大人のシルシ 4

〜はじめの一言〜
もう少しで日が変わりますねぇ。どこまでいけるかな。

BGM:
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ぽかんと口をあけて驚いているセイを置き去りにした総司は急いで隊部屋へと戻ると、急いで着替えを取り出した。
ごそごそと動いているものの気配に隊士達が目を擦り始める。夜着に隠れて下帯を身に着けると、ようやく落ち着いて着物へと着替えることができた。

総司が布団をしまい始めたところに、顔を洗ったセイが戻ってくる。セイの姿をみて、総司が先ほどの言い訳を口にしかけた。

「あっ、あの、神谷さん」
「おはようございます!」

総司の顔を見もせずに怒鳴る様に叫んだセイは大きく隊部屋の障子をあけた。
総司が急ぎ足でセイの傍を去ってから、何か自分がしただろうかと首を捻ったセイだったが、ばしゃばしゃと自分も顔を洗っているうちにはっと思い当たったのだ。

つい先日の事も思い出せば、総司にも男の事情があることくらいわかる。
それならば先ほどの総司の慌てた態度もわからなくもない。ならば、そ知らぬふりをするしかないではないか。

「……なんだよ。神谷も沖田先生も起床の太鼓より早いじゃないですか」
「たまにはいいじゃないですか」

振り返ったセイが気まずさを振り払うように元気な声を上げる。すぐそばに総司がいるにも関わらず、目の前の総司よりも奥にいる山口や相田の方へと話しかけながら布団を畳む。

自分の行李から着替えを取り出すと起き出した隊士達にまぎれて着替えに向かった。

「……沖田先生?」
「はい?」
「……お顔が怖いです」

にっこりと作り笑顔を張り付けたままの総司に小川がひきつった顔を向けた。
総司の異様に凍りついた笑顔が寝起きの部屋をどうしようもない空気で満たしてしまう。

―― 私だってこんなの……

ひきつった顔はそのままに胸の内で泣きたいほど情けない気分になった総司である。

朝餉を終えた後、全体稽古を終えると一番隊は午前中に巡察に出た。総司とセイのそんな気まずさも次々と隊務をこなしていれば、仕事の間だけは忘れられる。

巡察を終えて戻った一番隊は、屯所に戻って昼をとればこれで明日の午後までは非番と同じだ。やれやれと一息ついた総司の元へセイがやってくる。

「沖田先生。お時間がありましたら甘味でもいかがですか?」

いつも通りの笑顔で、いつも通りの誘いにほっとした総司はええ、と頷いてすぐに刀を手に立ち上がった。

「今日こそ、心行くまで堪能させてもらいますよ?いつも神谷さんに駄目って止められちゃいますからね」

ふむふむと一人頷きながら、なにをどれだけ食べようかと指を折って数えている総司と共に、セイは歩き出した。

「先生が加減なさらないからですよ。今日だって、おぜんざいなら五杯までです」
「えぇ~。それはないですよ。十杯はいけますから!」

渋るセイにねだりながら歩いていく二人に、一番隊の面々もようやくぎくしゃくしていた二人が元に戻ったかと胸をなでおろしていた。

普段、総司はあまり気にせず甘味処に入るがぜんざいや汁粉屋は酒を出す店が多い。
それは甘味であれば、若い娘を伴って男が入っても違和感がないからだ。

「こちらの小上がりにどうぞ」

共に刀を腰から抜いて座敷に上がった。店の方でもこの二人にはもう慣れている。毎度、侍がぜんざいの椀を恐ろしいほど積み上げることを思えば、慣れるのも当たり前ともいえる。

とりあえず五杯、とにこやかに総司が頼むとセイは引きつった顔で二杯、と指を立てた。

「ふふ。神谷さんと一緒にいただくのは久しぶりじゃないですか?」
「それは……、先生が……」
「あ、ああ……」

確かに久しぶりで嬉しかったのだろうが、それを言ってしまうと、また件の話に戻ってしまう。歯切れ悪く、目の前の机に視線を彷徨わせたセイが、そういうと総司もうっかりした事に気づいて、曖昧に頷く。

せっかくセイが許してくれたのにと思うと、もぞ、と総司は座りなおした。

「あの。きちんと謝っていなかったのできちんと」
「それより!」

背筋を伸ばした総司が謝罪を口にしかけたところを顔を下げたままのセイが強引に遮った。

「あの、訂正……してください。私だって、隊にいて何も知らない子供じゃありません」
「……は?」

口を開いてぽかん、とした総司に向かってもうっと小さく呟く。ぐっと奥歯を噛みしめたセイは、自分の刀を引き寄せて、奥に向かって声を張り上げる。
セイは、今日、総司を甘味処に誘うことに、ありったけの勇気を振り絞っていた。

「すみません!ぜんざい、やっぱりやめときます!」
「えぇ?!だって、ぜんざい」
「いいから来てください!」

総司の手を掴んで刀を押し付けると、セイは総司を引きずるようにして店を飛び出した。
わけもわからずにセイに引きずられた総司は怒った顔のセイに手を掴まれたまま、通りを抜けていくと、馴染みの貸座敷にセイが入っていく。疑問符がたくさんついたまま、総司はセイに続いて座敷に上がる。

女将の案内でいつもの離れ座敷に通されると、セイは女将に酒と何か甘いものをと頼んで、部屋の中へと入った。

「神谷さん、一体どうしたっていうんです?せっかく、ぜんざいの胃袋になっていたのに」

腹のあたりを触って、情けなさそうな顔をした総司にセイはむぅ、と口を一の字に引き結んで黙り込んだ。羽織を脱いで衣文にかけると、無言で総司の背後から羽織に触れた。それが、羽織を預かるという合図だと総司にも伝わる。
されるに任せて羽織を脱いだ総司から引き受けると、同じく衣文にかけた。

「おまちどおさんどす」

女将が酒と練りきりの乗った膳を運んできて、出ていくまではセイは口を開かなかった。怪訝そうな顔で様子を見ていた総司は、ひとまず運ばれてきた膳を前にセイの様子を見ている。

二人きりになると、大きく息を吸い込んだセイが、畳に手をついて総司の方へとにじり寄った。

「……どうぞ」

セイが総司に向かって酌をしてきたので、セイの顔と手元を見比べてから盃を手に取る。朱色の杯に透明な色が滑る様に流れ込んで、ふわりと酒の香りが漂う。

続いて、自分用に酒を注ぐと、総司を待たずにぐいっとセイが酒をあおった。

「はぁ……」

まるで勢いつけるような一杯を飲み干したセイがじっと総司の手元を見つめる。飲めと無言で言われている気がして、総司はわけがわからないながら、舐める様に酒を口にした。

– 続く –