夕焼けの色~「喜」怒哀楽 1

〜はじめのつぶやき〜
準備不足~だけど時間になっちゃうので始めます。

BGM:Superfly 輝く月のように
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「神谷。すまんが、少しいいか」
「はい。なんでしょう?斉藤先生」

勘定方の部屋を出て隊部屋に戻るところだったセイは、通りかかった斉藤に呼び止められた。
このところ少しずつ、掃除などの雑用が減って代わりに、近藤や土方の手伝いや勘定方の手伝いなどが増えている。なので、雑用に追いまわされることは減ったが、仕事は重みを増しているのだった。

今日も月の掛け取りや支払いに追われる勘定方の手伝いをしていたので、体よりも気持ちがヘトヘトになっている。

「……疲れているようだな」
「あ!いいえ!そんなことはございません」

うっかり顔に出たか、と自分の顔を両手で思い切りたたくと、セイの頬が赤くなる。
そんなことをしなくても、セイの顔を見れば元気なのか、疲れているのかくらいはわかるのだと思ったが、あえてそこには触れない。ふむ、と引いていたきき足を踏み出すと、セイの頭を撫でた。

「斉藤先生??」
「む……すまん。実は明日の午後なのだが、時間がないだろうか?」
「えと、巡察もありませんし、待機ですから大丈夫かと思いますが」

妙に歯切れの悪い斉藤は、口元に手を当てて何か考えていたが心が決まったのか、一つ頷いた。

「じゃあ、副長と沖田さんに断りをいれておくので、すまんが少し付き合ってくれるか」

いつもと何一つ変わらない顔だが、実はほんの僅かだけ、はにかんでいる。
鈍いセイは、まったく気が付くことなく、わかりました、と答えた。ひとまずは、セイの承諾をとりつけた斉藤はほっとしてよろしく頼む、と言うと幹部棟へ向かった。

次の難物を何とかしなければならい。厄介事ではあったが、確実に対処できる自信もあったし、何よりその手段こそが斉藤にとっては大事だったからだ。

「副長、斉藤です」
「入れ」

廊下に平伏した斉藤は、両手で障子をすすっと開けると、部屋の中には土方が一人なことを確認してから部屋に入る。
書類から顔を上げた土方は、斉藤の様子をみて筆をおいた。どうやら単なる報告ではなく、何か相談事があって顔を見せたと察したのだ。

「お忙しいところ、私事で申し訳ございません」
「珍しいな。お前が。例のあれか?」
「は……」

面目なさそうに、再び平伏した斉藤は、膝に手を置いて顔を上げた。

「実は、その件で明日の午後、神谷をお借りしてもよろしいでしょうか」

途端に土方の顔がこわばって、左手で描いたような顔になる。ぞくぞくと寒気がするのか、片腕でもう片方の腕をさすっていた。

「いえ、そこは、本道として神谷に協力してもらおうかと」
「それだって同じだろ……」

げんなりした顔で土方は膝に肘をついた。どちらにせよ、衆道に代わりはなく、神谷に惚れているのは変わらないというのだからどうしようもない。
ただ、他の隊士達に比べて堂々と正直に土方に言ってきた分だけは、まだ扱いが甘い。

「まあ、こればかりはどうしようもないんだろうが……。相手に問題がないなら嫁は嫁と割り切っちまえばいいじゃねぇか」

二人の話の中身はこうである。先日来、黒谷方面から斉藤の見合い話が舞い込んできたのだ。
相手は、会津藩の藩士の娘で歳は二十一という。この時代なら立派な行き遅れに入る。だが、その藩士、持田何某は人柄もよく、会津公の覚えもめでたいという藩士であり、娘が嫁に行かなかったのも、早くに妻を亡くした父を支えて健気に過ごしてきたからだという。

「多少、年増だろうが、会津藩の藩士となれば身分も悪くないだろうに」
「江戸を離れて、隊に参加した時点で俺はとうに嫁を貰う気などありません。それに、どうしてもというなら隊の中の順番が違うのでは?」

隊の中では、土方自身が先だろう、と暗に告げた斉藤にこの手の話からは逃げたい土方は肩を竦めた。他にも永倉も独り者だし振り返れば斉藤も総司も幹部の中では若手の方なのだ。自分の後ろにずらりと並んだ独り者の図を思い描いてしまった土方は話を捻じ曲げた。

「俺がいう話じゃねぇのは十分わかってるさ。まあいい。神谷の明日の隊務は調整しておく。それから、総司には、うまくいっておけ。何も馬鹿正直に全部話す必要はない」

話を聞いた総司がごねることは目に見えている。そこは大人だからうまくやれという土方に頷いた斉藤は、頭を下げて部屋から出て行った。
段取りというほどでもないが、こうして表立ってあるべき姿で許可を得ていくのは、かえって気苦労が多い。いっそ、水面下で道を付けた方が楽なのだが、明日こそ隠密裏に誰にも見られずに事を進めたいために、これも致し方ないと一番隊の隊部屋へ向かった。

順番に回っているようでいて、最後の砦にも思えるところでむぅ、と足を止める。

「斉藤さん。どうしました?」

隊部屋で、隊士達とよもやま話をしていた総司が、廊下からじっと見ている斉藤に気付いて顔を上げた。
腹を決めた斉藤が、近づくのと同時に、立ち上がった総司が敷居ちかくまでやってくる。

「沖田さん。すまんが、明日の午後、神谷を借り受けたいのだが」
「ええ。構いませんよ。何か?」

特別な任務でもあるのかと少しだけ声を落として総司が問い返す。
全く疑いもなくにこやかな顔を見ていると、なんだか無性に苛めたくなるのはどうしてだろうか、と思う。

「いや、まったくの私事だが、副長の許可はもらった。どうしても神谷でなくては俺が困るのだ」

せっかく総司が抑えた声も全く甲斐なく、普通の声できっぱりと斉藤が言い切った。それを聞いて、あえて独特な言い回しになった斉藤に、ぴくっと反応したのは一番隊の隊士達の方だ。
穏やかに頷いた総司は、じゃあ、神谷さんにも言っておきますね、とあっさりしている。

「……あんた、気にならんのか」
「えぇ?……まあ、そりゃあ、斉藤さんの私事ってなんだろうとか、ちょびっとは気になりますけど……。でも、斉藤さんが神谷さんを困らせるようなことをするはずないと思ってますから!」

―― この野暮天め!

さらりと釘をさしているのだか、やせ我慢をしているのだかわからない返事にひく、と斉藤の眉が上がった。

「そうか。あんたには関係のないことだしな。手間をとらせた」

さらりとそう言い残して斉藤が消えると、隊士達が一斉に総司を取り囲んだ。

「沖田先生!何やってんですか、一体!」
「え?何って、立ってますけど」
「そうじゃなくて!私事で神谷を借りるってことをどーして許しちゃうんですか!」
「いけませんか?」

のほほんと答える総司にああ~と、その場にいた全員が一斉にため息をつく。
彼らからすれば、総司とならいくらでも外出してほしい、なんなら一晩くらい外泊でもいいくらいなのに、この二人の仲は全く進展した気配がない。
本当はセイが女子であるという事実を知らないにしても、せめて口吸いくらいあったっていいだろうと思うが、野暮天二人だけに、気が気ではないのだ。

「だって、斉藤先生ですよ?神谷を狙ってる一人じゃないですか」

お前が言えよ、と視線で押し付け合った後、渋々相田が口を開くと、なんだ、と総司の顔が笑顔に崩れた。

 

– 続く –