～はじめの一言～
大変長らく・・・

BGM：
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「思っていたよりも早いな」

監察方の知らせを受け取った斉藤はそのまま、文を開けることなく副長室へ急いだ。隣の部屋にもきっちり声をかけるところは、斉藤も仕事と私情の切り替えがはっきりしているからだ。

総司と並んで土方の前に腰を下ろした斉藤は、自分宛の文をそのまま土方に差し出していた。
走り書きで書かれた文を開いた土方は、状況を理解すると、采配はそのまま斉藤に任せると言った。

「一番隊と三番隊でいけるだろう。監察方は、見張りだけで隠れ家を囲い込んだら下がらせろ。周りへの被害はほどほどにしておけよ」
「ほどほど、ですか」

土方にしてみれば、小粒の巡察で見つけた不逞者の一組に過ぎない。この一件だけが特別な仕事ではないのだ。
それよりも、彼らのような者を匿う事に対して、少しの見せしめくらいは構わないという土方に、斉藤は複雑な顔を一瞬だけ覗かせる。
土方流の言い回しなのだが、素直には頷きにくい。

「まったく、土方さんはやんちゃなことを言いますねぇ」

真面目な斉藤には複雑だが、総司はわざと軽く受けて見せた。騒ぎを広めるつもりなどないくせに、ひねくれた土方にあわせるのは付き合いがいいというべきなのか。

「ちょっとやそっとじゃ見せしめにはならないでしょう？どうせなら、町方や所司代も出張ってきてもらうくらい派手にいきますか？」
「……お前は限度ってものをしらねぇのか」

俺はほどほどって言ってるんだ、とぶつぶつ零す土方に小さく笑った総司は、膝を回して斉藤に体を向けた。土方の手から斉藤の手に文は移動している。

「日が落ちてからでは遅いみたいですね」
「ああ。その前には奴らの隠れ家を囲んでおいたほうがいいだろう」

総司にも読み終えた文を差し出したが、総司は首を横に振った。今回は斉藤が仕切りというなら斉藤に任せればいい。余計な情報は判断を鈍らせる。
土方が広げた地図の中で隠れ家の場所、隊士達を配置する場所を確かめて、監察への手配りを確認する。

「いつも通りにな」

ひらりと片手をあげる仕草は山崎に似ている。土方のもういけ、という合図に斉藤と総司は副長室を後にした。
ぱたん、と閉じた障子の合わせ目に指を置いた総司はくるりと振り返る。

「斉藤さん」

ちらりと顔を向けた斉藤にむかって、とん、と軽く刀の柄に手を置いた。

「隊士達には、彼らを逃がさない様に周りを固めさせますか？」

隊士達が束でかかってもおそらく彼らは逃げ延びるだろう。相手をするのは自分達だと初めからわかりきっている。すっと前を向いて歩き出した斉藤は、当然のことをだと答えなかった。

隠れ家に戻った春蔵と又四郎は、隠れ家の中を動き回っていた。ほとんどの物は置いて行っても困りはしない。金だけは胴巻きに入れて、身に着けてある。後は、身軽にこの家を出て行けばいいだけだ。

「暗くなったな」

灯りを入れる時間はとうに過ぎて、部屋のあちこちに蝋燭をたてており、外から見える部屋にはわざと百目蝋燭を立てた。
家の中に二人がいるぞ、という意思表示でもあった。

「そろそろ行くか」

これ以上遅くなれば、この家を出た後に泊まる場所に困るだろう。面倒は避けるに越したことはない。総司達とは違って、足元も、普段の足袋と草履のままで玄関ではないほうへと回る。

「又四郎」
「あん？」
「……大阪は、美味いものが多いらしいから楽しみだな」

にやりと笑った春蔵と共に、又四郎は座敷の板戸を開いた。
負けるわけがない二人にとって、これからの事は些細な出来事でしかない。

「さっさとかたづけていこうぜ」
「ああ」

小さな庭というほどもないところへと出た春蔵と又四郎は家の周りを添うように歩き出した。暗くなってはいたが、まだ人通りはなくなってはいない。

その家の周りを取り囲むように隊士達が息を殺して、暗闇に身を潜めている。一番、隠れ家に近い場所に斉藤と総司がいる。そして、その傍にはセイがいた。

「沖田先生。私が行ってもいいでしょうか」
「駄目ですよ。あなたは見届けるだけの約束です」

煌々と明かりの灯る隠れ家を見張っていたセイが痺れを切らして総司の前へと出ようとする。それを強く腕を掴んで引きとめた。どちらも修羅場を潜り抜けた同士。隠れ家を見張る者と、隠れ家の中から様子を窺う者としてお互いの気配を探り合っている。

「もう出てきますよ。おそらくね」

総司がそう言って、セイを下がらせた直後、隠れ家のすぐ脇の路地から黒い人影が現れるのが見えた。見張っていた隊士達の誰もが息を飲んで、身構えた瞬間、誰よりも早く斉藤が歩き出す。

「……」

斉藤が黒い影に向かって歩き出すと、影の主も斉藤に気づいたらしい。足を止めて斉藤の方へと向き直った。

「やっぱりあんたが出てきたか。新撰組の斉藤さん、だったよな」
「ああ」
「この前は半端に手加減してくれたもんだから参ったぜ。今日はそんなことはないよな？」

又四郎が左肩を前に出して、軽口を叩いたが顔全体は笑って見えるのに、その目だけは暗くてちっとも笑っているようには見えなかった。口を開くことなく頷いて見せた斉藤の後ろから総司が近づいてくる。

「そちらの方のお相手は私がしましょう。私は」
「新撰組の沖田さんだろう？人斬り鬼の」
「そんな二つ名はありませんが、確かに沖田です。あなたは森春蔵さんですね」

名を確かめる口調は尋ねているわけではなく、断定するものだ。
総司はわずかに肘を軽く引いて、身構えながらその場のすべての気配を感じ取る。隊士達が離れた場所から周りを囲務輪を狭め始めた。

「できれば戦わずに済ませたいんですが、一緒に来てはもらえませんか」
「案外、人斬り鬼と呼ばれていても、間抜けなのか人がいいのか、どっちなんだろうな。そんなことを聞いても答えなどわかっているだろうに。俺達もあんたたちも同じだろう？その黒い着物には、数えきれないくらいの血が染みついている。穏便に済むはずなどない」

互いの呼吸を図っていたのか、又四郎と春蔵が邪魔にならない距離を取りながら刀を抜いた。踏み込んだ春蔵の太刀先が総司の羽織の紐を跳ね飛ばす。

「っ！」

咄嗟に身を引いた総司も、鞘ごと引いた刀で春蔵の一太刀を防いだ。

「沖田先生！」

離れたところから見守っていたセイが声を上げた。

–　続く　–