誇りの色 28

~はじめの一言~
当然勝つつもりです。彼らは負けるなんて思ってませんから。

BGM:
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一人当たり、三本は飲んだだろうか。徳利が空になって、床の上にごろごろと転がった後、店の下男が現れた。空になった徳利と、膳を下げがてら、様子を見に来たのだ。

少しも寄った素振りもなく、春蔵が頷くと白粥と具のない味噌汁が運ばれてくる。

二人とも、それを腹に流し込んだ。

「美味かったな」
「ああ」
「いくか」
「そうだな」

互いに視線を合わすことなく、春蔵と又四郎は言葉を交わすとのっそり立ち上がった。妓達は、そのまま眠りこけているらしいが、構わなかった。店にはすでに払いを済ませてある。

余分に渡した金で着物も整えてもらったので、折り目のついたきれいなものに着替えてある。

もうすぐ日が暮れると言う頃に店を出た二人は、ゆったりと隠れ家に向かって歩き出した。

 

 

 

店を張っていた監察方の隊士は、堂々と窓から顔を覗かせた春蔵と又四郎に驚いていた。
身を潜めているのならもう少しあたりに気を配ってもよさそうなところだが、あまりに堂々としていることに驚き、気取られない様に見張っていることも忘れて見上げてしまっていた。

しばらくして、春蔵の後に又四郎が窓から下を見下ろしてきたときにはさすがに顔を伏せたが、相手が勘がいいなら春蔵には気取られかねない真似をしたと後悔する。

―― やべぇ。何かがおかしいぜ。あの二人……

一見、ごく普通に見えて、何かが普通ではない。普通ではないからこそ、彼らが危険だと判断した相手ではあるのだが、見張っている隊士達にとってはこの一瞬が恐ろしいと思う。

早く交代の時間になってほしい。
背筋を這いあがるような恐怖を抱えて、見張りの隊士は次の連絡が待ちきれず、見張所にしていた水茶屋の小女に頼んで、監察方の連絡所へ使いを走らせた。

たまたま立ち寄っていた山崎がその知らせを見たことで、監察方の動きは急に慌ただしくなる。屯所にいる斉藤宛に使いを出した山崎は自ら、花街へ足を向けた。

見張所にいた隊士にちらりと視線だけを投げた後、しれっと春蔵達が上がっている店へと入っていく。店でも暇そうにしている妓を相手に線香の一本分だけ店にあがった。

床を共にするでもなく、茶飲み友達のように語らって、僅かの休憩とばかりに楽しげに遊んだ山崎は、きっちり一本分の時間が過ぎると、ひらひらと手を振って店を後にした。

妓を相手に話を聞きだすことなど造作もない。又四郎達が居続けしていることも、急に金をはずんで着物を整えさせていること、白粥を頼んだと聞いた山崎は確信した。

―― 奴ら、今日は店を出る気やな

それが京を出るつもりなのか、隠れ家を変えるつもりなのか、いずれにしても動きはあるはずだ。それに、白粥を頼んだということは、何かをするつもりなのだろう。剣客なら立ち会いの前に済ませるような支度が山崎の胸に確信を与えていた。

店を出た山崎はさりげなく見張りの隊士に合図を送った。

『人を寄越す』

一人では見張りきれるものではないだろう。もし彼らが動いた時に、知らせを走らせる者の手もいるはずだ。
連絡の場所に足を向けた山崎はすぐ、追加の隊士を走らせた。入れ代わりに屯所からは文が届く。

「……やっぱり、副長はんは動きがはやいなぁ」

斉藤宛に文を出していても、当然土方にも話は伝わるはずだ。そう思っていたが案の定、返事は土方からである。開いた文に目を走らせると、幾度か無意識に頷いてから文を丸めて捻り上げた。
火鉢の中へそれを放り込むと、一瞬、ふわりと火が舞い上がって、あっという間に燃え尽きる。

ここは床伝でもなく、本当に連絡のための場所なので、最低限の物しかないが、留守居の隊士が、山崎に向かって白湯を差し出した。

「動かはりますか?」
「ああ。日が暮れる前には、あっちの方に人が仰山必要になる」
「左様で」

この口数の少ない男は隊士ではない。前は破落戸の仲間として無頼に過ごしてきた町人だが、潜入していた山崎に惚れこんで、こうして従うようになった。
今では山崎の信頼の厚い部下の一人である。

茶もない部屋の中で、白湯をすすった山崎は、腹の中から温まると茶碗を置いて立ち上がった。男に告げた通り、“あっち”の方に人を采配しなければならない。

「お気をつけて」
「ああ。すまんな」

ひらりとここでも片手をあげた山崎は、連絡所を後にして、春蔵達の隠れ家へと急いだ。

その間に、春蔵達を見張っていた隊士は二人に増えていた。同じ場所に二人では目立ってしまうために、それぞれが違う場所で見張っている。

日が暮れるまでには動くかもしれないと言われれば、その緊張は時間と共に増していく。そこへ、春蔵と又四郎が小ざっぱりした姿で店を出てきた。

「……!」

初めから見張っていた一人は、すぐさま連絡所へと走りだした。もう一人はごくりと息を飲むと、後をつけ始めた。

「……いい天気だな」
「日が暮れるってのに」

くくっと笑う又四郎の目にも、春蔵の目にも朱色に沈む太陽と、闇色に染まりだす空を見上げた。

「いい天気はいい天気だろう。夕日だというのにこれだけ空が晴れている。夜は冷えるかもしれないな」
「夜が冷えるってのには同感だ。そろそろ冷えてきたんじゃねぇか?」
「それは気の持ちようだろう」

ゆっくり歩いても日が沈む前には隠れ家に戻れるだろう。そうしたら、あたりが闇に包まれるまでもうしばらく間がある。

「少し早かったんじゃないか?俺はあんまり待つのは好きじゃねぇんだよ」
「そのくらいは刀の手入れでもして待て。俺達は血に飢えてるわけでもないだろう」

人殺しを楽しんでいるわけではない。志に燃えているわけでもない。
それでも、力のある者と戦う楽しみ、まして相手が、浪人上がりの新撰組隊士となればそれを楽しみに思わずにはいられない。

「早く終わらせてここを出ようぜ」

―― ようやく、身軽になったんだからよ

春蔵を誘う声を聞きながら、後ろをつけてくる者の気配を感じ取っていた。

 

– 続く –