暗闇に堕ちて~喜「怒」哀楽 3
〜はじめのつぶやき〜
先生の悋気は怖いぞと。
BGM:また君に恋してる
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巡察から戻った総司は、こんなことをしていても無駄なのだと自分自身に言い聞かせていた。
単なる悋気による八つ当たりでしかないのだ。今まで一言もセイを好きだということを言わず、総司の傍にいるという言葉に甘えて何一つ応えてこなかった。
その見返りがこれなのだと自分に言い聞かせる。
―― こんなにもあっさりと揺らぐなど、やはり私は……
「お帰りなさいませ。沖田先生」
「お疲れ様」
「神谷さんなら先ほど斉藤先生と戻られてますよ」
びりっと総司の纏う空気が痺れた。
隊士達もセイ絡みだと薄々、察していただけに、門脇の隊士のその一言が余計なひと言だということは十分に分かった。
しまった、と止めようとしたが間に合わずに、余計なことを総司に聞かせてしまったと、顔が引きつった時にはもう遅い。
まるで雷にでもなったように総司の周りの空気がひりついていた。
「後はお任せします。相田さん」
「う、……承知!」
一人、先に立って大階段を上っていく姿に誰も言葉をかけられなかった。
「……あれ、まずい、よな?」
「ああ。よりにもよって、今、斉藤先生と一緒にいたなんて聞いたら余計機嫌が悪くなるだろ」
「そもそもなんであんなに機嫌悪くなったんだ?神谷のやつ……一体何を……」
隊士達にも訳が分からないのは当然だ。セイ自身も知らないのだから、彼らにわかるわけもない。
のろのろと隊部屋に戻っていく隊士達に、周りにいた隊士達は怪訝な顔で見ていた。
屯所に戻ったセイは、隊部屋にいるにはいたたまれず、廊下で皆の帰りを待っていた。そこに一人先に、戻ってきた総司はセイを見て真っ黒な感情と、真逆の感情に襲われた。
愛おしい。
憎い。
「沖田先生。あの!私の至らないところがあったら直します!何かお気に障ることでも」
「至らないなんてそんなことはありませんよ。あなたのその女子のようなところがすべて嫌いなだけです」
「……!」
ぎゅっと唇を噛みしめたセイの顔が今にも泣きそうに歪む。
その顔を見ていると、今だけは自分の言葉に傷ついているのだと妙な安心感を感じる。
―― 暗い感情だな
「暗いな」
総司の背後からぼそりと声がかかって三番隊の隊部屋から斉藤が現れた。さすがに聞いていられなかったのだろう。
「随分なやつあたりに聞こえるが、それが部下に対する態度か?」
「おや。随分優しいんですね」
「優しいとか優しくないとかそういう問題じゃないだろう」
斉藤と睨みあった総司は、セイと斉藤の間にいることが耐えられなくて顔を背けた。
自分の中の黒い感情と向き合うことも、二人の間で否応なく揺すぶられる感情にも。
「もう沢山です」
セイと斉藤のどちらにも視線を合わせることなく、総司はそのまま幹部等へ歩いていく。
そのあと、しばらくして、土方の部屋に斉藤とセイが呼ばれた。総司の姿はそこにはない。
「はぁ……。お前ら、痴話喧嘩でもしてんのかよ」
「どういうことでしょう」
いきなりそんな一言を向けられて、斉藤が眉を顰めた。セイは、話の中身が分かった気がして、背筋が急激に冷えるのを感じる。
「総司が神谷を一番隊から出すといってきた。もう黄網谷の面倒を見るのが嫌なんだそうだ。引き取り手は、斉藤。お前が適任だというが。お前ら一体何があったんだ?」
斉藤と顔を見合わせたセイは、やはり、という顔になる。ふう、と土方の前では珍しくため息をついた斉藤は畳に両手をつくとずいっと拳一つ前に進み出た。
「昨日は私事で時間をいただき、ありがとうございました。見合いのことは局長と副長のみで、ほかの者には内密にしていただきましたが、どうやらそれが気に入らなかったようですな」
「え……、でも、昨日は笑って……」
セイが帰ってきたときは確かに笑ってお帰りなさいと迎えてくれたのに、今更そんなことが気に入らなかったのではと聞かされても納得ができない。
それは確かに土方も同じだったらしく、腕を組んで面白くなさそうな顔をしている。
「……腑に落ちんな。あいつがああいうかたくなな態度に出るときは何か余計なことを考えてるときが多いからな」
ろくでもないことを考えてなきゃいいんだが、という土方の考えは斉藤もセイも同じだった。
「とにかく、今すぐ変えろというのは簡単だが、それでいいとも思わん。斉藤のところに預かりにしてもますます揉めるだけだろう。神谷。お前、しばらく俺の手伝いをしていろ。それで少しあいつの頭も冷えるだろう」
その場にいる三人それぞれの想いが錯綜する。
―― 馬鹿か、あんたは。本気で神谷を手放す気か?
愚かだとなじってやりたい気持ちでいっぱいになる。どうあがいても、どういったとしても、セイの目には総司しか映っていないというのに。
斉藤にしてみれば殴ってでもわからせたいところだが、それさえも馬鹿馬鹿しいと思う。総司のためには指一本でも動かす気にはなれない気分だが、後ろで身をすくませているセイを想うと胸が痛んだ。
「すまん。神谷。俺の手伝いをしてもらったばかりにいらん誤解を受けたようだ」
「いえ……。斉藤先生がほかの皆さんには内緒にされるのもわかりますから……」
セイと斉藤の様子をさりげなく観察していた土方は、二人の様子を見て、本当に疑わしいことがなかったらしいと断じた。総司があれほどまで、かたくなに暗い目をしているのは、この二人に何かがあったからではないかと、土方さえ一瞬、疑ったほどだったのだ。
―― これで本当に女だったら、斉藤でも総司でもいい。嫁にしてやるんだがなぁ……
隊内の平和を考えても、こうしたことがたびたび続いてはよろしくない。それでも今のセイがこうしていられるのは、総司が自分の下に置いていたからで、その庇護下を出た場合、面倒事が増えるのはありそうな話だった。
「神谷。とにかく、二、三日はおとなしくしておけ。様子が変わらないようなら時間を見て総司と話をしてみろ」
「承知しました」
とりあえずの処置ということで、セイは一番隊の隊部屋から自分の荷物を引き上げに肩を落として部屋をでていった。
– 続く –