秋空に紅葉 1

〜はじめの一言〜
いつものようなある日の出来事ですね。え?並列三本?そんなことは気にしちゃいけません。ペースが落ちてるのにとかもっと言っちゃいけないんですよ?

BGM:
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「……さん、神谷さん!」

はっと目を開けたセイの目の前に総司が笑いながら覗き込んでいた。

「どうしたんです?こんなところで」
「えっ?!はっ?!」

全く自覚なく体を起こしたセイは、何やら冷たいものを感じて口元を拭った。たらりと流れていたらしい、涎にセイが真っ赤になる。
あわてて顔を両手で拭うと、くすくすと笑っていた総司が手を広げた。

「私っ……」
「気持ちよさそうに眠ってましたねぇ。もう稽古の時間ですよ?」

ようやく目が覚めて我に返ったセイが、ぱちぱちと目を瞬かせて起き上がる。朝から全体稽古を終わらせて、雨が降る前にと思って、洗物をして中庭に広げた。
このところ猫の目のように天気が変わるので、いつ降り出してもおかしくないが、青空がのぞいているうちにと思って思い切り洗濯物を干して、一段落ついたところで一人で稽古をしていたのだが、一休みと思って木陰に座ったところで意識が途切れている。

「申し訳ありませんっ!」
「はは。どうして謝るんです?おかしな人ですね。さ、みんな待ってますよ」

総司が手で示した先には隊士達が稽古着で集まっている。地面に手をついたセイは、ざっと立ち上がって、稽古着の袴についた土を払った。

「はいっ!申し訳ありません!」

ばさっと袴を広げるようにして頭を下げたセイに思わず手を伸ばしそうになった。

「神谷さん……っ!」

 

「……はい?」
「?!」

思いのほか間近で聞こえたセイの声に、がばっと我に返る。その目の前には、腰に手を当てて頬を膨らませたセイが覗き込んでいた。

「もう!沖田先生、いくらお腹が空いたからってこんなところでふて寝してないでください!」
「おい、神谷!こんなところってのはまさかと思うが、俺の部屋を指して言ってるんじゃないだろうな!?」

ぎろっと文机から振り返った土方がセイを睨みつけた。土方の部屋へ洗い上げた洗濯物を持ってやってきたセイが、部屋の中に散らかった書類を片付けていた。 部屋の奥で畳んであった土方の着物を枕にして寝息を立てていた総司にもう少し寝かせてやれ、と言っていたのは土方である。

セイが渋々書類を片付け終わって、洗濯物も片付け終わっても、土方に茶を入れて戻っても、一向に起きる気配がない総司にたまりかねて、総司の顔を覗き込んでいると唐突に呼ばれたのだ。

「かみ……やさん?」
「だからなんですか?もう……、起こさない様にしてたのに急に名前を呼ぶから返事をしたんですよ?」
「……稽古」

ぽかんとした顔で総司がつぶやくのを聞いて、ふん、と土方が鼻を鳴らした。呆れた顔でセイが肩を竦めた。

「稽古ならとっくに終わりました!もう、夕餉の時間になりますから早くお着替えになってくださいね」

肩をそびやかしたセイがそう言って副長室を出ていくと、稽古着のままでぼーっとしていた総司が自分にかけられていた羽織に気づいた。のっそりと羽織に手を伸ばした総司は、のそのそと畳み始めた。

「お前はどれだけたっても俺の部屋に来るとそうやって昼寝しやがる」
「……だって、ここに来るとゆっくり眠れるんですよ」
「ここは、お前の昼寝部屋じゃねぇ」

ぼーっとした頭のままで総司は畳んだ羽織を横に置くと、のっそりと立ち上がった。

「……じゃあ、着替えてきますね。また来ます」
「……もう寝に来るんじゃねぇぞ」

部屋から出ていく総司の背中に土方の声が追いかけてきた。日が暮れ始めた空を見上げて総司は頭を掻いた。

「……随分、寝ちゃったみたいですねぇ」

甲高い声で烏が啼きながら飛び去っていく。大きな欠伸をすると、隊部屋へと足を向けた。

 

 

隊部屋で夕餉の支度をしている皆の姿を見て、まだ目が覚めないのかボーっとしている間にそういえば、と思い出した。稽古の前にセイを起こしに行ったのだが、実は起こすまでにしばらく間があったのだ。

青空と白い雲の下で、ぱたぱたと洗濯物がはためいていて、その足元には気に寄りかかって転寝してしまったセイ。

なんとも幸せな光景に見えて、総司はしばらく膝を抱えてしゃがみこむと気持ちよさそうに眠っているセイの顔を眺めていたのだ。

少し日に焼けたせいか、鼻の頭が赤くなっていて、伏せられたまつ毛はとても長くて男には見えない。

―― お、男に見えないなんて言ったらまた怒られるんでしょうけど……

可愛くて、しばらく眺めていた総司は、遠くの方で稽古のために総司とセイを探す隊士達の話し声を耳にして立ち上がった。
その後、稽古が終わってから、気持ちよさそうに寝ていたセイの事を思い浮かべて、土方の部屋に向かった総司は稽古着のままで同じように昼寝をしてしまったのだった。

「沖田先生、昼寝しすぎたんじゃないですか?」

ぼーっとしていた総司に山口が声をかけた。いつもなら夕餉だ、飯だとはしゃぐはずの総司がぼんやりと運ばれてくるものを眺めているのは大丈夫かと心配になるのだ。

「ああ……。そんなに寝ましたかね」

言ってる傍から大きな欠伸が出てくる。くすくすと笑う隊士達がその姿にセイをつついた。

「おいおい。沖田先生がそんなに昼寝をしたっていうなら今夜は眠れないんじゃないか?神谷」
「どうして私に振るんですか!別に、沖田先生が夜になって眠れなくったって関係ないじゃないですか」

いきなりお鉢が回ってきたセイはお櫃を抱えて、皆の間でご飯をよそいながら言い返した。野暮天だけに、裏の意味を勘繰るなど全くない。

互いに肘でつつき合った隊士達がにやにやとしているのに、首を傾げながらご飯をよそい終わると末席の自分の膳の前についた。

「お待たせしました!」
「よし!食おうぜ」

いただきます、とそれぞれ箸を手にした皆がにぎやかに夕餉をとり始めた。

– 続く –