水に匂う

〜はじめの一言〜
こういう本誌シーズンにこういうの書くと、みんなハンカチ握りしめて号泣したらどうしようw

BGM:
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「ご馳走様」
「……先生。もう少し召し上がらないと。お水ももっと飲んでください」
「おいしいんですけどね。もうお腹いっぱいになっちゃったんですよ」

にこりと笑った総司の顔を見ると、無理強いできなくなる。ぐっと心を鬼にして、セイは膳を押し返した。

「先生。あと一口だけでも」
「すみません。神谷さん」

にこりと落ち着いた笑顔だが、きっぱりと総司はこれ以上口にすることを止めた。膳の上には薬が残されていて、ずきっと胸が痛んだが、セイはそれだけを手にすると、もう一度差し出した。

「沖田先生」

むぅーっとにらみ合いになるが、結局根負けするのは総司の方だ。しぶしぶと手を差し出した総司が、嫌そうに薬の包みを開いた。

「苦いから嫌いなんですよう……」
「そんな子供みたいなことおっしゃってちゃ駄目です!」
「はぁい」

それでも渋い顔で手の上に開いた薬を眺めていた総司は、湯呑を先に口元に運んだ。それもまた手を止める。

「……先生?」

眉間に皺を寄せた総司が渋々と口を開いた。水を流し込んで薬を飲んだ総司は、湯呑の中の水をしばらく眺めていた。

とにかく薬を口にしてくれたのをみて、セイは膳を下げたが、セイが戻ってきた時、まだ総司は湯呑を不快そうに眺めていた。
不思議そうにセイが見ていると、照れくさそうな顔をして湯呑を置いた。

「子供みたいだって、また笑われますね」
「笑ったりはしませんけど……。何か気になるんですか?」
「いいえ。何にも」

そういうと、セイに促される前に総司は床に横になった。総司に布団を着せ掛けたセイは、総司の周りを整えると障子を閉めようと腰を上げた。

「そのままで構いませんよ」
「でも……」
「大丈夫」

表を見ている総司の顔がいつもの顔をしているので、手を止めたセイはじゃあ、と言ってそのまま部屋を出ていく。さわさわと風が流れていて、暑いより心地いいと思う。

何か喉が渇くと思っているうちにどんどん、体がだるくなり始めた。大したことはないと自分を誤魔化していても、あの敏い人たちを誤魔化すことなど到底できはしない。

それから何がどうしたということもなくこうして部屋に押し込まれている。

―― 砂のような匂いがする

手をすすいでも、顔を洗っても、何をしていても、自分の体の中から枯れていくような砂の匂い。
特に、水を飲もうとすると鼻を突くようなざらついた匂いがやまない。

「ん、ごほっ」

喉の奥で何かが絡んだような気がして、ごほん、と苛ついた喉を鳴らした。

―― いつになったら……

こうしていると、このままここから出られなくなるのではないだろうかと思う。それだけが怖かった。そう思うと余計に砂の匂いが鼻に突く。

流れる風が少しでもまだましだと思っているうちに、とろとろと総司は眠ってしまった。

 

 

台所の片隅で、険しい顔をしているセイが、総司の食器類を洗っていた。総司は知らないが今、総司の飲み食いする者はすべて、ほかの者達とは分けて、一手にセイが引き受けている。

近藤もまだ知らないが、土方とセイにはわからないはずはない。

もしや。まさか。

その考えを振り払うようにセイは必死に総司の面倒を見ている。

「神谷さん、手伝いましょうか?」
「いいえ!大丈夫ですよ」
「そうですか?なんだか疲れているように見えたので……」

小者達が心配そうな顔でセイを眺めている。慌てて、セイは顔を作った。

「やだな。そんなことないですよ。ただ、今日も沖田先生は好き嫌いをしてあんまり食べて下さらなかったので、悔しいだけです。きっと私の料理がおいしくなかったんですよ!もう」
「まさか!神谷さんの料理は玄人はだしですわ」
「いいえ、まだまだ。絶対次はもう少し召し上がってもらえるようにします!」

ふん、と腕まくりをしたセイが再び茶碗を洗い始めた。きれいな水で雪ぐと、桶に食器を重ねておく。濯ぎ水を捨てに表に出たセイは、胸元に拳を押し当てた。

―― 震えるな!怖がるな!

今日も笑顔を浮かべていても顔色が悪かった。きっとだるいのだろう。そう思うと、どれだけ嫌がっても薬を飲んでもらわなければならなかった。

「大丈夫。まだ、大丈夫」

もし、そうだったとしても今ならまだ軽いはずだ。自分にそう言い聞かせると、セイは、あたりに水を撒いて、新しい水をと井戸に向かう。

総司のために、水を汲み上げたセイは、そういえばと手に入れておいた八朔を手にする。少し時期が外れていて、実はかすかすになっていたが、香りづけには十分だった。

細かく刻み、果汁を絞ると汲み上げた水に少しずつ混ぜる。時々、風味を確かめると、おおぶりの白鳥にたっぷりと注いで総司のもとへと運んだ。

「沖田先生……?」

部屋に入ったセイは、目を閉じて眠っている総司をみてふっと、黙って静かに総司の傍へと膝をついた。知らずに、頬を涙が伝う。
代わることができるならこの身をいくらでも差し出すのに。

ぱた、ぱた、と手の甲に涙が落ちる。ぎゅっと目を瞑ったセイの手を温かい手が包んだ。

「……なんだか甘い匂いがすると思った」

そういって、セイの手の甲に落ちた涙を総司が指先で拭う。慌てたセイが反対側の手で頬を拭うと、総司が穏やかな顔でそれを見つめていた。

「どうしました?鬼副長にでも叱られましたか?」
「……はい。もう、鬼も鬼ですよ、あの人」
「ふふ。いつもの事じゃないですか。気にしちゃ駄目ですよ。それより……」

―― あなたの涙だけは砂のような匂いがしなかった

セイの涙を拭った手をぼうっと見ていた総司に、セイが湯呑に水を注いだ。

「あれ?なんだか……」
「お水、どうぞ」

差し出された水を手にするとさっぱりする柑橘系の匂いがする。嬉しそうに笑った総司は、差し出された水を飲み干した。

「ああ。美味い……」

体に染みていく水にため息をつく。そんな総司にセイがほっと笑顔を見せた。

「やっぱり、神谷さんは笑っているほうがいいですよ」
「先生だって、お仕事をされてるほうがいいですよ」
「そうですねぇ。じゃあ、神谷さんに早く治してもらわなきゃ」
「なら次はちゃんと、ご飯、召し上がってくださいね」

砂のような乾きを潤すセイに、総司は微笑む。今は、この笑顔がすべての……。

 

 

– 終わり –