誇りの色 5

〜はじめの一言〜
やっぱりこうですよね

BGM:
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ぼーっと隊部屋の隅で膝を抱えていたセイは、無意識に体を揺らしながら考え込んでいた。

確かに土方は後をつけることはしなくていいと言った。
おそらく、普通の隊士達では、相手に気取られたり、尾行に失敗する恐れがある。だから、どこでどんな者達を見かけたのかだけを報告しろという事だったはずだ。後の事は監察の隊士達が、場所を張るなり、なんなりすればいい。

だが、あの時セイが一緒だったのは斉藤である。
斉藤と一緒に後をつけたとして、仮にしくじることがあるとは到底思えなかった。

―― もし、兄上がそれを良しとせずに、鬼副長の言うとおりにしようとしていたとして出すぎたという事なのかな

夕餉を食べている最中も眉間に皺を寄せていたセイが、悶々と考え込んでいた上、いつもならそんなセイに話しかけて明るく和ませるはずの総司は、副長室で夕餉をとっているらしく隊部屋には戻ってこなかった。

一番隊の隊士達は顔を見合わせて、互いに肘でつつきあったが、何を話しかけても生返事のセイに徐々に口数が減り、最後には無言になってしまう。

「だぁぁぁ!!」

突然叫んだセイががばっと立ち上がった。セイの様子を気にしていた隊士達がびくうっと飛び上がる。

「……顔洗ってくる!」
「お、おう……」

真剣な顔でそういうと、すぱん、と勢いよく障子を開いてセイは庭先の井戸まで大股で歩いていった。
井戸端まで来ると、水を汲んでざぶざぶと顔を洗った。

「もう考えない!私は先生たちの言う事を聞く!」

ぱん、と顔を洗った後自分の顔を両手で叩いたセイは、水に映った自分に向かって叫んだ。
今の自分が斉藤や総司に勝手に意見をすることなど、間違っていたのだと自分に言い聞かせる。

―― そうだ。自分は平隊士で、選んでいただいたんだ

身勝手なことを言ってられない。
自分に向かってそう言い聞かせると、セイはもう一度、勢いよく顔を洗う。平隊士には平隊士の仕事があると言い聞かせたセイは、懐から手拭いを取り出すと、顔を拭って隊部屋に戻った。

「ただいまっ」
「お、おう」

勢いよく障子を開けたセイは、戸惑いながら迎えた山口達に握りこぶしを突きだすと、自分の布団を敷いた。隣の総司の布団を敷くと、きちんと掛布団を整えていたところに総司が戻ってきた。

「あ。どうもありがとうございます。神谷さん」
「はい!あの、さっきは申し訳ありませんでした!」

ちょうど着替えようとしていたセイは、ばさっと大きく頭を下げると、その勢いで袴がずり落ちそうになる。
わたわたと、袴を手で押さえたセイが、薄ら顔をあかくしてえへへ、と笑った。
裾を引っ張って、とりあえず長着姿になっておいて、もう一度頭を下げる。

「立場も考えずに、余計なことを申し上げ増した!心を入れ替えてまた明日からよろしくお願いします!」

頭を下げっぱなしだったセイの足元にしゃがみ込んだ総司が下から顔を覗き込んだ。

「あのー、神谷さん。そんな風に頭下げてたら頭に血が上りません?」
「?!」

がばっと顔を上げたセイににこっと笑った総司は、自分も夜着に着替えるために部屋の隅へと歩いていく。その後ろからだだっと駆け寄ったセイが総司の腰のあたりに抱きついた。

「ぐはっ!……なにするんですかっ」
「先生!ずっとついていきますから!」
「はぁ?!何をいきなり」

急に勢いのついたセイに、ほかの隊士達がぎょっとしてセイに釘付けになる。むぎゅっと腰のあたりに腕まわして抱きつかれた総司が耳まで真っ赤になっ た。総司が行李に突っ伏しているのも構わず、すぐに総司から離れると自分の夜着を手にしたセイは厠に着替えに出て行ってしまった。

白々とした目で、総司を見ていた相田が、懐から懐紙を取り出すと、総司の元へと歩み寄った。

「沖田先生どうぞ」
「……どうも」

突っ伏していた総司は顔を上げずにその懐紙を受け取ると、鼻血の滲んだ手をごしごしと拭った。
肩を落として、膝をついた総司がしょんぼりと鼻血を拭っている姿を見ていると、幸せなのか、かわいそうなのか非常に悩ましい。

小川が山口と相田にむかってぼそりと呟いた。

「最近の神谷ってよぅ。勢いがあるっつーか」
「凶悪っつーか……」

総司の反応をもう一度振り返った三人は、同時に頷いた。

「まあ、本人は幸せなんだからいいんじゃね?」

鼻血にまみれた総司はもそもそと夜着に着替えて、そのまま布団へともぐりこんだ。部屋に戻ってきたセイは早々と布団を頭まで引きかぶっている総司にぎょっとしたが、切り替えの早いセイは、同じく早々と布団にもぐりこんだ。

翌朝、早々と横になったはずなのにちっとも眠った気がしない総司と、対照的に元気を補給したセイが井戸端に並んでいると、三番隊の面々もそこに現れた。

「おはようございます!兄上!」
「……おはよう」

妙に生きのいいセイに、ちらっと総司の顔を見た斉藤は、昨夜何があったのかと思いながら水を汲み上げると桶に手拭いを浸した。

先に顔を洗い終わっていたセイは使っていた房楊枝を離すと、斉藤に向かって話しかける。

「兄上。あの少人数の巡察は一時中止になりましたけど、もう一度再開された時はまたよろしくお願いします!心を入れ替えてずっとついていきますから!」
「ごふっっっっ!!」

顔を洗っていた斉藤が思い切り鼻で水を吸い込んでむせかえる。悶絶した斉藤がもがいていると慌ててセイが新しい水を汲んで、桶の水を入れ替えた。三番隊の隊士達が気遣うが、こればかりはどこを擦ることもできない。

「ぶぉっ!ごふっ、げほげほげほっ!」
「だ、大丈夫ですか?斉藤先生!」

何かしなければと楊枝を放り出して斉藤に駆け寄りかけたセイの首根っこを押さえた総司がむっつりと言った。

「いいから行きますよ。斉藤さんには三番隊の皆さんがついてますから」
「え?!あの、でも」
「さ。今日の朝餉はなんでしょうね」
「ええ?!沖田先生?」

ずるずると歯磨きも途中だったセイを引きずる様にして井戸端を離れた総司は密かにため息をついた。この場合は、セイに面倒を見させるよりもとりあえず斉藤の前からセイを引き離したほうが正解である。

―― まったく、どうにかならないもんですかねぇ……

昨日、セイを叱りつけたばかりだと言うのに、もうすでに切り替えて元気になっているセイに、総司は自然と口角が上がってしまうのだった。

 

– 続く –