秋空に紅葉 5

〜はじめの一言〜
紅葉狩りに行けない方も、これでご一緒しましたね

BGM:
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「まだ温かいですね」
「ああ、膝が温かいでしょう」
「ええ。台にするなら私も下に降りるのに」

セイも総司と共に下に座れば岩を台代わりにできるが、総司は頷かなかった。

「まあまあ。ほら、温かいうちに食べましょうよ」

膝の上に広げた饅頭を手に取ると、セイに一つ手渡して自分には二つ手にする。零れない様に包みを戻しておいて、ぱくっと大きくかじると、総司の口の中にふわりとした酒気と共に甘さが広がった。

「んーっ」

美味いと、言葉になる前に満面の笑みがそれを物語っている。
ぷっと吹き出したセイは、自分もそれを一口齧った。

「あれっ?美味しい!」
「ふふふ、でしょお?これ、新しく出たんですよ。ほんのり塩味がしておいしいでしょう。この前、試しにつくったものをいただいてものすごーくおいしかったんで、売り始めたら神谷さんと食べようって決めてたんですよ」

酒気より、甘さとほんのりした塩気がうまい。
新しい饅頭を作るというより、買い求めに行った際に、もう少しこんな風にならないか、と職人に相談したのだ。そこから、店に行くたびに試行錯誤していつも酒饅頭は、あまり手を出さないセイが喜んでくれるようなものを頼んでいた。

「すごく、おいしいです。いつもお酒の香りに負けちゃって食べられなかったんですけど」

これならもっと食べたいと思う。
そう思ったセイは、嬉しそうに残りの饅頭を口に運ぶ。そのセイをみて総司も嬉しそうに残りの饅頭を口に運んだ。

セイの膝に片腕を乗せたまま食べ続ける総司は次の一つに手を伸ばした。

「美味しくてよかった」
「え」
「いえいえ。あ、お茶ありますよ」

いつ用意したのか、水筒に入れたお茶をセイに差し出す。受け取ったセイは、ありがたく口に運んだ。そのお茶も濃いめに入れられてあって、口をさっぱりさせる。

こく、と飲んでそれを総司に返そうとしたセイは、栓を戻そうとして手を止めた。

頼んであった饅頭もいつの間にか用意していた茶も、すべてセイを喜ばせようとして用意されたものだ。それに気づいたセイは、膝の上に置かれた総司の腕にそっと触れた。

「ありがとうございます」

ん?と顔を上げた総司は何も言わずにセイの手から茶を受け取った。口に運ぶとセイが味わったのと同じ濃い、茶の味が広がる。

しばらくはゆっくりと饅頭を味わっていた二人は、食べるだけ食べると残った饅頭を包み直して、セイは立ち上がった。今度こそ自分が腰かけていた岩に饅頭を乗せると、総司の隣に岩を背にして腰を下ろした。

「ここにきて、こんなにゆっくりしたの、初めてです」
「はは、そうかもしれませんね。ここに来た時は神谷流の稽古に来ることがほとんどでしたから」

日差しが移り変わっていくことも、風の囁きも、こんな風にゆっくり過ごすのは久しぶりでただ一緒にいられるだけでも嬉しい。
同じ体勢で座っていたセイが少し座っていた尻の位置をずらそうと手をついたところを一瞬で攫われた。

「!」

きゅっと繋がれた手に驚いたセイが隣を向くと、前を向いたままの総司の耳が少しだけ赤くなっている気がした。
今まで抱きついたり、抱きしめられたり、手をつないだこともあるし、思いがけず触れ合った一瞬、口づけたこともある。それなのに、初めて触れた気がするくらい恥ずかしくて、嬉しくてセイの頬にも血が上ってしまう。

「……無責任なことを言ったつもりはないんですが、だからといって何ができるかなんてすぐには思いつかなくて。でも、何かしたかったんですよね」

―― 神谷さんが喜んでくれること

今までもセイが喜んでくれること、笑ってくれることならばどんなことも厭わずに手を出してきた。だが、想いを口にした後にこれと言って何か特別なことができるわけでもなく、野暮天であることもこと、これに関しては自覚がある。
これが土方や原田ならいきなり手を出しかねないところだが、そこまで持ち込むことも総司にはまだまだ難しい。

だから、できることを考えて、忙しい最中にこんな時間を作った。

「そんな……。無責任だなんて思ってません」

想いが伝わっているとは思っていても、まさか想い返してもらえるなんて思ってもいなかった。それだけでも嬉しくて、それ以上を望むなんて考えもしなかった。

「私は、先生のお傍にいられるだけでも十分なんです。それ以上なんて考えたこともなかったのに」

くっとセイの手を握っていた力が強くなる。
そんなことは同じなのだと言いたいが、それをうまく伝えられる自信もなくて。総司は、引き寄せた手を握った指でそっと撫でた。

「私もですよ」
「先生……」

くすぐったいような、こそばゆいような感覚に、互いに耐えられなくなって、セイがその手を引いてぱっと立ち上がった。

「あ、あのっ!あの、えっと……」

落ち着かなくて、恥ずかしくて、考えるまでもなく立ち上がったセイに、くすっと笑った総司は、セイを見上げた。

「少し、稽古でもしましょうか?」
「あ、はいっ」

ふわりと笑った総司は大刀を腰から抜いて立てかけると立ち上がった。両手をぱっと開いた総司は、にこっと笑う。

「今日は素手で相手をしましょうか」
「えっ、よろしいんですか?」
「構いませんよ」

そういうと、すっと片足を引いた総司はどこからでもかかってきなさい、と言った。セイは、躊躇ったものの小柄を手にすると、体勢を低くして小柄を構えた。
気まずさに耐え切れなくて、思わず頷いてしまったが、久しぶりの神谷流だと思えばいい。

とにかく気恥ずかしさから逃れるために、構えたセイは距離をとって総司に向かっていった。

「はぁっ!」

挑みかかったセイの手を軽く払って、身をかわすと踵を返して振り向きざまに挑みかかったセイの足元を狙って払いをかけた。実際に蹴り払ったわけではないが、目の前につきだされた足に驚いたセイが転びかけたのを、ひょいっと片腕で支えた。

「あっ!」
「おっと」

小柄を握りしめたまま総司の腕で引き上げられたセイは、転ばずに済んでほっとした後、抱きつく格好になってしまった自分に慌てて、総司から離れかけた。

総司の袖をかすりもしなかった小柄をセイの手から取り上げると、いつの間に取り上げたのかセイの懐にあった鞘にパチッと納めると、目の前のセイの腰に戻しながらセイを引き寄せる。

「せ、先生っ」
「少しだけ……」

そういってセイを腕に抱えると、総司はゆっくりと目を閉じた。

 

– 続く –