小さな背中 1

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。悋気と中村五郎の組み合わせ

BGM:
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いつも見える背中は、小さくて、細くて、華奢で、時々総司を不安にさせる。とん、肩の骨がせわしなく動く腕の動きに合わせて動いている場所を突いた。

「ひゃっ?!」

驚いて振り返ったセイにくすっと笑った総司が人差し指を見せた。

「神谷さんの肩がこのくらいってすごいですねぇ」
「はぁ?」
「だって、私のこのあたりですよ?」

その身長差がわかるように、突いた高さのままを見せると、確かに総司の胸の下あたりである。

「小さくて悪うございました!」
「やだなぁ。そんなこと言ってないじゃないですか」

つん、とむくれたセイがあっという間に目の前から去っていくと自分の指先を眺めて、ふむ、と首を傾げた。見慣れているはずなのに、時折不安になって、つい突いてしまったのだがその理由が自分でもわからない。

「……何がしたかったんでしょうね?私」

自分で自分の行動に首を傾けた総司は、ついでに肩をぐきっと鳴らして、ふむ、と呟くと何事もなかったように隊部屋へと入っていった。

 

道場で稽古着に身を包んだ隊士達が順繰りに打ち合っていく中で、刺し子の稽古着が総司の視界を横切る。ひときわ小さな稽古着がきれいな背筋と共に、端に下がっていく。
思わずその背中を見た総司が片側の背中の真ん中を掴んだ。

「んぐぇぇっ」

胸元の結び紐がなければ、掴まれた稽古着はそのままばらりと肌蹴てしまうところだった。まっすぐに伸びた背中だったからこそ、大きく掴むことも叶わなかったのが幸いした。

「なっ、なになさるんですかっっっ!!」
「あっ!つい……。いや、ほら、神谷さんの背中のこの縫い目が曲がって見えたので直してあげようとしたんですよう」

総司の稽古着は黒である。刺し子にはなっているが、白い稽古着の隊士達よりはもちろん目立たない。必死に言い訳をしてもそんな理由が通るわけがない。
なにせ、きちんと身に着けていればまっすぐな背筋に沿って縫い目が出るのだ。

胸元から引っ張られた前身頃を引き戻すと、袴の脇から軽く引っ張って、着崩れた稽古着を直す。じとっとセイの目が総司に向かう。

「沖田先生は何か私に恨みでもおありでしょうか」
「そ、そんなのあるわけないじゃないですか」
「じゃあ、一体なんなんですか?!」

なんだと言われれば確かによくわからない。それについほんの少し前までは真顔で厳しく稽古をつけていたはずの総司が、今はあたふたと慌てふためいている。
本人さえわからないことを傍から見てわかるはずもなかった。ましてや相手はセイである。鈍さにかけては筋金いりと言えそうなセイにそんな人の心の機微がわかるはずもない。

ふん、と腕を組んだセイが、鼻を鳴らして総司から離れていき、ほかの者達が座って待っている隊士たちのもとへと向かった。
その後ろ姿を見送った総司は自分の右手を見て、首を傾げる。

一体どうしたというのか、自分自身でもわからなかった。ただ、目の前を横切って離れていくセイの背中が視界に入った瞬間、反射的に手が動いてしまったのだ。

まるで自分の手が勝手に動いた気がして、そんなことをしても仕方がないのは十分わかっているのに、自分の右手に向かって、小さくめっ!と呟いた。

 

珍しく、五郎に捕まっていたセイの姿を見かけた総司は、気付かれないようにそっと傍に近づいた。

「ちょっとぐらい考えてくれたっていいだろ!」
「い・や!!」
「別にずっとじゃなくて、少しの間なんだ。頼む」

いつもなら五郎の話は一切、聞かないと決めているのにどうしても話を聞いてくれと頼みこまれて渋々聞いていたのだ。

「絶対、無理!」
「なぁ~。神谷~頼む!助けると思って」

何かを頼み込んでいるらしい五郎にセイが首を振っている。短く拒絶しても、背後からずっとついて歩く姿が総司からは中村の背中とセイの背中が並んでいるように見えた。

その背中は、同い年ということもあるのか、程よい高さ同士で、中村の肩のあたりにちょうどセイの顔が来る。
今度は総司の足が総司自身の意識とは別に勝手に動いて、中村を追い越すとセイの腰のあたりを片腕の一すくいで担ぎ上げた。

「え?!」
「ええ?!」

中村とセイの驚きがほとんど同時に聞こえたが、それには構わずにすたすたと大股で歩いていく。中庭どころか蔵の奥の方へとセイを担いだまま歩いていくと、周囲に人目がないことを確認してからセイを下ろした。

「よ、っと」
「よっと、じゃありません!なんなんですか。沖田先生!?」

確かに今はとても助かったのだけれどもいきなり抱え上げられるような覚えはない。総司の肩に担ぎあげられて運ばれるというのもセイにとっては恥ずかしくもあり、余計に勢いよく総司に噛みついた。

「何っ……て。何でもありませんけど?」
「何でもないのに、こんなところまで私を連れてきたんですか?」
「はあ……。まあ、なんとなく?」

担いできた本人のくせに、語尾が疑問形になっているところからしておかしい。へらっと頭を掻きながらなんでしょうね、と言う総司に、はぁ、とセイがため息をついた。
まさに昼行燈。
これは諦めるしかないと思ったセイは、がくっと肩を落としてくるりと背を向けた。

「神谷さん。中村さんに何を言われてたんですか?」

すぐ真後ろから総司の声が聞こえてきて、セイが思っているよりも近い声に背中が驚いた。

– 続く –