風の行く先 3

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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寝起きのいい藤堂は、朝方、起床の太鼓の前に目を覚ました。昨夜、泣きすぎたセイは瞼がむくんでいて、まだぐっすりと眠っている。指先でセイの鼻をぐーっと押すと、ぶにっと顔が歪んでセイが目を開けた。

「おはよう」
「?!」

がばっと起き上がったセイは、なんで藤堂が目の前にいるのかを思い出した。

「あっ。ここ、副長……!わっ、おはようございます!すみません、藤堂先生」

一気に目を覚ましたセイが、腫れぼったい顔で深々と頭を下げた。あくびを噛み殺しながら、藤堂も胡坐をかいて起き上がった。

「ふぁ……すみませんって何のことだっけ?」
「昨夜、だって、あの……」
「なんか話したっけ?ごめん。俺すぐ忘れちゃうんだよねぇ」

ぽりぽりと頭を掻いた藤堂の大きな目が、くりくりっと動いて忘れてないことを物語っている。

「顔、洗ってこようか。たまに早起きした時くらい、幹部棟の井戸でゆっくりと顔を洗うってのもいいよね。いつもぎりぎりに起きるからみんなと一緒に駆け足になっちゃうんだよな」

うーん、と伸びをしてセイにかけていた掛布団を畳んむと、軽々と持ち上げた。昨日の姿のまま眠ってしまったセイは、しわしわになった袴と着物に慌ててしまう。
顔を洗ったら急いで着替えをしなければならない。

懐の手拭を取り出して、廊下への障子を開け放った。藤堂と一緒に井戸端に向かったセイは冷たい水で何度も顔を洗う。瞼が腫れているのは目が重くて自分でも自覚がある。

ざぶざぶと着物が濡れるのも構わずに顔を洗うと、だいぶすっきりとしてくる。袖口をすっかりと濡らしてしまったセイは、起床の太鼓を聞いて、ようやく顔を拭いた。

「神谷、着換えてきなよ。俺ももどって着換えなきゃ」
「はい!すみません。藤堂先生。副長室は後で私が片付けておきますから!」

ばたばたと慌ただしく走り去ったセイの後姿をみてぷっと吹き出した藤堂は、のんびりと庭下駄をつっかけたまま、隊士棟の方へと向かった。

藤堂が濡れ縁から廊下に上がって、着替えを済ませると隊士達が、土方の部屋へと朝餉を運んだという。すっかり、留守番をしていると思われたことに笑いながら、再び土方の部屋へと戻った。

そこには藤堂の組下の隊士達が部屋の中を整えてくれていて、朝餉の膳が置かれていた。

「俺一人でここで食べてもねぇ」

独り呟くと、一番隊の隊部屋へ向かった。そこには着替えを済ませて一人立ち働く姿が見える。

「神谷、ちょっとごめん」
「はい、なんでしょう?」
「俺、なんか留守番だと思われちゃって、土方さんのところでご飯食べるんだけど、よかったら一緒に食べない?」

あっけらかんと誘ってきた藤堂に、一番隊の隊士達もなんとはなしに好意的に見てしまう。これが斉藤や中村であれば総がかりで邪魔をしたところだろう。

そこが、藤堂の人柄とでもいうべきだろうか。その笑顔を見ていると、邪な考えなどないように思えてしまう。

「留守番ご苦労様です。藤堂先生。神谷、行って来いよ。どうせ俺達も好き勝手してるしさ」

居残りになった一番隊の半分は、屯所での待機になっており、巡察やほかの隊務があるわけではないが、外出はできないために、隊部屋でごろごろしているしかない。

「う、うん。わかった」

ほかの者たちの給仕をと支度していたセイは、自分の分の膳を持たされて藤堂の後から副長室へ向かった。
これが他の平隊士であれば、とんでもないというところだろうが、小姓を務めていたこともあり、決して立ち入り禁止というわけではない幹部棟にも慣れている。

「よかった。土方さんの部屋で一人でご飯食べても絶対おいしくないよ」
「それは……、なんだかわかる気がします」
「だろ?どうせみんなが帰ってくるのは夕方だしさ。神谷も特に仕事がないならこのまま今日は俺に付き合いなよ」
「はぁ……」

藤堂の膳の前に自分の膳を置いたセイは、とりあえず幹部である藤堂の給仕をしようとしたが、まんまと拒否されてしまった。

「俺、近藤さんや土方さんほど偉くないし、総司みたいにやってもらうのに慣れてないからいいよ」
「わ、わかりました」
「さ、食べよ、食べよ」

嬉しそうな顔で白飯を口に入れる藤堂の顔を見てセイがくすっと笑う。特に古株の彼らは皆、飯をうまそうに食べるのである。朝餉を済ませると、藤堂が稽古をしないか、と言ってきた。

「たまには俺も神谷と一緒に汗流したいし。どう?」

全体稽古の時間でもあり、どの隊の者たちが参加してもいいことになっている。わかりました、と答えたセイは、藤堂と一緒に一度、隊部屋に戻ると稽古着に着替えた。
遅れて道場に行くと、藤堂が組下の者たちと笑いながら木刀で型をつけている。

「あ、神谷、神谷!こっちこっち。防具つけてよ」

他の組の者たちも面は被っていなくても胴は身に着けている。頷いたセイはすぐに面を抱えて防具をつけて現れた。

「なんか懐かしいなぁ。俺、入隊の時に相手したの覚えてる?」
「覚えてます。藤堂先生、そのころの髪型は違いましたね」
「そうそう。懐かしいなぁ」

手でくいっと頭をつつくとセイが頷いて面を付けた。ほかの隊士達も藤堂を取り巻く顔ぶれが、次々と面をつけていく。

「俺は総司や斉藤さんみたいな稽古じゃないからね。いいよ。気ままにみんな打ってきて」

そういうと、次々と周りにいた隊士達が打ち込んでいく。
巧みにそれをよけながら打ち返して、一言一言相手の弱いところを指摘していく。藤堂の隊は、藤堂が先頭をきって突っ込んでいく方だが、他の隊士達は基本的に、捕り物は踏み込んでいくより、周囲を包囲する方が多い。

それだけにこうした乱戦に備えた稽古は実践的である。セイも、どちらかといえば一番隊でも後方支援に回されやすいから、人の間を抜けて打ち込んでいくのは面白かった。

人の動きに合わせて自分の動きも変えていくのは、一番隊の中では屈指といえる。

「すごいね、神谷。うちのみんなとずっと一緒にやってきたみたいだよ」

驚いた藤堂がほめると、ほかの隊士達も一様に頷く。

「いつでも俺たちの組にこいよ!」
「そうだよ。一番隊や斉藤先生のところだけじゃなくても、稽古だけでも一緒にやろうぜ」
「ありがとうございます」

皆に声をかけられて、セイは嬉しそうに笑った。決して今残っている一番隊の隊士達も、出張に行ったみんなも嫌いなのではない。
ただ、今は藤堂の傍にいて、ほかの組の隊士達と稽古している方が気楽で、無心になれた。

 

 

– 続く –