夕焼けの色~「喜」怒哀楽 4

〜はじめのつぶやき〜
舞い上がるだろうなぁ。先生の目の前からセイちゃんを借り受けて半日二人きり!

BGM:Superfly 輝く月のように
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「お待たせしました」

女将が出て行ったあと、しばらくしてからセイが襖を開いた。

「……」

思わず言葉を失った斉藤の目がいつかの光景を思い出すように細められた。

―― 沖田さんの見合いの日の神谷と同じだな……

あの時は浅葱の着物を着ていたが、今日は桜色の着物を着ている。色白な顔によく映えて女らしい柔らかな姿。

「……馬子にも衣装というが、なかなかだな」
「あのう、それはいくらなんでもひどいんじゃないでしょうか」

本当は見惚れたのだといえなくて、呟いた言葉に、俯きがちだった顔からぼやく声が聞こえた。

「これでいかがでしょうか?」
「む。……いいだろう」

尊大な顔をした斉藤にぶつぶつとこぼしている間に、昼餉が運ばれてくる。その間も、斉藤はセイの姿から目が離せなかった。

昼餉の味もわからないほどたった一人の存在に惹かれる。

―― 人をどうこういえるものではないな

「はー。おいしかった……じゃなくて、おいしかったです」
「俺には普通で構わん」
「そうは参りません。慣れておかないと、いつぼろが出るかわかりませんから」

立ち居振る舞いを女将のものに似せてセイは何度も部屋の入り口とそれから座に座るまでを繰り返す。そこに女将から声がかかった。

「失礼いたします。お約束の方、お見えにならはりましたえ」

慌てて部屋の入り口のところに膝をついた。廊下から襖を開けた女将が案内してきた持田とその娘が部屋へと足を踏み入れる。

「お待たせいたしました。斉藤殿。これが娘の久でござる」

人のよさそうな初老の男が娘を連れて斉藤の正面に座った。
二人を案内したセイも、戸惑いながら斉藤の隣に座る。

「斉藤様、久と申します」

セイと同じ桜色の着物に身を包んだ久は、色白でひどくきれいな女性だった。

―― これなら、確かに、斉藤先生にどうしても一目、あったうえでそれで断らせようと思うはずだ

女のセイが驚くような女性で、いまだに独り者だというのが不思議なくらいだった。

「そちらが……」
「亡き、友人の妹でセイ殿です」

はっと我に返ったセイは、手をついて頭を下げた。

「富永セイと申します」

持田も久もにこやかに頷いて斉藤を見た。茶が運ばれてきて、他愛ない時候の挨拶を交わした後、先に口を開いたのは斉藤の方だった。

「せっかくのご縁でしたが、この通り、申し訳ない。だが、お目にかかり、いよいよもって不思議でござる。久殿であれば、某よりももっと良いご縁がいくらでもあるのではないか?」

見目も美しく、恥じらうように座る姿を見ていれば、これまで良縁に恵まれなかったことが不思議でならない。

茶を口にした持田は、隣に座る娘にちらりと視線を向けた後、ほろ苦い笑みを浮かべた。

「そう、申してくださるのはありがたい。そして、そう申される方も多い。実は、久には国元におりました頃、それこそ、降る様に縁談を持ち込まれたものです」

時には、持田の出世を持ち出しても久を嫁にという者さえいた。

「決して、某は娘を道具にして出世を望んだりはしませぬ。しかし、娘が幸せになればと、幾度か頷きそうになったこともござった」

それはそうだろう。相手の立場がよくて、娘を真剣に望んでくる場合、それを喜ばない親などいないだろう。この時代、花嫁になる娘の気持ちなどは二の次、三の次であることが多いのだ。

「ですが、いざ話を進めようとすると、相手の方に不幸や厄災が降りかかり、幾度も立ち消えになるにつれ、不吉な娘だと話が広がってしまい……」

持田のことは、不吉な娘を持った哀れな父ということで立場がまずくなることはなかったが、久に縁談を持ち込もうという豪の者はいなくなった。

「国元では、年頃の子がおる家では知らぬ者はいないというありさまで。お役替えにより京へ上ることになった際に、久を連れてまいったのは、我らのことを知らぬ土地で、新しい縁があればと思ったのでござる」
「そうでしたか」

久の、抜けるような青白い顔の意味が分かった気がした。武家の娘はほとんど家から出ることは少ないがそれにしても色白すぎるのは、日頃家に閉じこもってばかりの暮らしぶりだからだろう。

持田は、セイのほうをむいてにこりと頷いた。

「このような話を隠して、斉藤殿に無理強いをしてしまい、まことに申し訳ない。しかし、無理を言ってセイ殿をお連れいただいてよかった」
「え……」
「このような席に、さぞやご不快であっただろうに、セイ殿は少しも嫌な顔もなさらぬ。健康そうな姿といい、溌剌としてこちらまで元気を分けていただくようなお人柄とお見受けしました」

年の功だろうか、ぴたりとセイのことを端的に言い当てた持田は、居住いをただした。

「真に斉藤殿にはお似合いの娘御でござる。どうか、お幸せにすごされよ」
「かたじけない」

なんとも言えずに、斉藤はそれだけを口にする。訳を聞いてみれば断りも言いづらいところだったが、初めから持田親子は自分たちが納得するためだけにこの場に現れたらしく、セイをみて、にこにこと頷き、勝手に話を終わりへと持って行こうとする。

それでは、と座布団を外して頭を下げかけたところに、いてもたってもいられなくなってセイが口を開いた。

「あの!お久さん、は……その、時に、お日様は好きですか?!」
「……お日様、といいますと、そのお天道様のお日様でございますか?」

帰ろうとずりずりと後ろに下がりかけた久が驚いて、セイを見た。斉藤でさえ、いきなり何を言い出すのかと驚いてしまう。
それでも、セイは、化けの皮などすっかり忘れそうになって、ぶんぶんと頷いた。

「はい!そのお日様です!私、時々お日様をみて、そよぐ風を感じて、草木を見ていると、くさくさしていた悪いものがみんなどこかに行くような気がするんです。もし、もしよかったら、お久さんも試してみてください!……って、あ、私みたいに歩き回ったりできないか……」

言い出したものの、女子の身で好き勝手に散歩なども早々できるわけではないことを思い出して、話の収集が付かなくなる。困り果てたセイに持田が朗らかに笑った。

– 続く –