誇りの色 6

〜はじめの一言〜
副長も悩ましいよね。自分で飛び出したくならんのかな

BGM:
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セイは不満に思っていたが、もともと土方の腹案では、効果があった場合、一度に情報が集まりすぎても対応できないとはなから踏んでいたのだ。

副長室には密かに訪ねてきていた山崎と、総司が額をつきあわせていた。

「こっからここまでは、町の者を使って調べます。お茶の子ですからちょいと、お時間いただきます」

角度の高そうなもの、高くなさそうなものに仕分けた情報をもとに、探索の方策を練っていた。
やはり人数が少ないからか、噂話も警戒されずに耳にできるのか、雑多な話が多いが、中には目撃情報など、角度の高そうな話もちらほらと混じっている。

「しかし、思った以上に効果がありましたねぇ」
「馬鹿。俺がそんなに見込みの薄いのに手を出すと思うのか?」
「そりゃ、そうですけどね」

これが近藤との会話だけならもっと緊張感がある会話になっていたかもしれないが、顔ぶれが顔ぶれである。飄々とした山崎と呑気な口調の総司とでは、どうにも雰囲気が軽くなる。

まったく、こいつらは、と腕を組んだ土方はそれでも好調な滑り出しに満足していた。

「ざっと半月ばかりで、上がったネタの始末をつけて、次は五日ばかりやってみるか」
「そうですね。今回は初めて三日で中断しましたから、元気が有り余ってる人もいるみたいですし」

茶道具を運び込んで、自分で入れた茶をずずっとすすった総司は、頭の片隅ではセイの事を考えていた。今回は斉藤と総司の二人に叱られたので大人しく引いたようだが、いつもこの調子ではいつか大怪我をするような真似をするかもしれない。

くすっと笑った山崎は、残りの半分をそれぞれまた仕分けしながらからかいを口にした。

「沖田先生のご心配は決まってますからねぇ?」
「なんだ。また神谷か」

いい加減、衆道を疑うことにも飽きが来るほどだが、そういえば最近総司にその手の説教をしていなかったと思い出した土方は、じろりと総司を睨んだ。

「お前もいつになったら弟子離れするんだ。今回はだから斉藤に預けたんだぞ」
「そんなんじゃありませんよ。山崎さんも嫌だなぁ。別に神谷さんがどうってわけじゃありませんけど、せっかく割り当てられて意気込んでた人たちがいるってだけで……」
「ほう!それはどの隊のどいつだって?」

他にもいるとお茶を濁そうとしたが、そんなことで言い逃れできる相手ではない。にやりと意地の悪い顔で畳みかけられて答えに困った総司は苦し紛れにぼそぼそと呟いた。

「わ……、私、と斉藤さんとか、ですっ」
「ぶっ……」

それを横で聞いていた山崎が盛大に茶を吹いた。慌てて懐から手拭いを取り出して、あたりを拭いたが、こめかみを引くひくさせた土方にがつっと拳を落とされて、のたうちまわる。そして、お前も同罪だと言わんばかりに、総司にも拳骨が落ちてくる。

「いっ!!たい……ですよ。土方さん」
「そうや。私がここに忍んできてるのがもし誰かにばれたらどうします?」

総司と山崎の二人から不満をぶつけられた土方はじろりと二人を睨み返した。そして仕事の話に戻ると、角度の高い話の中からいくつかの処置を下した。

「どうせ匿う方も俺達をいけ好かないと思ってるやつらばかりだろうが、一応、あまり事を荒立てるなよ」
「さすが、土方さん。優しいですね」
「事を荒立てて、ほかの奴らにも警戒させるわけにはいかん。それだけのことだ」

当たり前のことに何を言う、と土方があっさりと否定したが、総司と山崎はちらりと視線を合わせた。この無類に照れ屋な男のことはよく知っている。

頷くと、密かに山崎は身を隠して屯所を出ていき、総司も隊部屋へと戻っていった。

 

珍しく、廊下でぶらりとしていたセイは、庭先を眺めながらぼんやりしていた。そろそろ先日の斉藤と歩いた時間が近い。
同じ時間なら同じ相手が通りかかる可能性も高いかもしれない。

ぶるぶるっと首を振ったセイは、一人で自分の顔を押さえた。

「駄目だ。駄目っ!また伏見みたいなことやっちゃ……。でも、あの時とは違って、今回は確かめるだけだし……。いやっやっぱりちゃんと兄上は報告されてるだろうし、そしたら監察方だって動いてるはずだ!」

どうしても気になって足を向けたくなるところを自分に言い聞かせたセイは、珍しく手持無沙汰だから余計なことを考えるのだと、稽古着を手にすると道場へ向かった。

こんな時間の道場など人がいる時間ではない。稽古着に着替えたセイは、壁にかかっている竹刀を手にすると、一人、素振りを始めた。
自分で満足する数を数え終えると、竹刀から木刀へと替えて今度は床に座った。

目の前に木刀を置くと、膝に手を置いて静かに目を閉じる。
セイの脳裏にはあの二人の男達が現れた。

がっ、と木刀を掴んだセイは、片膝をたてて相手の一人に向かって、膝のあたりを斬りつけた。相手がうっと体勢を崩して体が傾いたところへさらに振り下ろす。
肩口を斬ったセイはすぐに身を翻して相手から離れる。

腰を落としたセイが、構えた木刀の先に相手を見る。相手が連れを斬られたことで怒りに燃えて振り上げた刀をセイに向かって駆け寄りざまに振り下ろす。

「はぁっ!!」

身をかわしながら相手の一太刀を避けて回りこんだセイは、振り向きざまに刀を振るったが、あっさりとかわされる。

「ちっ」
「なかなかよくつかっているな」

もう一歩と足を踏み出したところにぼそりと声がした。道場の入口に羽織を脱いだ斉藤が壁の木刀を手にする。

「兄上!」
「どれ。少し相手になってやろう」

かかってこい、と木刀を握った斉藤にぱあっと顔を輝かせたセイはもう一度構えなおした。

「お願いします!」

身を起こしたセイは木刀を下げて軽く左足を引いた斉藤に向かっていく。じりじりと間合いを狭めると、踏み切って効き足とは逆の方向から木刀をふるった。

予想通り、受け止められた後、くるりと斉藤が捻った木刀に絡め取られそうになって、瞬間、木刀を引いた。
構えなおしたセイの一刀をさらに受けた斉藤とセイの木刀の音が響く。

夕日が差し始めた道場の入口から道場の中を朱色に染めていた。

– 続く –