迷い路 6

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新

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「いえ……、それは私も嫌でしたから……。失礼しますっ」
「え?……神谷さん?」

つい本音を漏らしたセイは、ぎゅっと唇をかみして、その場から逃げ出した。
呆然としてその場に残った総司は、ぽーっとした顔で走り去っていくセイを見送ってしまう。

―― 今、『私も嫌でした』って言った・・・?

ぼぼっと首筋まで真っ赤になった総司は、両手で頬を押さえる。

「ま、まさか。悋気……なんてまさかですよね。まさか……」

総司が花街で遊ぶことが嫌だと言うのなら、それは、きっと子供らしい、独占欲からくるもので、本当は大した意味はないのかもしれない。それでも総司にとって、それは重大なことだった。

うわー、と呟いた総司はしばらくその場を動けずにいたが、しばらくしてなんとか立ち直ると風呂を使うために着替えを取って、湯殿へ足を向けた。

夕方早くに出て行って、うまい夕餉は散々食べはしたが、そのあとの出来事でそれもどこかへ行ってしまったような気がする。あとは、風呂に入って、妙な汗をかいたものを流したかった。

「もう仕舞湯ですよね。すみません」

小者に声をかけると、こちらにといわれて一番奥にある風呂の前に連れて行かれた。

「神谷さんですよ。沖田先生。しばらく前に、沖田先生と土方副長は絶対戻られるから戻られたら湯を使えるようにしてほしいといわれたもんですから」

そういうと、灰で覆っていた火を掻き起こして薪をくべ始めた。少しぬるいようだが、入れないわけではない。礼を言いながら着物を脱いだ総司に向かって、からかう声が届いた。

「さすが神谷さん。沖田先生のことなら何でもわかるもんですねぇ」
「た、たまたまですよっ!神谷さんはそういうところに気が回りますからね」
「いやぁ、沖田先生の事だから余計にじゃないですかねぇ?」
「そんなこと、ありませんから!!」

慌てた総司は、濡れた簀子に滑りそうになりながら湯船に近づくと、ざばーっと頭から湯をかぶった。

 

 

 

それから幾日かは、総司のことをあまり屯所で姿を見かけなかった。山崎が持ち込んだ話は土方の命によって総司を動かすのに十分ではあったらしい。

原田の隊ならば原田が動けばいい、と思うかもしれないが、同じ幹部であってもそれぞれの気性もあって、皆同じではない。原田は試衛館からの同士ではあったが、真面目で一本気なところがある。組下の者の不始末でも耳に入れば、その隊士に直接、詰め寄りかねない。

セイの言う隊士は柴田喜三郎という。入隊当初は五番隊に所属していたが、今は原田の下にいる。

「組長―!どうっすか、今夜またちょいと」

くいっと手の仕草で示した柴田に原田は苦笑いを浮かべる。柴田はこのところ頻繁に原田やほかの隊士達を誘って飲みに出ていた。

「柴田、お前。金ねぇんだろ?」
「いやいや。そこはひとつ組長の奢りってことでお願いしますよう」
「またかよ。お前、ここんとこ多すぎんだろ」

へっへっへ、と気のよさそうな顔で頭を掻いた柴田は面目なさげに笑った。
それほど頻繁に飲みに行けるほど、このところ大きな捕り物があったわけでもない。大きな捕り物がある時は、御賞金も出るが、それも通常なら一番隊から順に回ってくる。

原田達の得手とする、槍を中心にした十番隊には滅多にそれが回ってくることなどない。そんな彼らの給金は特別な働きをする者達と大きく違っているはずだ。なのに、本当に頻繁に柴田は飲み歩いていた。

「お前、いい加減にしとけよ。押し借りでもしようもんなら……」
「わかってますよぅ。原田組長。俺だって、組長に介錯お願いするなんて嫌っすからね」
「本当か?」
「もちろんじゃないすか。組長のとっておきに返り血でもつけた日にゃ、おまささんになんて墓場から詫びればいいんすよう」

そこじゃない!と周囲で聞いていた隊士達が一斉に突っ込んだ。
十番隊も、セイがいた一番隊も仲が良かったが、原田の十番隊はまた違った雰囲気で仲がいい。原田を中心にして、まるで一つの家族の様な雰囲気だった。

「お前、そんなこと言ってっと、おまささんにひっぱたかれるぜ?柴田」
「まじか?!やべぇな」

どっと賑やかな笑いが起こる。金がないのはお互い様だと言うのに隊士達が小銭を少しずつ柴田の手に握らせた。

「ったく、隊長にばっかりたかるんじゃねぇよ」
「おっ、わりぃな」
「ばぁか。お前のためじゃねぇよ」

どっと笑い声が再び上がって、どちらがどちらかはわからぬが、まるで兄弟の様なやり取りが行われている。原田は腰に手を当てて、ため息をつくと柴田の首根っこを掴んで歩き出した。

「うわわっ、組長~?」
「お前、一人で飲みに行かしたら」

―― 心配だからに決まってんだろ

その残りを飲み込んだ原田は、柴田の首を片腕で締め上げながら渋々とほかの隊士に差し出された刀を手にして、ずんずんと大階段へ向けて歩いていく。

「……お前一人で飲ますには勿体ねぇからだろ!」
「やったぁ!さすが組長~!」
「ばぁか。すぐに戻るんだからな」

そういうと、原田と柴田は連れだって飲みに出て行った。
原田も実は柴田の様子がこのところおかしいことには気が付いている。もともと陽気で、皆と飲みに行くのが好きな方だったが、どうもこのところは今まで以上に出歩く。こういう時はよからぬことの方が多いのは経験上、嫌というほどわかっていた。

「柴田」
「へいっ」
「お前……」
「なんすか~?」

腕を組んでそぞろ歩きをしながら原田はさらりと問いかけた。妙に草履の下の地面がざらりと感じられた。

「最近、本当にどうしたんだ?」
「ええ?どうもしないっすよ」
「どうもしねぇならなんでこんなに飲み歩く?」

賑やかな花街の方へ向かって歩きながら柴田の顔がわずかに歪んだ。

 

 

– つづく –