恋咲く旅路 前編<拍手文 106>

〜はじめの一言〜
指令が来たので、うぉおおおっとね。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
「じゃあ、そういうことで頼む」
「はあ。ちょっとかかりますよねぇ」

局長室で総司はぽりぽりと頬を掻いた。
特命ということで出張を言いつけられたところで、総司は行き先を考えるとひーふーと指を折る。

「今からの出立じゃ、往復で泊りを入れても三日はかかりますよ?」
「ああ、構わん。それから神谷を連れていけ」
「はぁ?!」

ついでのように土方が口にした言葉に総司が驚いた。腰を浮かせて畳に手をついた総司は、あたふたと動揺した。

「なんで神谷さんまで連れて行かなくちゃいけないんですか?!こんな出張くらいっ」
「そうだな。別にお前だけでいいと思うけどな」

にやりと笑った土方に近藤が微笑んだ。

「このところ神谷君の顔色があまり良くないし、疲れているようだ。だから、特命に連れて行くことで気分転換と体調の回復を計れるようにと思ってな」
「俺は甘いって言ったんだが、近藤さんが行かせろってうるさいからな」

さすがの掃除も穏やかな笑みを浮かべる近藤より、両手を広げて呆れた顔をした土方に向かってこくこくと頷いた。

「そうですよ。そんな仕事のついでだなんて!それくらいなら非番にしてあげるなり、いろいろあるじゃないですか。何もそんなっ」
「うるせぇな。もう決めたんだ。お前は四の五の言わずに支度してさっさとあいつを連れて出発しろ」

総司に動揺ぶりに構うのが面倒くさくなった土方が、ひらひらと手を振った。苦笑いを浮かべて近藤がふとことから紙にくるんだものを差し出した。
出張の経費とは別に、近藤の心尽くしらしい。

「そんなに急ぐ行程でもないから少しでも神谷君を休ませてやってくれるか?あの子が疲れて元気がないと屯所の中まで暗くなるようだからね」
「……近藤先生」

大好きな近藤にそういわれては総司に逆らう余地はない。 紙包みに包まれた金を素直に受け取った。
幹部棟を出た総司はとぼとぼと隊部屋へと向かう。ふう、と息を吐くと気を引き締めてから、セイを見つけると、手招きして近くへ呼んだ。

「なんでしょう?沖田先生」
「出張です。すぐ支度をしてください。三日ほどかかるかと」
「えぇ?!すぐですか?ほかの皆は?」
「出るのは私と貴女だけです。私は局長の名代で、貴女を供につけろと言われましたので」
「あ、はい。承知しました」

急な出張にセイは目を丸くしたが、ここではよくある、といえばある。一番隊での出張なのか、個別の出張なのかと問いかけたセイにあくまで総司はさらりと答えた。
真顔で局長の名代だという総司にセイは難しい特命なのかと気を引き締めた。

総司は伍長を呼ぶと、出張とその間は斉藤の指示に従うように命じた。

その間に、セイは急いで自分の行李を部屋の奥から持ってくると、出張の支度を始めた。緊張しつつも総司と二人だけの出張ということで、どうしても浮かれてきてしまう。
総司は伍長向けて、いない間の指示を細々とだしていた。

「承知しました。でもこれから出発されるんじゃ大変ですね」
「仕事ですから」
「そうですか。ところで先生?」

一通り話を終えたところで、総司の命令に頷いた伍長はまじめな顔で上目づかいに総司を見上げた。

「出張、ですよね?」
「ええ。そうですけど?」
「お仕事にかこつけて神谷としっぽりなんてありませんよねぇ~?」

ぼっ、と音がしそうな位真っ赤になった総司が飛び上るようにして、くるりと背を向けると自分の行李に頭を突っ込んだ。

「ななななな、なんってことを!そんなわけあるわけないじゃないですかっ」

総司の出張ということで、伍長と総司のやり取りに耳をそばだてていた隊士達が一斉に駆け寄ってきて総司を取り囲む。

「いいですかっ!何事も焦っては駄目ですよ。沖田先生!」
「そうですよ!!いきなりがっついたら怯えますからねっ!!」

寄ってたかって好奇心丸出しの発言に総司の顔が赤いを通り越してどす黒くなって、ついに堪忍袋の緒が切れる。

「貴方方は!!何を想像してるんですかっ!!私達は仕事で出張するんです!!」

怒鳴りつけた総司に隊士達がにやにやと笑いながら意味深な視線を向けると、徐々に離れて行く。
頭にきすぎて、総司は何を荷造りしたのか、適当に手に触れるものを携帯用の行李に突っ込んでしまう。遠出は慣れているはずの総司がなかなか荷物をまとめきれないでいるうちに、セイは着替えまで終えてしまった。

手回りの品を旅用の行李にまとめたセイは、自分の大きな行李を奥へと押しやって、総司の隣に膝をついた。

「沖田先生?そんなじゃ、荷物はいりませんよ?」

かしてください、と言って、セイは総司の行李からいったん全部出して、着替えと、必要な小物とをきれいにに詰めなおしていく。

「あ……、すみません」

項垂れた総司は気まずさを感じてとりあえず着換えることにした。一通り総司の荷物をまとめたセイがぽん、と仕上げに行李を叩いて差し出した。

「はい。できましたよ」
「ありがとうございます……。じゃあ、行きましょうか。昼は途中で取ることにします」
「承知しました」

笠を手にして行李を肩に担いだ二人は連れ立って屯所を後にした。

 

 

出がけのごたごたはさておき、道中は思いの外、つつがなく進んだ。もとより、仲のいい二人のことである。
天気も良く笠をかぶった二人は山道に差し掛かるまえに立ち寄った茶店で、腹ごしらえをすませた。

「普通の菜飯なんでしょうけど、こういう茶店で頂くと美味しいですね」
「そうですねえ。先生、結局、どの位召し上がりました?」

すっかり腹のふくれた二人は、決して遅くもなく、かといって急いでもいない道を行きながら呑気に語らっている。指を折って数える総司がにっこりと微笑んだ。

「今日はそんなでもないですよ。握り飯、五つだけですから」

普通の者が食べる量からすればそれだけでも充分すぎるくらいだが、日頃の量からすれば、確かに少ない。笠の中からセイがにっこりと微笑みかえす。

「本当ですね」
「でしょう?道中で腹痛を起こしたら困りますからね」

山道な上に、峠を超えて山あいの湯治場にいる近藤の知人の元へ、様子伺いと見舞いの金子を渡すのが目的だ。急ぐわけでもないが、そうのんびりしているわけでもない。

– 続く –