大人のシルシ 3

〜はじめの一言〜
元は萌用に考えていたんですが、没になったので、再々アレンジして掲載です。

BGM:
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「もうっ!! 少しは考えてください!」

再びぷいっとそっぽを向いたセイがぴしゃりというと、口いっぱいの饅頭をなんとか喉の奥に押し込んだ総司に向かって、自分の茶を差し出した。
すでに、総司の分は空になっていたのでありがたくセイの茶を飲み干すと、改めて小声で詫びる。

「ごめんなさい。気が利かなくて……。だって、神谷さんが怒ってないと思うと嬉しかったんですよ」
「……怒ったりしません」
「本当ですよね? もう、ずっと避けられているから怒っているんだとばかり思ってましたよ!」

赤い顔で頷いたセイに、まさか恥ずかしくて仕方がないから逃げ回っていたとは露ほども考えない総司である。
満面の笑みを浮かべてセイの方へと笑いかける総司に、そういえばこの人は野暮天だったと白々した目を向けたセイはため息をついた。

「……いくらなんでも。……私だって」
「え?」
「私だって、好きで避けてたんじゃありません。あんな……、恥ずかしくってとても顔なんて合わせられなくて……」

聞き取れずに総司が問い返すと、セイがそれだけを絞り出すように言う。耳まで真っ赤になったセイが俯いてしまうと、つられて総司も思い出してしまい、見る見るうちに赤くなってくる。

「……すみません」
「……いえ」

恥ずかしさに背を丸めた者同士が互いの顔を見ることもできずに、足元に視線を落としてちらちらと互いの様子を伺う。草履の先で地面を撫でていたセイが、ぼそぼそと呟いた。

「でも……、初めてって私だって初めてじゃないかもしれないじゃないですか」
「はい?」
「……はっ、初めてだって決めつけていらっしゃいますけど、違うかもしれないじゃないですか! 先生こそ……」

蚊の鳴くような小さな声でセイが呟いた。総司の口調がいかにも子供だと決めつけているような気がして、小声で反論し始めた。確かにその手の話に経験がある はずもないが、全く知らないわけでもない。屯所にいれば原田や永倉達に引き回され、姉のようなお里は花街の妓だったのだ。
子供だと決めつけられることも、お前など論外なのだと言われているようでどうしても否定したかった。

「……そんなことあるわけがないでしょう」

どちらの何に対してかは、あえて口には出さずに総司がため息交じりに呟くと、床几に座りなおした。こればかりはセイがどう思っているかなど関係なく、歴然とした事実でしかない。

逆に、セイの言い分が本当だったとしたら。
セイが自分でもなく、誰か、知らぬ男にその肌を触れさせて、相手の肌に触れたことがあるなど、そんなことは考えたくもない総司である。僅かに自分の声が固くなるのを否応なく感じてしまう。

「そんなことで意地を張るもんじゃありません」
「別に、意地張ってるわけじゃありません! 沖田先生こそ、意地を張って誓いなんて反故にしてしまえば」

今度はセイの方が止められる番だった。ふっと総司の手の甲がセイの口元に当てられて、一瞬だけ総司の目がセイを捕らえる。

「あなたが口を出すことじゃありません」

どきっとセイの胸の底で何かを感じたが、すぐにそれはわからなくなった。総司の雰囲気がすぐにいつもの笑顔に戻ったからだ。

「それにしてもよかった~。神谷さんが機嫌を直してくれるならそれでいいんですよ」

刀を握って立ち上がった総司は、にこっとセイに微笑みかけた。床几に座ったままで総司を見上げているセイは、ほかに知り人のいない場所だからこそ、きちんと話したかったのだが、総司は聞く耳を持つこともなく、セイが話しかけたことだけに喜んでいる。

「さ、一緒に帰りましょうか」

そういって差し出された手に手を伸ばしかけて、びくっとセイの手が止まる。随分と久しぶりの総司の手を以前握ったのはもっと違う状況だったからだ。

「あっ! ああ、すみません」

セイが何を思い出して赤くなったのか察した総司も慌てて後ろに手を回して腰のあたりでごしごしと拭った。あたふたと立ち上がったセイは、腰に刀を差し直して総司の足元へと視線を落としたつもりが、袴を目にして耳まで赤くなってしまう。

「おっ、お待たせしましたっ」
「は、はい。行きましょうっ」

かちこちに固くなった二人が、ぎくしゃくと言葉も少なく屯所へと戻ると、何も知らない隊士達がいつも通りに二人の周りを取り囲んでくる。 この時ばかりは総司もセイもほっとため息をついた。

 

 

翌日、セイが普段なら起き出す時間よりほんの少しだけ早い頃。

「……ふう」

ばしゃばしゃと総司は井戸端で頭から水を被り、傍に引っ掛けてある夜着に水が飛ぶのも構わず、ぶるっと頭を振った。桶の中には下帯が水の中でとぐろを巻いている。
乾いた手拭いで体をざっと拭うと夜着を身に着けて手際よく帯を結ぶ。替えの下帯は後で身に着けることにして、桶の中身を洗い始めた。

「……まいったな」

あんな真似をしてしまったからだろうか。

あれから数日が立つというのに、うっかりと夢を見てしまえば、朝になるとこうして困る羽目になる。ほかの平隊士ならともかく、総司の立場でこんな無様な真似を見せるわけにはいかない。
洗った下帯をぎゅっと絞ると、水を替えて手拭いも濯ぐ。
人気のない内に洗い終えて、着替えてしまわなければならない。

「あれぇ?……沖田先生」
「!」

しゃがみ込んでいた総司が慌てて立ち上がると、そこには皆よりも一足早く起き出したセイが手拭いを手に総司の背後に立っていた。

「おはようございます。お早いですね」
「おっ! おはようございますっ」
「……洗物?」

総司が空の桶に絞った下帯を放り込んでいたのを見て、初めは何か気づかずにセイが手を伸ばした。

「っ!!」

ぱんっとセイの手を振り払った総司が慌てて下帯を手拭いと共に掴んだ。

「なんでもありませんっ!いいから、構わないでください!!」

後ろ手に隠すようにして総司は、セイの前から急いで走り去ってしまった。

– 続く –