小さな背中 2

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。

BGM:
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「何って……、ひぇっ!なんでそんなに近くにいるんですか!」
「いけませんか?」

くるっと振り返った総司が驚くほど目の前にいてセイが声を上げた。平然と答えた総司から一歩後ろに下がった。

「えと……、なんか郷里のお母さんが中村に会いにくるので、女装して許嫁の振りをしてほしいって」
「許嫁?!」
「まったく冗談じゃないですよねぇ!女装しろって私は武士なのに!」

ふん、と腰に手を当てて顔をそむけたセイは先ほどの腹立ちが蘇る。なんで、自分が女装してまで中村のためにしてやらなければならないのだ。
思わず声を上げた総司は、片手で口元を覆ってじっとセイを見ていた。

「とにかく、そんなのやりませんから」

ふん、と歩き出したセイの後姿を見送った総司は、すうっと真顔になった。
セイの性格を知っているだけに、あれほど嫌だと言っていても、どうなるかは想像がつく。ざわざわと落ち着かない気分になる。

―― あの……背中がずっと離れないでいる

総司は口元に充てていた自分の指先を見た。勝手に動く指。
無骨な指が何かを言いたいのか、ぴくっと意識していないというのに動いた。自分がどうしたくて、何を考えてこの手が動くのか、わからないというより、わかりたくなかった。

 

 

隊部屋に戻ったセイは、絶対にやらないとは言ったが、その後中村がどうするのかとても気になっていた。片付けるべき仕事を片付けた後、おせっかいだとは思ったが、結局、中村の姿を探してしまった。

「おい!」

散々屯所内を捜し歩いたセイは、外出から戻ったところらしい中村の事をようやく門脇で捕まえた。どこか怒ったような顔をしたセイが、中村の肩を掴む。

「散々探したんだぞ!」
「ああ……。お前か」
「お前か、はないだろ」

ぶん、とむくれた顔のセイに、泣き笑いのような中村の顔が力なく笑った。

「とりあえず迎えには行ってきたんだ。ここに泊まれるわけもないから、旅籠に部屋をとってきた」
「……それで、お前どうすんだよ?」
「帰りに、いろいろ考えてみたんだけど、どうしようもないよな。ほかに、俺が頼める人もいないし」

新撰組で隊士として勤めていることはそれだけでも母親には誇らしいことなのだろう。近況を綴った文はいつも武士として認められるようになった息子を誇るもの、そして体を気遣う言葉で溢れていた。

「だから!見栄張って許嫁ができたなんて言わなきゃよかったんだよ!」
「はは……」

郷里からわざわざ顔を見たいと言って、出てくると言い出した母に、中村は実は想う人がいて将来を約束したと言ってしまったのだ。
どうしようもないと頭を掻いた中村にふう、とセイも眉間に皺を寄せてため息をつく。決して中村のために何かをしてやろうと言うつもりではなかったが、わざわざはるばると息子と将来の嫁になる娘の顔を見るために来たという中村の母の事が思いやられた。

「で……、本当にどうするつもりなんだよ」

困りきった顔の中村に問いかけると、心底情けない顔でどうしよう、と呟いた。
ふう、とセイも情けない顔でため息をついた。女装など気は進まないがどうしても放っておけないのはセイの気性からして仕方がない。

「……いつまで母御はいらっしゃるんだよ」
「四日後に帰る」
「はぁ~……」

がっくりと腰に手を当てたセイが肩を落としたのを見て、驚いた中村が頭一つ背を屈めてセイの顔を覗き込んだ。前屈をするような格好で上体を倒したセイが顔だけを中村の方へと向けた。

「いいか。これっきりだかんな」
「?!」

驚いた中村が目を見張ると、セイが右手の人差し指をびしっと立てて中村の顔の前に突き立てた。

「明日!午後から時間があくから!その母御の泊まってる宿屋の近くで会ってやるよ」
「本当か?!本当に会ってくれんのか?!……その、女子の姿で」

会ってやるという言葉に一瞬、喜んだ中村だったが、最後の最後が気になったらしい。確かに月代姿で現れて許嫁と言われたら、中村の母がひっくり返ってしまうだろう。

ぐっと奥歯を噛みしめたセイが、ぎりぎりと歯ぎしりをしそうな勢いで言った。

「しょうがないだろ!お前、ほかに頼める相手もいないんだろ?絶対に、これっきりだかんな!!」

怒鳴りつけるように言ったセイに中村が抱きついた。

「ありがとう!!ありがとう、神谷!!」
「うわっ!やめろよ!気色わりぃ!!」

むぎゅっと抱きついてきた中村を押しのけたセイがぶん、と頬を膨らませた。自分でもどうしてこうなるんだろうと思うが、おせっかいな性分は自分でも嫌気がさすほどだ。それでも放っては置けない。

中村から数歩離れたところでセイは再びびしっと人差し指を立てた。

「いいか!絶対に!!誰にも内緒だからな!!」

まさか女装するなんて知れたら隊のほかの者達になんて思われるかわからない。ましてや見られでもしたら大変なことになる。
こくこくと何度も頭を振って頷いた中村を置いてセイは隊部屋の方へと戻っていった。

絶対にやらないと言ってしまった手前、総司に報告することもできない。

こうなればお里の手を借りるよりほか無かった。セイが持っている女物の着物といえば総司の見合いの折の浅葱の着物しかなく、あれだけはどうしても着たくなかった。急ぎ文を書いたセイは、小者に頼んでお里の元へと届けてもらった。

「ったく、アイツのためになんでこんなことを……」

文を頼んだ後、深く後悔をしていたが今更断るわけにもいかないし、何より、中村はどうでもいいがわざわざ来るという中村の母の事が気になった。
よほど、息子が心配なのか、まめに文を寄越すのは知っていたが、それだけではなく現れるとなると放っておけなくなる。

「馬鹿だよなぁ、私も」

思わず呟いたセイは、ため息をついてから隊部屋へ戻った。絶対といったからには総司にはばれないようにしなければならない。
視線を合わせないようにいつも以上にせわしなく動くと、夕餉の後も早々と床に就いた。

– 続く –