桜舞い散る

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。時期外れですが、桜の頃に書いたものです。短いSSなので2本まとめて掲載

BGM:
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どこからともなく舞ってきた花びらを手のひらで受け止めた。

「桜ですか?」
「ええ。もう散り始めたんですねぇ」

セイの手を覗き込んだ総司に白い一片を見せる。たった一枚ならこんなにも真っ白なのに、満開の桜は薄霞のごとく淡い薄紅色に包まれる。
儚さと潔さの手本のような。

セイの手から花びらを受け取った総司は、手のひらにそれを乗せた。

「不思議ですね。こんなただの白い花びらなのに、毎年この花を見ると色んなことを思い出す」
「そうですねぇ。沖田先生はどんなことを思い出すんですか?」
「……色んな事ですね」

淡く微笑んだ総司の横顔をみて、セイは自分の問いかけが失敗だったと悟った。

「そう……ですよね。申し訳ありません」

頭を下げたセイをみて、総司がくすっと笑った。

「おかしな人ですね。何を謝るんですか」

どこから飛んできたのか総司が空を見上げた。その瞬間、ふわっと吹いた風が総司の手のひらから花びらを連れ去っていく。

「あ」
「すみません。飛ばされちゃいましたね」
「いえ。いいんです。そこらじゅうにたくさん舞ってますから」

確かに、手の上から吹き飛ばしたはずの風が、たくさんの花びらを連れて再び総司とセイの周りにははらはらと舞う花びらに覆われている。
もう少しで屯所だというのに、そこだけ切り取ったような桜の舞う空間だった。

「神谷さん。あとで夕餉の後でもお散歩しましょうか」
「よろしいんですか?」
「ええ。今夜は用もありませんし、夜になったらまた違う風景が見られるかもしれませんよ」

二つ返事でセイが頷くと、総司はセイに手を差し伸べて手を繋ぐ。所用で表に出た帰りのほんのひと時。

「先生」
「なんです?」
「……いえ。なんでもないです」

首を振ったセイは総司の隣に並ぶと歩きはじめる。

―― 先生と一緒なら……

何回でも先生と一緒にこんな風景を見られたらいいと思う。総司への愛しさが舞うような花散る中で。

*     *    *

桜舞い散る

   *     *    *
「よろしかったんですか?」
「何がです?」
「局長や副長もまだいらっしゃったのに」

不安そうな顔をしたセイに、にこりと総司は微笑んで隣から少しだけ頭を下げてセイに顔を向けた。

「いけませんか?」
「いけないなんて!……その、嬉しいんですけど」

はは、っと笑った総司が提灯を手にしたセイの頭をぽんぽんと叩いた。ゆっくりと歩んできたセイと総司は島原からの戻りだったのでいくらもかからずに屯所の近くまで来る。途中から遠回りして、桜が咲いている場所へと近づいた。

風に乗って舞ってきた花びらが、居場所を知らせるように流れてくる。

「このあたりでしたね」
「ええ。向こうの方ですかね?」

花びらだけでなくて桜の木を求めていくと角を曲がった先の小さな寺の庭に一本の木があった。
門を入ってすぐのところで風になびいている桜を見上げたセイは、暗闇の中でほんのりと白い花を誇らせている木を見て息を飲む。

「……」

綺麗だと口にすることもはばかられるような光景。
たった一本で、こんな細い路地の先にあるというのに、その佇まいにはため息をつくほどの威厳があった。

言葉を無くしたセイの手から提灯を取り上げると総司は灯りを吹き消す。ひどく現実感のある灯りが消えると、本当にそこは静かな光景が広がっていた。

しばらく黙ってセイと総司はその場に縫いとめられたように立っていた。

「……綺麗ですね」

ぽつりとセイが言うと、総司がセイの手をぎゅっと握りしめた。桜の木から目をそらさずにいたセイの目から涙が流れる。

「……いつか」

その先が言えなくなったセイの代わりに、総司がふわりと流れる風のように微笑んだ。

「……いつかどちらかがいなくなっても覚えていたいですね」
「……っ!」

頬に流れていた一筋が総司を振り返った瞬間からたくさん溢れ出して、ギュッと総司の体を力いっぱい抱きしめる。

「先生は駄目です!先生は絶対、絶対生きて、生き延びて、局長や副長と一緒にお取立ていただいて、お嫁さんをもらって、幸せになるんです!!絶対そうなんです!!」
「はは。それじゃあ神谷さんはどうするんです?」
「私は先生のお傍で先生を守れればそれでいいんです」

セイの腕から自分の腕を引き抜くと、自分の胸に引き寄せる。総司には、そんなことはあり得るはずもなかった。

「駄目ですよ。私なんか構わない。それよりも貴女こそ幸せにおなりなさい。必ず。そして、いつかこの光景を思い出したとき、ほんの少しで構いませんから私の事を思い出してくれればそれでいいんです」

総司の胸に顔を押し付けたセイが泣きながら首を振った。セイだとて、そんな言葉にうなずけるはずもない。セイの幸せは総司の傍にいることなのだ。

いつまでも泣き止まないセイに苦笑いを浮かべた総司は、ぎゅっとセイを強く抱きしめた。

―― 本当は、一緒に……

このまま連れ去りたいくらいの思いは、花びらを運ぶ風ほどの柔らかさはなく、むしろ花を散らすほどの強さを持つ。

「神谷さん、泣かないでくださいよ」

ふるふると泣き止まないセイを抱えて、総司は暗闇の中に咲く花のような想い人を瞼の裏に焼き付けていた。

 

– 終わり –

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