒鳴りつけるように叫ぶと逃げるように去っていた。

「……?」

はて、首をひねった総司は、やがてその理由を知ることになる。
夕餉を終えたあたりからほかの隊士達はいつものようにざわざわと過ごしているが、どうしたのかセイはそわそわと落ち着かなさそうなセイにはて?と思っていた。

まだ灯りがついているうちにあたふたとセイが厠に向かうと、急いで戻ってきて早々と布団を広げて陣取っている。

その様子に気づいた総司が、首をひねってから、あ、と何かに気付いた。

「神谷さん」
「はいっ?!」
「そういえば、この前、夜中に稽古しようかと思ったんですけどねぇ。道場に明かりがついていたので辞めたんですよ。神谷さん、いってませんでした?」

朝になったら誰もいた様子もなくて気になってたんですよねぇ、とつぶやいた総司に、びくっと大げさなくらい枕を抱えたセイが揺れた。

「……知りません」
「おや……、そうなんですね」

おかしいなぁ、とつぶやくと、傍にいた隊士達の何人かが気づいてにやにやと笑い始めた。そろそろ暑くて寝苦しい夜が始まったという話から、ならば一足早い怪談でもという話になって、昼間から怖い話を次々としていたのだ。

まるでそれが拠り所という感じでセイがぎゅっと枕を抱きしめたまま、皆に背を向けているからますます皆の悪戯心をそそるらしい。

「そういや、沖田先生。最近、なんだかうなされてませんか」
「いいえ?」
「おかしいなぁ。なんだか寝苦しいからか、誰かがうなされてるんですけどねぇ」

びくっとセイがその小さい背中を丸めると、我慢できなくなったのか、お先に!と叫んで早々に布団を引きかぶってしまった。
一番隊では、セイがこの手の話で一番に的にされる。そのわけもわからなくはないが、今年は早いなぁと総司は内心つぶやく。

怖がりのくせに負けず嫌いで、勝気なセイは、皆が怪談を始めるとよせばいいのに、ついつい首を突っ込んで聞いてしまう。そして、話して聞かせる方もセイが怖がりだということを知っていて、わざわざ怖がるような話を聞かせるのだ。

探りを入れただけで話を辞めた総司は、ん~、と天井を仰ぐと、自分も早々と布団を用意して横になった。

皆も寝静まった深夜。
皆に脅かされたからなのか、いつもなら目が覚めない時間に目が覚めたセイは、どうしても厠に行きたくなって、そうっと布団から起き上がった。

薄暗い隊部屋の中は、いつものように表の月明りを取り込んで皆の寝ている姿に陰影をつけている。
このくらい明るいならと思ったセイは、紙燭を手にして廊下に出た。ひたひたと足音を殺して厠まで来ると、ほっと安心する。半分はなすべきことを達成したような気分になるからだ。

用を足しに来たものの、思ったほど切羽詰まっていたわけでもなく、結局、怪談話のおかげで恐ろしさからそう思い込んでいたらしい。

ますます、ほっと息をついたセイが厠から出た。

ぴちゃ。

「ひっ……」

手を洗うすすぎの水がたまたま大きく響いて、その音にセイは飛び上がった。
まるで見ていたかのように、こういう時に限って煌々と明るかった月が陰り初め、慌てて紙燭を灯そうとして今度は慌てたがゆえに、厠の中にそれを落としてしまう。

「あれっ?!嘘っ」

慌てて手をのばしたものの、それも厠の中である。急に暗くなった中を手探りでというのも気が引ける場所だ。

仕方なく、灯りもなしに廊下に出たものの、すっかり暗くなった屯所の中は、普段ならどうということもないのに、庭木の陰でさえ恐ろしく感じてしまう。

そろりそろりと這うように隊部屋へ戻りかけたが、途中の井戸端近くで身動きが取れなくなってしまった。あと少しでそこを抜ければ部屋までは一直線で駆け戻れるというのに、途中まで行っては厠の傍まで駆け戻る。
厠には一応常夜灯代わりに灯りがついているからだ。

「ひぃぃん」

まさか、昼間の怪談話が怖くて、新撰組の隊士が厠から戻れないなんて知れたらと思うのだが、考えれば考えるだけ怖くて身動きが取れなくなる。

かろうじてここは安全だと思い込んで、厠の前の廊下の端にしゃがみ込んだ。

―― 落ち着こう。落ち着けばいつも平気なんだから。いつも当たり前に通っている場所じゃない

なんとか気を落ち着かせようと、焦れば焦るほど、おかしな汗が出てくる。ばくばくと大きくなる自分の心臓の音にまで怯え始めた時、大きく風が吹いた。
じっとりと蒸し暑い夜には心地よいものではあるが、雨を誘う風はそんなに時間をおかずにぱらぱらと冷たいものを落とし始めた。
それでも戻るに戻れないセイは、雨に濡れないところをと思うが、ひさしのある場所は物陰になり、なかなかそこまでも動けない。小さく膝を抱えてうずくまった。

 

– 続く –