風の行く先 4

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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藤堂とセイ達の稽古を道場の反対側の方でじっと見ている男がいる。
昨夜は巡察でセイの様子を見ようにも、夜中に戻ったところで余所の隊部屋を覗くわけにいかなかった。
仕方なく朝の様子を窺うと、どうやら幹部棟にいたらしく、それも藤堂と一緒だったと聞いて、眉間に皺が寄っていたのだ。
そして、今は全体稽古も藤堂の組と一緒になっている。

いつもなら兄上と傍に来るはずのセイが全く斉藤には目もくれないで無心に稽古に打ち込んでいる姿に渋い顔になる。

稽古が終わると、久しぶりに何も考えずに汗を流した気がしてセイは晴れやかな顔になった。

「どう?少しはすっきりした?」
「はいっ。なんだか久しぶりに顔を思いっきり上げたみたいな気がします」
「よかった。じゃあ、着換えたら裏門のとこでね」
「えぇ?」

稽古着姿の藤堂がぐいっと袖口で汗を拭う。着換えたら、と言われて何かあったかなと慌てたセイに藤堂がぐりぐりと頭を撫でた。

「いーからいーから。今日は俺に付き合う日っていっただろ?じゃ、あとでね」

ひらりと手を挙げて隊部屋へと戻っていく藤堂に、ぽかんとした顔を向けたセイは我に返ると隊部屋へ戻って行った。

着替えを終えていつもとは違う匂い袋を身に着ける。たまにしか手にしないそれは、いつもよりも甘い香りで柔らかい。少しだけ、何も考えない時間がセイを自由にした。
裏門へ向かうと羽織の袖口に腕をいれて藤堂がうろうろと待っていた。

「すみません。藤堂先生、お待たせしました」
「いいよ。行こうか。午後も一番隊は時間があるんだろう?」
「はい。半分がいないので、隊務もありませんし。午後は皆が戻ってくるまでは皆、ぶらぶらしてます」

本当は待機していなければならないのだが、藤堂が連れ出す分には残りの隊士達も何も言うことはない。藤堂が一声残った隊士の中で、小川に声をかけておいたので、快く送り出されてきた。

「さて。神谷、行きたいとこ、ある?あったら先に言ってね。俺、連れまわしちゃうからさ」
「行きたいところなんてないですよ。藤堂先生のお供ですから」
「そんなこといわないで、どっかないの?」

行きたいところなど、セイには特になかった。否、考えられなかった。
今は何も考えないことが楽で、そうしていたかった。藤堂はそんなセイを連れて、朱雀村の方角へ向かった。ぶらりぶらりと日差しはまだ残暑を思わせていたが、風が明らかに違う。さらりとした風が汗のにじむ肌を撫でていく。

「ねえ、神谷」
「はい」
「気持ちいいね。もう秋だよね」
「そうですねぇ」

ゆっくりとした歩みで、そう遠くない朱雀村も通り越すと、西高瀬川の河原まで足を運んだ。
座りのいい草むらに陣取ると、藤堂が何やら手に持っていた包みから握り飯と、漬物と、干し魚、そして竹の水筒を取り出した。

「えへへ。なんかちょっとした旅みたいだろ?」
「ほんとに。言ってくだされば私がお持ちしたのに」
「だってさ。神谷を驚かせたかったんだよ。さ、食べて」

木陰でセイに握り飯を差し出しながら、藤堂も白い塊に手を伸ばす。朝のうちに、賄の小者に頼んでいたのだ。
遠慮がちに手を伸ばしたセイも、日差しと、空腹のまま歩いてきたことと、爽やかな風にいつの間にか、ぺろりと平らげてしまった。

「もっと食べなよ。水なら冷たいのがそこにあるしさ」

空になった竹の水筒を手にすると、藤堂が川の流れのきれいな場所まで行き、たっぷりと水を汲んでくる。
本当に、久しぶりにゆったりした気持ちになったセイは、藤堂とともに昼を食べ終えると、ぼんやりと川を眺めた。飛んできたとんぼが藤堂の頭の上を掠めて、子犬のように頭を振った藤堂にセイが笑った。

「よかった。笑ったね」

何気ない話をするように、自分の腕を枕にしながら横向きに寝転がった藤堂がセイを見ながら話しだした。

「ねぇ?俺、思うけど、神谷が女の子でも総司のことが大好きでもさ。いいんだ。なんだか、俺、神谷が好きみたいなんだよね」

あまりに自然に告げられた言葉にセイも、驚くよりもなんとなく、そのまま受け止めてしまう。

「だからって、別に俺の事好きになってって言うわけじゃないよ?」

―― そりゃ、そうだったら嬉しいけどさ

けろっとした顔で軽く言う藤堂にセイが笑い出した。

「藤堂先生ってば、もう……」
「本当だよ。なんかさ、顔見たり、傍にいると元気になるんだよ。神谷って」

藤堂が、あまりに堂々と告げてくるので、それは本当の事ではなくて落ち込むセイを慰めるためではと思えてしまう。祐の一件から、藤堂が花街でも特定の女性を相手にしなくなったことはセイも話に聞いている。

「嬉しいです。気を遣わせてすみません」
「気を遣ってなんかいないよ。本当だよ。だから、神谷が総司のことでいっぱいになって、悲しい顔してるのとか、神谷自身のことも構わなくなっちゃうのが嫌なんだよね。もう少し、自分の事、大事にしてあげなよ」
「……私、そんなこと……」

途端に顔が曇ってしまったセイに、藤堂が真顔になった。

「俺のお願い、聞いてくれる?」
「お願い、ですか」
「うん、そう。もし、神谷が総司のことで悲しくなったり、苦しくなったらいつでも俺のところにきて。俺は気の利いたことも言えないしさ。何もできないけ ど、時たまこうやって気持ちのいい風を浴びにきたり、旅気分で外で握り飯食べたりできるよ?それで、好きなだけ総司のことでも神谷自身のことでも話したら いいよ」

確かに、こんな風にゆったりするのはいつぶりの事だろう。

屯所にいて、総司がいれば、その行動や姿に、発言一つにも一喜一憂して、きりきりと胸が痛くなって。
泣くのをこらえたり、どきどきを抑えたり。
苦しくて、切なくて、でもそれが総司の迷惑にならないように想うことのせめてもの罰だと思っていた。

ひと時でも、傍にいたいと願う代償だと思っていたのだ。

「そんなことないよ」

優しい、藤堂の声がセイの耳に届く。重くのしかかるような覆いをさらりと外してくれた。

「いいじゃん。総司のことが好きならそんな時もあるよ。でも苦しくて仕方がないときはちょっとくらい休むのも大事だよ」
「藤堂先生……」

泣かないように堪えていると、口元がへの字に歪んでくる。うるうると涙をためたセイに藤堂がうーん、と大の字に両腕を広げて寝転がった。

「ほら!もったいないよ。すっごくいい天気で秋晴れ!って感じでさ。気持ちいいじゃん。こんな時くらい、神谷も自分のこと、休ませてあげなよ」

総司が戻ったら、とあれこれ悩んでいたセイから荷物を下ろしてくれた藤堂に、セイはこくこくと頷いた。目を擦って、藤堂と同じように大の字に寝転がる。

「ほんとだ。気持ちいい」
「だろ?」

ふふ、あはは、と二人は小さく笑って、川の流れる音と、風のわたる音に耳を傾けた。

 

 

 

 

– 続く –