続々・湯気の向こうに 5

〜はじめのひとこと〜
あ~あ。(苦笑

BGM:
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地の底から聞こえてくるような低い声に、ますます総司は縮こまってしまった。それとは対照的に、徐々に頭に血が上ってきたのかセイが真っ赤になって立ち上がった。

「じょうっっっだんじゃないです!!私は、沖田先生がやっぱり後悔したんじゃないかって、それで目の前に私がいることが鬱陶しくて適わ なくなったからずっと避けてらっしゃるんだと思ってっ……思って……。ずっと、申し訳なくて……、いっそ隊を抜ければ先生の邪魔にはならないんじゃないか とまで思い詰めてたのにっ!!」

ボロボロと泣き出したセイが駄々っ子のように畳を踏み鳴らしながら総司を怒鳴りつけた。呆気にとられて総司はセイの姿を久しぶりにまじまじと眺めた。

いうだけいうと、う~っと唸りながら大粒の涙を流していたセイは、手の甲で涙をぬぐいながらほのぼのとセイを見つめる総司にぼそっと呟く。

「……なんなんですか、その顔」

「えっ、あ、いや、久しぶりにまっすぐ見たら神谷さん、可愛いなぁって」
「はぁ?!私の話きいてました?!」

ほのぼのと微笑んだ総司に拳を握りしめたセイが真っ赤な鬼のごとく、目を吊り上げた。

「き、聞いてます、聞いてます。だから申し訳ないって……」
「わかってない!!」

目いっぱい畳を踏み鳴らしてセイは拳骨を総司に見舞った。セイの剣幕に驚いていた総司が慌てて身構える間もなく、総司の頬にきれいに入る。上体が倒れ込んだ総司は、殴られた頬を押さえた。

「だからっ!!言ったじゃないですかっ。私は先生の誓いを破らせてしまったことが申し訳ないって。それ以外、何か言いました?!嫁になりたいとかそんなことはこれっぽっちも言ってないじゃないですか!!沖田先生のご迷惑になるくらいなら私は腹を切りますよ!!」
「え、でも、だって、その……あんなことをして赤子ができるかもしれませんし、私はあの時、これっぽっちもそんなこと頭から消し飛んでて、ただ、嬉しくて嬉しくて……」

呆然と呟く総司に、怒りとは別な意味で頬を染めたセイは、すとん、とその場に座り込んだ。

「そんな……、私だってあの時はそんなことまで考えられなかったし……」

はっと、自分の発言を思い返して総司は真っ赤になってしどろもどろに戻ってしまう。セイもなかなか女子からは言いにくい話題にもじもじと頬を染めてしまったが、これだけは言っておかねばと顔を上げた。

「それにですね。女子の体付きが変わるのは男女のコトがなくても、否応なくこれからも変わります!私だって、武士として先生のお傍にいたいのに、悔しいですけど!」
「武士としてって……まだ、そう言ってくれるんですか?」
「いけませんか?だって、沖田先生はお嫁さんを貰うつもりはないでしょうし、私は、どんな時でも先生のお傍にいて、お守りしたいんです」

薄らと紅潮した頬でまっすぐな目を向けてくるセイに、総司の中の身勝手なもやもやがさらさらと崩れ去っていく。ぼんやりと熱に浮かされたような顔で、総司が目の前の膳を脇へとよけた。

「ほんとにいいんですか?それじゃあ今までと何もかわらないっていうか……。なかったことにしてほしいわけじゃないんですけど、でも……」
「先生に何かをしてほしいなんて思ってません。今までと同じで十分です。私の誠は、先生の傍にいて、先生をお守りすることですから」

にこっと笑ったセイの顔を見て、総司が目を細めてじっと見つめた。あまりにまじまじと見つめてくるので、徐々に困ったセイが、おずおずと口を開く。

「あの……先生?」

ずいっとセイの目の前に置いていた膳を脇へと押しのけてセイの膝と触れんばかりまで近づいた総司が、困った顔で両腕を開いた。

「神谷さん、すみません」
「はい?」

言いかけてその姿のまま総司は目を閉じて天を仰いだ。

―― このまま口にしたら絶対また殴られますよね

「沖田先生?」

はぁ、とセイの顔を困った顔で見た総司は渋々と口を開いた。

「あのぅ、神谷さん。あのときは、私はただの男で、貴女はただの人で、なんて言いましたけど……」
「はい」
「もう二度とそういうコトで貴女に触れちゃいけないと思ってるんです」
「はぁ……」

何が言いたいのかと怪訝な顔になったセイに総司は意を決した。

「どうしましょう」
「何がですか?」
「私が……沖田総司が、故意に貴女に触りたくなってしまった」

ぱぱっとセイが顔を赤くして、まるで子供のような目でセイを見ている総司に怒っていいのかわからなくなる。

「ぷっ」

しばらくして、広げた手の行き場に困り始めた頃、総司の目の前から吹き出す声が聞こえた。

「神谷さん?」

恐る恐る呼びかけた総司にセイが膝立ちになると総司の肩に手を置いた。笑いを引っ込めたセイが今にも殴りますよ、という姿で総司を睨みつけた。
とっさに身構えた総司の目の前からセイの姿が近づいてくる。

続々・湯気の向こうに

ちゅっ。

「……?!」

一瞬だけですぐ離れたそれは、総司の鼻の頭に軽く触れるかどうかという口づけだった。

「神……谷さん?」
「あの時は、ただの人でしたけど、今は神谷清三郎なんです。ですからこれが神谷清三郎の答えです」
「え?え!?」

セイの言葉と行動の意味を図りかねていると、セイが朗らかに笑い出した。

「ですから、そういう意味で故意に私に触れないでくださいね」
「えぇぇぇ~~~。……確かにそりゃ、その今度は身勝手なことはしないつもりなんですけど、そのやはり、私も健康な男子ですし……!!」
「駄目です!いつか先生の考え方の何かが変わったら教えてください」

そしたら、その時考えます、と言ってセイがにこっと笑った。

目の前に恋しい人、そして今すぐ抱きしめられる環境で。

「でも、神谷さん」
「はい?」
「私、副長に宿題を出されてるんですよ」
「宿題ですか?」
「ええ。私の今までの考えとこれからどうしたらいいのかが自分でわからないなら、もう一度抱いてみればわかるって」

じり。

永遠に思えるくらい長い一瞬の後、総司がふわりと両腕にセイを抱きしめた。

「今はこれで十分です!!」

耳元で聞こえた言葉に、笑ったセイが総司の背にそっと手を回した。

 

– 終わり –