続々・湯気の向こうに 1

〜はじめのひとこと〜
湯気の向こうの続きがあれではけしからんと怒られたのでした。なのでなぜかまた出てきた湯気です。

BGM:
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「土方さん、飲みに行くなら一緒に行ってもいいですか?」
「構わんが……珍しいな。総司」

どことなく何か言いたげで、言い出しかねている総司の姿に珍しく兄分の土方が口元を緩めた。

土方に相談事を持ちかけてくるのならば、まさかとは思うが飲みにというなら話はまた別だ。
総司を伴って、離れの座敷がある店に上がると、妓はしばらくいいので、酒肴の用意だけしたら呼ぶまでは来なくていいと告げた。

「で?なんだ」
「なんだって……」

よほどに言い辛いのか、俯いたままもぐもぐと口だけを動かしている。手酌で酒を注いだ土方が、総司の杯にも酒を満たした。

「女でもできたか」

一瞬で、耳まで真っ赤になった弟分ににやりと口元をゆがめて素知らぬ顔で杯を口にする。

―― なるほど、やはりか

そういうことでなら土方に相談というのもよくわかる。伊達に女修行は積んでいないのだから、これこそ適任である。

「……そんなコトはないです……ケド、聞きたいことがあって……」

ぼそぼそと歯切れの悪い呟きに、やれやれと思いながらもかわいくて仕方がない弟分の恋の悩みだ。辛抱強く土方は待った。

「何が聞きたいんだ?」
「だから……その……、ごにょごにょ……で……には……」

真っ赤になったまま、もぐもぐと口を動かす総司のあまりの歯切れの悪さに土方がじれったくなって叫んだ。

「だぁっ!面倒くせぇ!!はっきりしゃべれ!」

気の短い土方が我慢できずに噛みついたとはいえ、本気で怒っているわけではない。目が面白そうに笑っている。恨めしそうにその顔を見た総司は、口をへの字にして酒を煽った。

「土方さんのいけず」
「あぁ?なんだって?」

それが人にものを尋ねる時のセリフかと切り返した土方に、慌てて総司が詫びた。

「だからなんだよ。はっきり言え」
「その、ですから!ずっと前に……その、女性と……ごにょごにょ……でですねぇ」
「女と寝る時になんだっつーんだよ!」
「土方さん!!声が大きい!!」

いらっとして口に出した土方に総司が慌てた。相変わらず顔は赤いままだが、何とか顔を上げた総司が上目づかいに土方を見る。

「その……時にですね。赤子ができないように、その……ごにょごにょ……には」
「なんだお前!できたらまずい相手とできたってことか?!まさか人妻とかに手出したんじゃねぇだろうな!」

「ち、違いますよっ!ちゃんとした娘さんで……」

はっと口元を押さえたがもう遅い。にやーりと人の悪い笑みを浮かべた土方が笑っている。

「聞いてやるからきりきり話せ」
「で、ですから……前に、その……その時に、外にすればいいって言ってたじゃないですか」
「あぁ?そんなこと言ったかぁ?まあ、店の妓ならはさみ紙みたいなもんで、男の方のを吸わせて出すとかいろいろやってるらしいけどなぁ」
「そ、そんなぁ……」
「そんなぁってお前まさか!!」

がっと膳をどけた土方が総司に詰め寄った。
ここで総司がこんなことを言い出して困るということは総司がそういう相手と何か行動を起こしたということになる。

「本当に、その……、なんだ。相手とできたのか?」
「いや、その……まあ」

もぐもぐと真っ赤な顔で横を向いた総司に土方が無性に嬉しそうな顔を向けた。このまま、一度も相方もできないまま、一生過ごすつもりなのかと、心配していたのだ。

「ですから!その、外にですね……、もにょもにょ……れば赤子はできないんでしょうかっ!!」
「あ~……。そういうことか。なんだ、相手は生娘なのか?親でもうるさいのか?嫁にしちまえばいいじゃねぇか」
「嫁なんていりませんよ!ただ、どうなのかってことで」

どうにも歯切れが悪く要領を得ないが、どうも赤子ができてはまずい相手らしい。途端に心配顔になった土方はもう少し総司の話を聞き出すことにした。

「俺は医者じゃねぇよ。だから、そんな事でその、なんだ、女を抱いても赤子ができるかできないかなんて、わかるわけないだろ。可能性だ、可能性」

土方の答えに総司はじっと黙り込んでしまった。
何かを考え込んでいる総司にもっと詳しく聞き出そうと土方が水を向けた。

「で?相手は素人娘なのか?初めての相手なら、わかってるだろうが、相手をよくしてやってからコトに入れよ」
「……はい?」

急に現実に引き戻された総司は耳に残った土方の言葉を反芻する。

『相手を』
『よくしてやってから』

耳の中の言葉がようやく脳みそに届いて、急に動揺した総司は危うく杯を取り落しそうになった。

「な、なんですかっ。そんな話急に」
「急にってお前が振ったんだろうが。いいか、生娘なら初めにその体に教えてやれ。男に抱かれる悦びってのをな。人間ってのはうまくできてるもんで、生娘でもそうすりゃそんなに痛がらねぇだろ」
「あ……はぁ……」

わかっているのかよくわからない総司の反応をじっと観察する土方はこの弟分の相手を思い浮かべた。総司の行動範囲から行けば甘味屋の娘か女中か。いずれにしても素人なのは間違いないだろう。
これまでも花街に足を運んでおきながら、相方の妓と何もなかったことぐらい土方にはお見通しである。

「嫁にできない相手なら仕方ないけどな。できる限り大事にしてやれよ。縁あって巡り合った相手だ」
「そんなわけにはいかないんです。大事だからこそ、もう二度とそんなことはありえないんです」

思いのほか総司の言葉が優しく聞こえて、どれだけ相手のことを想っているのか伝わってくる。この男にこれだけ想われる相手に俄然興味がわいた。

「何言ってんだ。どうせ一度でも抱けば女は変わるんだ。男を知らなかった体から男を知った体にな。そりゃもう、傍目で見ててもわかるようになる」
「……」

総司の相手がまさかにセイだとは思っていない土方は一般的な意見として言い添えた。ところが、土方の言葉は総司にとって、蒼白になるだけの衝撃はあった。

『傍目で見ててもわかるようになる』
『男を知った体に』

なけなしの知識と気力で、セイを孕ませることだけは避けたかった。だのに、抱いたことで体自体が変わってしまうといわれて愕然としてしまった。

何の覚悟もなく、情欲に流されてセイを抱いてしまった自分に動揺してしまう。

―― ごめんなさい。神谷さん。私は貴女の未来さえも奪ってしまったかもしれない。

続々・湯気の向こうに 1

 

 

 

 

– 続く –